微睡みに委ねるまま けたたましく鳴るアラームの音で、徐々に意識がはっきりする。目を閉じたまま手探りでスマホを探して、やっとの思いでアラームを止めた。時刻は午前六時半。
スマホを探す為に布団から出した手が寒くて、アラームを止めた後に思わず布団の中へまた手を引っ込めた。まずいな、布団の外に出たくない。これだから冬の朝というものは厄介だ。
なんとか起きなくてはと、布団の中で目をしぱしぱ瞬かせながら頭の中で今日の予定を確認する。
あれ、そもそも今日は何曜日だったっけ。ここのところ、大学の課題やライブ、演劇サークルの活動が重なって続いていて、すっかり曜日感覚が抜け落ちてしまった。
もう一度曜日を確認しようと、布団の外へ手を伸ばそうとする。その時、指先が何か温かいものに触れて思わず固まった。
隣に視線と意識を向ければ、そこにはすやすやと眠る可愛らしい恋人——美咲の姿があった。
その顔を見てやっと私は状況を理解し、同時に自分は相当寝惚けていたらしいと自覚する。
今日は土曜日。学校も演劇サークルの活動も休み。午後からバンドの練習があるだけで、美咲は昨夜からうちに泊まりに来ていたのだった。
いつものように二人で買い物をして、夕飯を食べた。お互いが忙しい時はそれぞれ学校の課題をしたり、作詞作曲を行なったりしているけれど、昨日はお互い丁度落ち着いたところだった。
久しぶりに身体を重ねて愛し合いたいところでもあったのだが、お風呂上がりに温かい飲み物を飲めば、連日曲作りに追われていた美咲の眠気は限界だったようで。昨日は夜更かしすることもなく、早めに二人で布団に入った。
夕方まで何も予定が無かったのだから、いつもの時間にアラームを掛けずもっとゆっくり眠っても良かったかもしれない。
アラームが鳴ったのに目を覚ますこともなく眠り続ける美咲は、相当お疲れらしい。目の下にはうっすらと隈が窺える。それを指先でそっとなぞれば、長い睫毛がぴくりと動いた。起こしてしまったかと一瞬不安になったものの、規則正しい寝息が崩れることはない。
「……ふふ、」
よく眠っている姿が可愛らしくて、つい笑い声が漏れてしまう。
少しだけ寝癖のついたサラサラの黒髪に指を通せば、カーテンの間から射し込む日の光を反射させてきらりと髪が光る。頰を指先で優しくつつけば、ぷに、と柔らかい感触。
「……くしゅ、」
そんなことをして遊んでいたら、美咲が小さなクシャミをして身体を僅かに震わせた。
今日は朝からとても寒くて、布団から出ただけで凍えてしまいそう……なんて表現は大袈裟かもしれないけれど。可愛い可愛い私のお姫様が、風邪を引いてしまってはいけないから。肩までしっかり布団を掛けて、その身体をぎゅっと抱き締めた。伝わるのは穏やかな寝息と、とくとくとリズムを刻む心音と、私よりも僅かに温かい体温。それらに身を委ねれば、せっかく覚醒した意識は再び微睡みへと落ちてしまいそうな心地よい気分に包まれる。
「……かおるさん?」
聞こえてきたそんな声が、夢の世界へ行きそうだった私の意識を繋ぎ止める。少しだけ掠れて、舌がうまく回っていない眠たげな声。
「おはよう、美咲。……起こしてしまったかい?」
「んん、だいじょぶ。……今何時?」
六時半を過ぎたところだと伝えれば、早いと呟いた美咲が欠伸を零す。欠伸のせいで涙が滲んだ目を、のったりとした動作で擦った。
頭を抱えるように抱き締めれば、美咲がもぞもぞと胸元に擦り寄ってくる。
「まだ寝ていていいよ。私も丁度、もう一度寝ようと思っていたから」
「んん、そうする……。布団から出たくない……さむい……」
寒さから逃げるように縮こまらせた身体は、暖を求めて私に寄り添う。朝に弱いお姫様がこんな風に寝起きは素直に甘えてくれるのが嬉しくて、本当はもっともっとじっくり眺めて甘やかしたいところなのだけど。
「ふあ……、ん、じゃあおやすみ、薫さん」
「ああ、おやすみ」
また大きく欠伸をした美咲が、ふにゃりと笑って目を閉じる。神経質な美咲が、私の家の私の布団の中で、私の腕の中で安心して眠ってくれる。それが本当に嬉しくて、もっとこの幸せを噛み締めたいのだけど。
心地良過ぎる眠気に抗えずに、私も美咲に手を引かれるように目を閉じかける。私も彼女と同様、朝にはどうしても弱くて、彼女の体温を感じるだけで眠気には抗えなくなってしまって。
せめてこれだけとばかりに、美咲の額に一瞬だけキスを落とせば。あとはもう、限界とばかりに目を閉じて、そのままずるずると微睡みの中へ。
きっと起きる頃にはとっくに日は昇りきって、空の一番高いところに居るのだろう。けれどこんなに寒い冬の休日くらい、布団から出るのを拒否する朝があったっていい。