次からはもうファミレスでいいです「……市ヶ谷さん、飲み過ぎじゃない?」
「いやいや、全然まだまだだろ」
オレンジジュースの入ったグラス片手に苦笑いする奥沢さんに、私は首を振ってからカシスオレンジのグラスを傾けた。
先日、ポピパとハロハピでの合同ライブがあった。この2バンドが揃って何も起こらない訳がなく、まあ賑やかでハプニングだらけで、でも盛り上がって大成功に収まった。
ライブ直後で合同の打ち上げはあったけれど、私と奥沢さんはそれぞれ、はしゃいでいる香澄や弦巻さんの世話に追われて終わってしまった。
なので、後日にこうして二人だけで細やかな打ち上げを行なっているのであった。打ち上げの打ち上げとも言う。
大学は別々となってしまった今でも、奥沢さんは気の合う話し相手であり、身近な相談役であり、そして事情の分かっている愚痴相手だ。
「ええと……、それでなんの話してたっけ」
「ポピパとハロハピとのコラボソングの発端が戸山さんだったって話でしょ?」
「そう! あいつなぁ、あれ二週間前とかに言いだすんだぞ! まじありえねーって!」
「こころも乗り気だったしねー……。まあ、いつものこころの歌のイメージを戸山さんが分かってくれたから、あたしは楽だったけど」
二人であって食事をする機会は何度かあったけれど、こうしてお酒を交わすのは初めてで。
楽しかったライブの話やお互いの近況を話しながらのお酒が美味しくて、驚くほど酒が進む。やっぱり彼女とは話が合う。テンションが合うって言うのかな。
「それで二人を野放しにさせて出来たのがあの曲だぞ!?」
「要素盛り過ぎてメドレーみたくなってたね」
「そうなんだよ! あの曲の演出も、…………、」
「市ヶ谷さん?」
どうしたの? なんて首を傾げる奥沢さんを睨みつける。
今更な疑問だが、なんで私だけがお酒を飲んで、彼女はずっとオレンジジュースとウーロン茶をローテーションしているのだろう。
「……おくさわさん、飲まねーの?」
「え? あー……、」
尤もな疑問を指摘すれば、奥沢さんはバツが悪そうな顔をして目を泳がせた。彼女も私と同じで電車で来てるから、飲めない状況な訳ではない。
冷静に考えてみて、私だけが飲んでいるのって気まずくないか。いやほんと、今更だけど。
「なんで私だけが飲んでるんだよ! おまえも飲め!」
「いやー……、」
「今日は二人で飲むと思って、楽しみにしてたんだからな!」
「うわ、素直。市ヶ谷さん相当酔ってるでしょ」
「うるせーな!」
茶化して話題を逸らそうとしてくる奥沢さんに痺れを切らして、飲み放題メニューを押し付ける。
苦笑いのまま受け取った奥沢さんが、メニューを一瞥した後、溜息を吐いて。
「……あたし、外で飲まないように言われてるんだよね……」
そう、零した。
「え、誰から?」
「…………ハロハピのみんな」
「は!? なんだそれ!?」
なんでハロハピのメンバーが奥沢さんの飲酒を禁止しているんだ。
事情は全く分からないけど、それって結構な過干渉だし過保護が過ぎないか。ていうか外でって、私が一緒でも駄目なのか。私じゃ信用できないのか。ハロハピにとって、私は奥沢さんを預けるのに信用に足らない存在なんですか〜〜〜!?
「おくさわさんは飲みたくねーのかよ!」
「いや、飲みたくない訳じゃないけどさ」
「そんなすなおに言いつけ守って! いいこちゃんか!」
「市ヶ谷さんめっちゃ酔ってるね?」
「いいから! ハロハピのみんなには私が上手く言っとくから! 奥沢さんも飲めって!」
「…………じゃあ、そこまで言うのなら」
最終的に折れた奥沢さんに、私は得意顔になってテーブルの呼び出しボタンを勢いよく押した。
◆
やっちまった。
楽しい酒の席で酔ってはしゃいでいた私だったが、向かいに座っていた筈なのに何故か隣に座り私にもたれてにこにこ笑っている奥沢さんに、我に返ったように酔いが覚めた。
「えへへ、あのね、それでね、」
「……うん」
「いちがゃさんきいてない!!」
「いや、ごめん、聞いてるって」
にこにこと、酔いの回った甘ったるい声が、機嫌よく同じ話をループする。
ハロハピの皆さんが外での飲酒を止めていた理由を早くも理解する。ごめん私が悪かったから帰ってきて奥沢さん。
「ちゃんとね、きかなきゃダメだよ、いちがゃさん」
「いやそれどうやって発音してんだよ」
私の中の奥沢さんのイメージが、がらがらと音を立てて崩れていく。別に理想を持ってた訳じゃないけど、私の知る奥沢さんはこんなキャラじゃなかった筈だ。きっと。絶対に。
「奥沢さんさー……ハロハピのみんなと飲む時もこんなんなの?」
「こんなん?」
「あー……、えっとー……、奥沢さんがお酒飲んだ時の他のハロハピの人って、どんな感じ?」
「えっとねー!!」
すぐ隣にいるのに声がでかい。
普段からハロハピの話をする時は嬉しそうな顔をする奥沢さんだけど、今はもう、嬉しさ爆発って感じだ。幼い子供みたいな呂律の回ってない喋り方に、満面の笑み。
「こないだはね! だっこしてくれてね、あとたまごやき食べさせてくれてね! あとねるときトントンってしてくれた!」
「赤ちゃんかお前は」
めちゃめちゃに甘やかされてるじゃねーか。しかしこの奥沢さんの惨状を見てもその対応が出来るハロハピ、流石を通り越して最早怖い。
「……うん、わかった。今日はもう帰ろう」
「えー!! やだ!!」
「やだじゃねーよ、もうラストオーダーも終わってんだぞ抱きつくな!」
抱き着いて肩口に顔を埋めている奥沢さんは、駄々っ子みたいに首を振って唸っている。肩がこそばゆいからやめてほしい。
「じゃあいちがゃさんち泊まる」
「いや……、うーん……、」
言い淀む。奥沢さんがこんな状態になってしまったのは私に非がある。責任を取って連れ帰って介抱するのが筋なのかもしれない。
ただぶっちゃけ、この奥沢さんを連れ帰るのは非常に面倒くさい。
「……ん? あれ、奥沢さん。電話鳴ってる」
「へ?」
机に置きっぱなしになっていた奥沢さんのスマホが、着信音を流しながら震えている。
画面を見てみれば、よく知った名前が表示されていた。
「噂をすればほら、ハロハピの仲間からだぞ。迎えに来てもらえ」
今の奥沢さんが出れば、たぶん頼まなくてもすっとんで来るだろう。
スマホを手渡してやったら、奥沢さんはぱあっと目を輝かせて、
「もしもしー!!」
嬉しそうに電話に出たのだった。
面倒極まりなかったのでもう無理に飲ませるのはやめようと、にこにこ顔の奥沢さんの横で私は決意を固めたのだった。