くるくる溶かして、ティータイム 「……っと。こんなもんか」
パソコンを閉じてから、背もたれに寄りかかって身体を伸ばす。今度デビューするというアイドルグループに提供する曲作りが、やっと一段落着いたところだ。まだ細かく直すところは沢山あるけれど、昨日の夜からずっと寝ずに作業していたし、今は少しくらい休んでもいいだろう。
ずっと装着していたヘッドフォンを外すと、木枯らしがガタガタと窓を揺らしていた。木の葉や枝が揺れる音が、閉め切っている部屋まで聞こえてくる。外は寒そうだ。
作業部屋を出てキッチンへ向かうと、点けっぱなしの電気ケトルを横目にマグカップを取り出す。食器棚から一緒に縦長の缶を出したところで、家のチャイムが軽快に鳴った。一旦マグカップと缶をテーブルに置き、インターホンのボタンを押した。
『みーーーさきーーーーー!!』
やっぱり。予想通りの声が部屋に響いて、つい笑みが漏れる。画面いっぱいに映る金色の目が、此方を覗くように見ていた。そっちからじゃ部屋の中は見えないんだけどな。
「ん、今開けるね」
玄関の鍵を回し、ドアを開く。視界に入った金色が、次の瞬間には懐に飛び込んできていた。それをしっかりと受け止めれば、ぱっと太陽みたいな満面の笑顔が咲く。見上げてきた金色の瞳と目が合った。
「美咲っ! また来たわ!」
「いらっしゃい、こころ」
本当によく来るねと眉を下げても、こころは嬉しそうに笑うだけ。そのまま部屋の中へ通せば、慣れたようにクッションへと座った。
その前へと缶を持ってきてから、蓋を開ける。こころが身を乗り出して、目を輝かせながら缶の中身を覗き込んだ。
「で、今日は何を飲むの?」
「そうね、今日はこれにするわ!」
缶の中には、粉末をお湯で溶かして飲むインスタント飲料。一杯分ずつ小包装になっているスティックタイプだ。ココアとか、カフェオレとか、ミルクティーとか。それらをぎっしりと詰め込んであった。
ミルクティーのスティックを手に取ったこころからそれを受け取って。もうすっかりこころ専用になってしまったマグカップを新しく取り出す。
黄色いマグカップにはミルクティーを。青いマグカップにはカフェオレを。粉末をしっかり入れたのなら、電気ケトルのお湯を注ぐ。湯気を立てながら淡いブラウンの液体が黄色いカップの中を満たし、狭い部屋の中には甘い匂いが立ち込める。
ティースプーンをカップの中に入れて、くるくると掻き回し粉を溶かす。溶かし残しが無いように、丁寧に。あっという間にミルクティーの完成だ。
「はい、熱いから気を付けてね」
「ええ! ありがとう、美咲」
香るミルクティーの甘い匂いみたいにふわりと笑ったこころがカップを受け取って、ちびちびと飲み始める。それを見て微笑んでから、あたしも自分の分のカップにお湯を注いで向かいに座る。
「……おいしい?」
「ええ、とっても!」
スティック六本セットで一箱500円もしない、特売の安いやつなんですけどね。それでも満面の笑みには嘘もお世辞もなくて、あたしはそれに苦笑いを漏らしながらカフェオレに息を吹き掛けた。
こころが一人暮らしのあたしの家にお茶を飲みにくるようになったのは、つい最近。外が寒くなってきた頃からだ。
彼女も仕事で忙しいのだろうが、何故か把握しているあたしのスケジュール――と言っても、在宅での仕事なので殆ど家には居るのだけど――を見て度々訪れる。あたしが淹れるお茶を飲んで、少しだけお喋りをして帰っていく。たったそれだけ。
――余談だが、最初のうちは毎回こころがお茶菓子を持ってきてくれてたけど。明らかにあたしが出すお茶と価値が見合ってなくて心臓に悪いのでお断りすることにした。
大したおもてなしは出来てないし、それだったらこころの家で出てくるような茶葉から作る本格的なロイヤルミルクティーの方が絶対に美味しい。
それなのに彼女はあたしが淹れるインスタントのミルクティーを喜んで、美味しいって笑顔になってくれる。
「ねえ美咲、おかわり飲んでもいいかしら?」
「いいけど……って、もう飲んだの?」
「たくさん種類があるから迷ってしまうわね! ふふ、まるでカフェみたいね!」
すっごい安上がりなカフェだなぁ。なんだかおかしくて笑い声を漏らすと、こころも釣られて笑う。
結局こころはまたミルクティーのスティックを取り出すと、カップと一緒にあたしへ手渡してきた。
「不思議ね。美咲が淹れてくれると、とっても美味しいの」
「……インスタントだし、誰が作っても同じだよ」
「同じじゃないわ。お店のものも、家で淹れてくれるものもとっても美味しいけれど、美咲が淹れてくれるものが一番美味しいの」
二杯目のミルクティーを作って手渡す。これよりもっと美味しいものも高価なものも知っている筈なのに。でも100均のマグカップに入ったドラッグストアで特売だったミルクティーを、こころは両手で大事そうに受け取った。キラキラの宝物を眺めるみたいに、愛おしそうにカップの中へ視線を落とす。
「甘くて、あったかくて、心がポカポカしてとっても素敵な気持ちになれるのよ」
微笑むこころの言葉がじんわりと染みて、顔が段々熱くなる。彼女が来てくれるのがあたしも楽しみだなんて、彼女の好みに合わせて甘いものを買っているだなんて。そんなこと、あたしはいつか素直に言えるだろうか。
……それは当分あたしにはハードルが高いから。たまには、ちゃんとしたミルクティーを作ってこころに飲んでもらおうかな。お茶とか全然詳しくないけど、まずは茶葉を調べるところから。
そう密かに一人決心してまだ熱さの残るカフェオレを一気に飲み干したら、溶け損ねた粉末が底の方で固まっていた。