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    浬-かいり-

    @Kairi_HLSY

    ガルパ⇒ハロハピの愛され末っ子な奥沢が好き。奥沢右固定。主食はかおみさ。
    プロセカ⇒今のところみずえなだけの予定。

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    浬-かいり-

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    かのみさ

    #ガルパ
    galpa
    #かのみさ
    emperor
    #みさかのん

    勇気がないなら 何度ライブの回数を重ねても、直前の緊張感にはやっぱり慣れることがなくて、いつも心臓がドキドキしてしまう。
     こころちゃんやはぐみちゃん、薫さんの三人はそんな緊張感さえも楽しい“ドキドキ”に変わってしまうようで、先程からはしゃいでいる。
     私は鏡の前で着替えたステージ衣装の最終チェックを行うと、そっと控室から出て行った。
     向かう先は、美咲ちゃんの控室。彼女はもう、ミッシェルに着替えているだろうか。


    「美咲ちゃん、準備できた?」


     ドアをノックして呼ぶが、返事は無い。
     首を傾げてから一言断りを入れて、ゆっくりとドアを開けた。


    「失礼します……?」


     控室の中に入っても反応はない。けどその理由はすぐに分かった。
     ベンチの上で転がるミッシェルの前で、美咲ちゃんが床に蹲っていた。その背中が震えていて、大きく上下していて、慌てて駆け寄る。


    「み、美咲ちゃん! どうしたの!?」

    「……っは、ぁ、あ……?」


     背中をさすりながら顔を覗き込む。
     苦しそうに顔を歪めた美咲ちゃんが、涙をぽろぽろ零しながら荒く呼吸をして私の姿を捉えた。ぜえぜえ息を吸って吐き出す仕草が不規則で、真っ青に血の気の失せた顔と、同じように色を無くした指が自分の服の裾をぎゅっと不安そうに握っていた。
     頭が真っ白になる。どうしよう。過呼吸っていうものなのかな。救急車呼んだ方がいいのかな。それともまりなさんを呼んでくる?
     ……でもこんな状態の美咲ちゃんを一人にする訳にはいかない。一先ずは落ち着かせなくちゃ。


    「美咲ちゃん、大丈夫だよ」

    「は、ぁ、は、はっ、は、ぁう、」

    「苦しいね。私に合わせて、ゆっくり息してね」


     ゆっくりと、小さな子をあやすみたいな口調になってしまいながら、その頭を肩にもたれさせる。
     強張る身体を抱き締めて、とんとんってゆっくり優しく背中を叩き始めた。


    「はっ、は、ぁ、……は、……ふ、」

    「うん、そう。上手だよ」

    「は……っ、ぁ、」


     身体の力が少しずつ抜けて、背を叩く私に合わせて呼吸がゆっくりになってきた。あと少し、頑張って。声を掛けながら、頭を撫でる。


    「……ぅ、げほっ、ぁ、っ、は、」


     ところが、途中で咳き込んでしまって、また身体が強張る。ゆっくりになってきた呼吸が逆戻りしてしまう。
     焦ったけれど、私がそれを態度に出したら美咲ちゃんがもっとパニックになってしまう。だから、平常心を保って。


    「びっくりしちゃったね、大丈夫だよ。あと少しだからね」

    「……はっ、あ、…………ぅぇ、」


     やがて嗚咽混じりの呼吸が整ってきて、震える身体の力が抜けてぐったりと私に体重を預けてきた。
     その姿勢のまま数十秒後、ゆっくりと美咲ちゃんが私から離れる。ベンチの上に置いてあった彼女のタオルを借りて、涙を拭いてあげた。


    「……落ち着いた?」

    「……はい、あの、ごめんなさ、」


     嗚咽で最後まで謝罪が言えなくてまた目が潤むのを、大丈夫だよって微笑んで頭を撫でた。
     まだ顔色はあんまり良くないけれど、呼吸も落ち着いて震えも止まったみたいだった。よかった。



     過呼吸の原因は色々あるけれど、緊張やストレスも原因の一つだって聞いたことがある。
     けれど美咲ちゃんは私が知っている限り、ライブの緊張感だけで過呼吸を起こすような子ではない。そうなると、思い当たる理由は一つしかなかった。


    「……こころちゃん、かな?」


     そのたった一言で伝わったらしい。
     たっぷり間を取ってから、美咲ちゃんが小さく頷いた。


     ちょっぴり前の話だ。ライブ本番中、テンションの上がったこころちゃんに飛びつかれたミッシェル……もとい美咲ちゃんが、こころちゃんと共に転倒してしまった。
     ライブの後半で美咲ちゃんの体力が消耗し切っていたとか、突然のことだったとか、色々原因はあれど、どちらかが悪いなんてことはなくて。
     幸いその後は持ち直してライブとしては成功に終わったものの、転んだ拍子にこころちゃんの膝に痣が出来てしまったのを見て、美咲ちゃんはひどく落ち込んでしまった。
     こころちゃんも流石に反省していたし、怪我も大したことは無かったけど、優しい彼女はずっと気にしていたようだった。


    「……怖く、なっちゃったんだ?」


     問い掛けるけど、返事はない。けれど否定しないことが、何よりの肯定の証だった。

     迂闊だったな。美咲ちゃんの性格上、後に引きずることは分かってた筈なのに。私が、もっとフォローに回ってあげれば良かった。


    「……すみません。もう大丈夫です」


     ふらふらと美咲ちゃんは立ち上がる。ライブには出る気でいるらしい。……本当はもっと休んでいた方が良いんだろうけど、開演時間も迫っているし、……何より、美咲ちゃんの中で“ライブをやめる”っていう選択肢がある筈が無かった。
     それなら、私が取る行動は一つだ。後悔するなら後でもできる。


    「美咲ちゃんっ」


     此方に向けた背を追いかけるように抱きしめた。凍ったみたいに冷たい指を溶かすように、自分の指を絡めてぎゅっと握り締める。
     びっくりした美咲ちゃんが身体をまた強張らせる。


    「えっ、か、花音さん!?」

    「大丈夫だよ、美咲ちゃん」


     上擦った声で呼んでくる美咲ちゃんに、落ち着いた声音を心掛けて。


    「せっかくのライブだもん、美咲ちゃんが楽しまなくちゃこころちゃんも笑顔になれないよ」

    「…………でも、」

    「勇気は私があげる」


     はっきりそう言えば、美咲ちゃんの身体の力が徐々に抜けていった。
     前回の失敗のフォローも励ましも今はいらない。今の美咲ちゃんに必要なのは、目の前のステージに笑顔で立つ為の勇気だ。


    「大丈夫、隣には私がいるよ。私が付いてるよ」

    「……花音、さん、」


     声音が縋るようなものになって、少しだけ指に体温が戻って。
     一回手を離してから美咲ちゃんの身体を正面に向かせ、また両手を握った。しっかり、目を見つめて。


    「私のこと、もっと頼っていいから。一緒に行こう!」

    「…………うん」


     頼りなくゆらゆら揺れていた瞳が、少しずつ輝きを取り戻す。
     小さく頷いてくれたのを確認してから、ミッシェルに着替えるのを手伝って。その手を引いて一緒にステージへと向かった。


    「……花音さん、ありがと」


     着ぐるみ越しの小さな声に振り返れば、笑顔のミッシェルが私を追い越し、先導するようにステージへ上がっていった。
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