ブレーキ同盟がお泊まり会するはなし(後編) ミッシェルのもこもこルームウェアを着て顔を真っ赤にしながら有咲のスマホを取り上げようとする美咲と、それを笑いながら阻止する有咲の攻防から数秒後。暫し謎の沈黙が訪れる。向かい合わせに座った二人が目を泳がせ、そして視線がかち合う。
口を開いたのは有咲の方だった。
「……で、何やるよ?」
夕飯まで、まだ時間がある。ポピパで泊まる時は、ハロハピで泊まる時はいつも何をしてどんな風に過ごしていたっけ。二人は考えを巡らせる。
「トランプでもやる?」
「二人でか?」
「じゃあUNOとか?」
「だから二人しか居ないっての」
「…………」
「……宿題、やるか?」
あまり楽しくない提案だが、明日も学校があるので仕方ない。他にやりたいことも思い浮かばないので、二人で黙々と宿題に取り掛かるのであった。
◆
「ありがと市ヶ谷さん、すっごく参考になった。うちキーボード居ないからさぁ」
「おう、別に大したこと教えてねーけどな? 奥沢さんの作詞作曲の話も、まあ……、うん、面白くはあった」
「あはは、あんまり参考にならないでしょ。うちの曲作りは特殊だから」
あれだけやることと話題に困っていた二人も、一番の共通点はやはりバンド。夕飯を食べ入浴を済ませた頃には、すっかりお互いのバンドや音楽の話で盛り上がっていた。
「……と、そろそろ寝なきゃな。明日も学校だ」
気付けば、時刻は日付を跨がって少し。有咲がそう切り出せば、美咲も頷いてそれぞれ布団へと入った。電気を消して真っ暗になった部屋の中、美咲が静かに言葉を零す。
「市ヶ谷さん、今日は本当にありがとね。突然だったのに」
「……いいって別に。ポピパの奴らも急に来て夕飯食べてくことあるし」
「そうなの?」
「私の知らない間にりみはばあちゃんとお茶するし、おたえなんか電話で話するからな」
「えっ、何を話すの?」
「知らねーけど……。まあ、いつの間にかポピパ全員のばあちゃんみたいになっちゃったからさ。今更一人増えても変わんねーって」
「あはは……。あたしのおばあちゃんも、ハロハピみんなのおばあちゃんになっちゃったからなぁ」
どこまでも自分たちは似た者同士らしい。そういえば、明日香澄はいつものように自分を迎えに来るのだろうか。その場合、こころも一緒なのだろうか。……明日はいつもよりも、騒がしい朝になりそうだ。
そんなことを考えながら、重たくなってきた瞼に有咲が身を任せようと目を閉じたところで、美咲がまたぽつりと呟いた。
「市ヶ谷さんってさぁ……やさしーよね……」
「……はぁ?」
「だってノリで決まったお泊まりとは言え、急だったのに受け入れてくれたじゃん?」
「別に……。まあ私も、なんだかんだ楽しかったしな」
それは正直な感想であった。プライベートで遊ぶ機会はあまり無かったので緊張こそしたものの、やはりお互い話してて楽であった。
バンド仲間のような、友達のような。でもそれらとはちょっと違うような、自分たちでもよく分からない微妙な関係性。
「夕飯も美味しかった」
「おう。ばあちゃんも喜んでた。明日の朝は卵焼き作ってくれるって」
「わ、やった。戸山さん絶賛の卵焼き」
「……はいはい、いいからもう寝るぞ。明日も忙しいし」
この関係性にどう名前を付けていいか分からないまま、有咲は寝返りを打つ。すっかり、心地良い疲れと眠気に包まれていた。
ただ、美咲の方はそうではなかったようで。
「えー……もう寝るの? 早くない? まだ消灯時間過ぎただけじゃん?」
「うるせーな! なんだよ消灯時間って!? 修学旅行か!?」
「ねえ……、好きな子とかって……居る?」
「だーーーーー!! もういいから寝ろ!!!!」
美咲の方は、逆にハイになってしまってるらしい。飛び起きた有咲のツッコミで、ケラケラ笑いながら美咲は布団に包まる。
暫しの沈黙の後、また美咲が口を開いた。
「……市ヶ谷さんも、今度うちのおばあちゃんちおいでよ。ちょっと遠いし山の中で何も無いけどさ」
「おー……機会があったら……あるか……?」
「あとたぶんハロハピのみんなも付いてくるけど」
「それは私が行く意味がますますわかんねーな?」
それも悪くないかもしれない。いや、やっぱり待て。ハロハピのテンションと勢いに付いていける訳がなくないか?いくらブレーキ同盟と言っても、よそのバンドのブレーキを担う自信は無い。
体力バカなハロハピに振り回されて、走り回って、疲弊する未来しか見えない。
「いや……やっぱりそれは遠慮しとくわ……」
長考の末有咲がそんな結論をやっと出したものの、それにはもう美咲の寝息しか返ってこなかった。