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    ▶︎古井◀︎

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    ▶︎古井◀︎

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    見えるモさんと祓えるチェのチェズモク洒落怖話

    #チェズモク
    chesmok

    「あ、」
     それに気付いてしまった瞬間、モクマは気付かなければよかったと心の底から後悔した。
     日の入り、夕暮れ、黄昏時――あるいはマイカでは逢魔が時、なんて呼んだりもする、そんな時間。
     モクマはとある雑居ビルの前で、別件で離れた相棒が戻ってくるのを待っていた。立ち並ぶ無数のビルが照り返す西日が妙にまぶしい。細めた目でふらふらと視線をさまよわせながら、ただ眼前の交差点を行き交う人の流れを追っていた。なんてことはない、相棒が来るまでのただの暇つぶしだ。本当に、それだけのつもりだった。
     最初に違和感を覚えたのは、横っ腹に突き刺さるような視線の濃さだった。多少ハデな風体をしていることもあって、モクマが街中でじろじろと見られること自体は珍しくもない。そんなときは大抵、その視線の主を見つけて目を合わせて、にっこり微笑んでやれば気圧されたようにその無礼者はいなくなるのだ。だからいつも通り、同じように対処しようと考えて、モクマは視線の大元を探してしまった。
     しかし今回に限っては、その行動は完全に誤りだった。探してはいけなかったのだ。そうとも知らず、モクマは送られ続けている視線と気配を手繰って周囲をぐるりと見まわした。そして、見つけてしまった。
     信号機の柱と、そのすぐそばにある電信柱のはざま。そんなところに、人間一人がずっと収まっていられるはずがない。だというのに『それ』は、差し込まれた影のように、あるいは投影された映像のように、あるはずのない空間にすっぽりと収まり、じいっとモクマのことを見つめていた。
     柱と柱で外枠を結ばれてできた隙間が、たまたま人の形をしていた。そんなことはありえないのに、そうとしか例えようのない異様な光景だった。
     ばらばらと目元を隠すように広がっている半端な長さの前髪。その間から覗く黄色く濁り血走った白目が。黒々とよどんだ瞳孔が、ただひたすらにモクマだけを見ている。ところどころ痛々しく裂けて黒ずんだ血が滲む唇は、たどたどしい息遣いすら聞こえてしまいそうなほどに、必死にはくはくと開閉を繰り返していた。
     あれは、呼んでいるのだ。モクマの事を。
    「―――は、」
     そう気付いてしまい、冷や汗がドッと噴き出した。呼吸が詰まり、心臓が勢いよく跳ねた。ああいったものを見かけるのは、実のところ初めてではなかった。世界中を放浪しているうちに、似たような恐ろしいものも、全く違う恐ろしいものも、幾つも遭遇した。人を救い続けるという命題の先に死を望み続けていたが故に、ああいったものたちと『波長が合った』のだと思う。
     いつだったか、どこかの国で出会った怪しげな占い師を自称する老婆に、このままではお前はあれらに殺されてしまう、と脅かされたこともあった。
     当時は「やれるもんならやってみてほしい」と、半ば捨て鉢にそう願ってみたりもしたけれど、今は違う。あれに、絶対に関わってはいけない――。
     視線を逸らそうとした。できなかった。瞼を閉じようとした。それすらできなかった。なぜできないのかすら分からず、じわじわと胸に本能的な恐怖が湧き上がった。呼吸が早まり、焦点がなかなか定まらない。どうにも目を離せないというのに、本能が、あれの正確なかたちを捉えるという一線を、明確に拒絶していた。
     信号機が赤から青に変わる。それを待っていた人々が一斉に動き出して、ほんの一瞬、柱のはざまを、影のような何かを覆い隠した。通行可能を示す少し歪んだ童謡が、信号機の隣に据え付けられたトランペットスピーカーから流れ出す。こんなシチュエーションであるからか、何度も聞いたことのあるはずのその音色が妙に気味悪く耳に響いた。
     ややあって人の通りが途切れて、寸の間まであったはずの雑踏が、不自然なほどに消えていたことにふと気付く。横断歩道を渡っていった人々はまだいい。なぜ、向こう側からは誰も歩いてこないのか。道の端で固まっているモクマを追い越していく人が一人もいないのか。人通りの多い街中に居たはずなのに、何故――。
     スピーカーの音が止む。痛いほどの沈黙があって、不意に、意識が逸れていた正面を見てしまった。見たくもなかったのに『何か』は再びモクマの視界に入る。見間違いであってほしかった。すっかり消えていてくれればよかった。けれど先ほどまでと何一つ変わらず、得体の知れない影は、モクマと目が合うなり、じっとりと瞳と口端を歪めて笑いだした。
    『――、―――。――――、』
     あれの唇が何か音を紡ぐ。言葉ではない。繋ぎ合わせても意味をなさない単語を適当に混ぜ合わせただけのサラダだった。めちゃくちゃで何も嚙み合っていないのに、どうしてかモクマを何度も呼んでいることだけは、痛いほどに分かってしまった。
     この場から逃げたいのに、両足を上げさえすれば一目散に走っていけるというのに。まるで足と靴に杭を打たれたかのように、モクマは摺り足すらできずに固まり続けた。頬に汗が一筋流れ落ちていく。道路向こうの歩行者用信号機が、妙に長々と緑のランプを点滅させていた。ちかちかと光るそれが、視界の端で奇妙なほどまばゆくモクマの網膜を刺激した。とうに止んだはずの童謡が、耳の奥で再び流れ始める。気持ちが、悪い――。 
    「何をぼうっとしていらっしゃるのですか」
     耳馴染んだ声が、唐突にモクマの思考に割り入って、気味の悪い音を制した。視界に知らぬ間に張っていた靄のようなものが、それらを契機として急激に晴れる。
    「……チェズ、レイ……」
     声が出た。呼ばれるままに顔が後ろを向く。あれほど強く固められていた視線が、あっさり影から外すことができた。口を開こうと、何を見たのかと告げようとして、すぐさま口を噤んだ。心臓が弾けてしまいそうなほど跳ね続けている。果たして、あのわけのわからない何かのことを、話してしまってもいいのか。そもそも彼は、モクマが見ていたものを理解してくれるのだろうか? 何も分からない。
     混乱が収まらず黙ったままでいるモクマに首を傾げたチェズレイは、先ほどまでじっと見つめていた方向に、ごく自然に視線を伸ばした。「何かあるのですか」そう言ってモクマの向こう側を覗き込もうとしたチェズレイに思わず手を伸ばしたのは、ほとんど反射だった。「見るな、馬鹿!」そう短く叫んで、彼の細面をひどく強引に自分に向けさせた。
     紫の双眼が驚愕に目を開きながらも、ひとまず自分だけを視界に収めたことに安堵する。彼の両頬を押さえた指先が、恐怖と焦燥で冷や汗を纏っていた。潔癖たる青年は嫌がるかもしれないが、そんなことを気にしている余裕など。今のモクマには存在しなかった。
    「……ずいぶんと熱烈ですね。何も無いのに、一体なにを見るなと?」
     チェズレイが苦笑とともに茶化して見せる。けれどその瞳は、柔らかな声色とは裏腹にモクマの抱えている感情を探るような、真剣なものに変わっていた。理由はともかく、何か異常なことが相棒の身に起きていることだけは、察した様子だった。
    「それは……」
     モクマに突き刺さる気配と視線は、相変わらず一瞬たりとも止まない。むしろ、ほんのわずかに唇を開いただけで、背後から感じる圧力が増した。想像したくもないのに『あれ』の表情が変わるさまを考えてしまう。
     柱の隙間からあれの中身が、ずるりと這い出す気配を感じた。引かれるように視線を落とすと、モクマの足の間に差す影の色が僅かに、けれど明らかに濃くなっている。呼吸に混じった短い悲鳴が、唇から漏れる。
     モクマさん、青年はじっと視線を合わせてから、落ち着かせるように敢えてゆったりと名を呼んだ。モクマの瞳に混じる怯えが増したことに、目ざとい相棒が気付かないはずがなかった。
    「言ってください。あなた、何を隠してるんですか」
    「……チェズレイ、おじさんがさ、オバケが見えてるって言ったら……お前さん、信じてくれる?」
    「信じます」
     数瞬の間すらない即答だった。今度はモクマが、驚きに目を見開く番だった。いつの間にか彼の頬から外されていた自身の指が、青年の手袋越しの掌に包み込まれる。どこまでも真摯な眼差しが、安心を送り込むようにモクマを見つめていた。こんな現実味のない話を、お前さんは理由も何も聞かずに信じてくれてるのか。
    「あなたを脅かしているそれは、今、どこに?」
     居るのでしょう、それが今、まさに。そう言ってモクマを見つめたまま、チェズレイは眉間に深く皺を刻んでいた。冷え切った手が仄かに温まって、体中の強張りが微かに緩む。震える顎をほんの少しだけ開いて、目線をゆっくりと背後にずらす。
    「俺の、うしろ。信号機の柱から、たぶん三歩くらいこっちに出てきてる、はず……」
    「そうですか」
     チェズレイは指先を離した掌を両肩に添えてきたかと思うと、そのままモクマの体を軽く横へ押しやる。強引に道を開けさせたのだ。ここでお待ちを、そう微笑んで、軽やかに歩き始めてしまった。
    「は、いやちょっと待ってチェズレイ。何するつもり」
    「決まっています。昔から、泥棒猫相手にすることと言えば、ただ一つでしょう?」
     ねえなに泥棒猫って。ちょっと。動揺に散らばったモクマの静止を無視して、チェズレイはかつかつと踵を響かせる。このあたりですね。指定したポイントに着くなり小さく呟いて、利き手に持っていた杖を逆の手に持ち替えた。そして空いた右手を指揮者のように振り上げて――うつくしい掌を鮮やかな軌道で薙ぎ払う、一閃を繰り出した。
    「手を出すな。あの人は私のものだ」
     恐ろしく低い声色が、深淵から這い出したような怒りに染まり切った声で、それだけを言い放つ。一閃、もっとわかりやすく言うなら、チェズレイが行ったのは、盛大に空を切った渾身のビンタだった。
     空を切った、などと表現してはみたものの、モクマの視点では予想通り三歩ほど這い出していた『何か』を、見えていないはずの彼の掌は正確に捉えていて、顔めいた部分のど真ん中を振り下ろした勢いのままに消し飛ばしていた。
    「…………うっそだあ」
     ふたりのバディ関係において、どちらかと言えば知力を担当している相棒が、そんな風にわかりやすく直截に暴力的な手段に打って出ることが衝撃だったし、実際にモノが掻き消えてしまったことも同じくらい、強い衝撃だった。
    「おや、ひょっとして本当に効きましたか?」
    「いや……まあ、うん、消えたけど……」
     呆然と事態を眺めていたモクマを尻目に、右手に纏わる残滓を振り払う真似事をしながら、チェズレイはあっけらかんと言い放つ。彼の指先に絡まっていた靄の最後の欠片が空気に解けるようにして消えると、次の瞬間、思い出したように街の雑踏が帰ってきた。
    「……これは、いったい」
     終ぞあれの姿を捉えることのなかったチェズレイも、流石にこれには驚いた様子だった。立ち尽くす二人の間を、湧き出したような人々の波が、少し迷惑そうな顔をして次々に追い越していく。
    「移動しようか」
     もう不穏な気配は残っていなかったけれど、それでもこの場に居続けることはしたくなかった。モクマはチェズレイを連れ、あてどもなく道沿いを歩き始める。それとともに努めて深呼吸をすると、恐ろしさにすっかり硬直していた体が、じんわりと解けていくのが分かった。
    「前に、ルークやアーロンには喋ってあげたことがあるんだけども。どうもおじさん、昔っからああいう変なものに縁があるみたいでなあ」
    「変なもの、ですか」
    「うん、幽霊でいいんかなあ。引っ張られてるっちゅうか、むしろこっちが引っ張っちまってる、みたいな? 俺もよくわかってないんだけどねえ」
     分からないなりにそういうもんらしい、と納得していることを告げた。死にかけたことは数回あるけれど本当に死ぬことはなかったし、何なら怪談話として一時の路銀になったことまであった。だから今までは、それほどまで気にしていなかったのだ。
    「でも、今日は久々に怖かったねえ。おじさん、もう気軽に死ねない身になっちまったもんだから」
     生にしがみつく気持ちが生まれたからこそ、あれほどまでに恐ろしく感じたのだ。あー、怖かったあ。強張っていた背を伸ばしながら、モクマは呟く。安堵を得たことで一層強く感じた心からの言葉が、ほろりと舌先から零れ落ちたようだった。
     ふと、視線を感じて目線を上げた。先ほどのような恐ろしいそれではない。慈しむような、庇護欲が漏れだしたような、柔らかな眼差し。モクマを見つめている宝石のような紫眼がすっと細められたかと思うと、唐突に肩を抱き寄せられた。
    「ははは、なあにチェズレイ。ひょっとしておじさんのこと、慰めてくれてるの?」
    「そのように茶化さなくて結構ですよ。怖かったのは、本当なのでしょう」
     肩を抱く力が強まる。正直歩きにくい。けれど、それが嬉しかった。青年の優しさに甘えて、そのままで寄り添い歩く。ふと瞼を閉じると、寸の闇にあの影が差しそうになって、慌てて目を見開く。――そうだねえ、本当に怖かったよ。
    「でも、お前さんが来てくれたからね」
    「お役に立てて、何よりでした」
    「ところであれ、本当にどうやったの? オバケ、お前さんが殴ったせいで消えたんだけど」
    「さあ? こう見えて私は生粋のリアリストですので、見えるものしか信じない主義なんです」
     でも、おじさんの言葉は信じてくれたじゃない。そう口を挟もうとして、けれど実際に音にする前にチェズレイは言葉を続けた。心を読んだみたいに、正確に。
    「でも、あなたの言葉だから私は信じた。だから、こう呼ぶのはいかがです?『愛の力だ』――と」
     言葉にしてみればそれは、あまりにも陳腐な名称だった。だからこそ、そんな言葉をきっと敢えて真っ直ぐに言ってくれたのだろうチェズレイが愛おしくて、モクマは笑った。じわりと温かい気持ちがせり上がって、胸の端に残り続けていた昏い澱すら掻き消えた。もう大丈夫だと胸を張って言えるほどに、身体に残っていた重みが霧散する。笑みに細まる目蓋の動きにつられて、モクマはもう一度だけ、目蓋を閉じてみる。
     恐ろしい影は、今度こそ本当に、どこにも残っていなかった。
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    高間晴

    DOODLEチェズモク800字。とある国の狭いセーフハウス。■たまには、


     たまにはあの人に任せてみようか。そう思ってチェズレイがモクマに確保を頼んだ極東の島国のセーフハウスは、1LKという手狭なものだった。古びたマンションの角部屋で、まずキッチンが狭いとチェズレイが文句をつける。シンク横の調理スペースは不十分だし、コンロもIHが一口だけだ。
    「これじゃあろくに料理も作れないじゃないですか」
    「まあそこは我慢してもらうしかないねえ」
     あはは、と笑うモクマをよそにチェズレイはバスルームを覗きに行く。バス・トイレが一緒だったら絶対にここでは暮らせない。引き戸を開けてみればシステムバスだが、トイレは別のようだ。清潔感もある。ほっと息をつく。
     そこでモクマに名前を呼ばれて手招きされる。なんだろうと思ってついていくとそこはベッドルームだった。そこでチェズレイはかすかに目を見開く。目の前にあるのは十分に広いダブルベッドだった。
    「いや~、寝室が広いみたいだからダブルベッドなんて入れちゃった」
     首の後ろ側をかきながらモクマが少し照れて笑うと、チェズレイがゆらりと顔を上げ振り返る。
    「モクマさァん……」
    「うん。お前さんがその顔する時って、嬉しいんだ 827

    高間晴

    DOODLEチェズモク800字。結婚している。■いわゆるプロポーズ


    「チェーズレイ、これよかったら使って」
     そう言ってモクマが書斎の机の上にラッピングされた細長い包みを置いた。ペンか何かでも入っているのだろうか。書き物をしていたチェズレイがそう思って開けてみると、塗り箸のような棒に藤色のとろりとした色合いのとんぼ玉がついている。
    「これは、かんざしですか?」
    「そうだよ。マイカの里じゃ女はよくこれを使って髪をまとめてるんだ。ほら、お前さん髪長くて時々邪魔そうにしてるから」
     言われてみれば、マイカの里で見かけた女性らが、結い髪にこういった飾りのようなものを挿していたのを思い出す。
     しかしチェズレイにはこんな棒一本で、どうやって髪をまとめるのかがわからない。そこでモクマは手元のタブレットで、かんざしでの髪の結い方動画を映して見せた。マイカの文化がブロッサムや他の国にも伝わりつつある今だから、こんな動画もある。一分ほどの短いものだが、聡いチェズレイにはそれだけで使い方がだいたいわかった。
    「なるほど、これは便利そうですね」
     そう言うとチェズレイは動画で見たとおりに髪を結い上げる。髪をまとめて上にねじると、地肌に近いところへか 849

    高間晴

    MAIKINGチェズモクの話。あとで少し手直ししたらpixivへ放る予定。■ポトフが冷めるまで


     極北の国、ヴィンウェイ。この国の冬は長い。だがチェズレイとモクマのセーフハウス内には暖房がしっかり効いており、寒さを感じることはない。
     キッチンでチェズレイはことことと煮える鍋を見つめていた。視線を上げればソファに座ってタブレットで通話しているモクマの姿が目に入る。おそらく次の仕事で向かう国で、ニンジャジャンのショーに出てくれないか打診しているのだろう。
     コンソメのいい香りが鍋から漂っている。チェズレイは煮えたかどうか、乱切りにした人参を小皿に取って吹き冷ますと口に入れた。それは味付けも火の通り具合も、我ながら完璧な出来栄え。
    「モクマさん、できましたよ」
     声をかければ、モクマは顔を上げて振り返り返事した。
    「あ、できた?
     ――ってわけで、アーロン。チェズレイが昼飯作ってくれたから、詳しい話はまた今度な」
     そう言ってモクマはさっさと通話を打ち切ってしまった。チェズレイがコンロの火を止め、二つの深い皿に出来上がった料理をよそうと、トレイに載せてダイニングへ移動する。モクマもソファから立ち上がってその後に付いていき、椅子を引くとテーブルにつく。その前に 2010

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    高間晴

    DOODLEチェズモク800字。敵アジトに乗り込む当夜の話。■愛は勝つ


     とある国に拠点を移したチェズレイとモクマ。敵アジトを見つけ、いよいよ今夜乗り込むこととなった。「ちょっと様子見てくるわ」と言い置いて、忍者装束のモクマは路地裏で漆喰の白い壁の上に軽く飛び乗ると、そのまま音もなく闇に消えていった。
     そして三分ほどが経った頃、その場でタブレットを操作していたチェズレイが顔を上げる。影が目の前に舞い降りた。
    「どうでした?」
    「警備は手薄。入り口のところにライフルを持った見張りが二人いるだけ」
    「そうですか」
     ふむ、とチェズレイは思案する顔になる。
    「内部も調べ通りなら楽々敵の首魁まで行けるはずだよ」
     振り返って笑う顔がひきつる。その太腿に、白刃がいきなり突き立てられたのだから。
    「なッ……」
    「それじゃあ、今日のところはあなたを仕留めて後日出直しましょう」
     チェズレイは冷ややかな声で告げると、突き立てた仕込み杖で傷を抉った。
    「ぐっ……なぜ分かった……!?」
    「仮面の詐欺師である私を欺くなんて百年早いんですよ」
     それ以上の言葉は聞きたくないとばかりに、チェズレイは偽者の顎を下から蹴り上げて気絶させた。はあ、と息を吐く。
    「モクマ 820

    高間晴

    DOODLEチェズモク800字。戦いが始まる前に終わってしまった……■では、お手柔らかに


     チェズレイとモクマが生活をともにしているセーフハウスの地下には、フローリング材の敷かれた広い空間があった。そこにはジムよろしく壁に沿って懸垂器具やルームランナーが置かれている。
     そこでモクマは一人、Tシャツにスウェット姿で懸垂器具に両手でぶら下がる。腕を伸ばした形からそのままゆっくりと肘を曲げていく。ぎっ、と懸垂器具が軋んで肘が肩より下になるまで体を腕力だけで持ち上げる。それを無言で繰り返す。
     三十回を超えた頃、階段を降りてくるチェズレイの姿が目に入った。
    「お疲れ様です、モクマさん」
    「お前さんも運動かい?」
     そうモクマが声をかけたのは、チェズレイも動きやすそうなTシャツとジャージ姿でまとめ髪だったから。なんてことない服装だが、この男が着るとそのままランウェイを歩けそうだ。
    「ええ。戦うための肉体づくりは欠かせませんから」
    「お前さん努力家だもんねぇ」
     チェズレイはモクマの傍に近づいた。モクマは少し慌てて器具から降り、間合いを取ろうとして壁に張り付く。
    「そう逃げなくたっていいじゃありませんか」
    「いや、おじさん汗かいたから。加齢臭するとか言われた 871

    高間晴

    DOODLEチェズモク800字。チェがモの遺書を見つけてしまった。■愛の言霊


     ヴィンウェイ、セーフハウスにて。
     昼過ぎ。チェズレイがモクマの部屋に、昨晩置き忘れた懐中時計を取りに入った。事前にいつでも部屋に入っていいと言われているので、こそこそする必要はない。部屋の中はいつもと同じで、意外と整理整頓されていた。
     ――あの人のことだから、もっと散らかった部屋になるかと思っていたけれど。よく考えればものをほとんど持たない放浪生活を二十年も続けていた彼の部屋が散らかるなんてないのだ。
     ベッドと机と椅子があって、ニンジャジャングッズが棚に並んでいる。彼が好きな酒類は「一緒に飲もう」と決めて以来はキッチンに置かれているので、その他にはなにもない。チェズレイはベッドサイドから懐中時計を取り上げる。と、ベッドのマットレスの下から何か白い紙? いや、封筒だ。そんなものがはみ出している。なんだか気になって――というよりは嫌な予感がして、半ば反射的にその封筒を引っ張り出した。
     その封筒の表には『遺書』と書かれていたので、チェズレイは硬直してしまう。封がされていないようだったので、中身の折りたたまれた便箋を引き抜く。そこには丁寧な縦書きの文字が並んでいて、そ 827

    ▶︎古井◀︎

    DONE横書き一気読み用

    #チェズモクワンドロワンライ
    お題「潜入」
    ※少しだけ荒事の描写があります
    悪党どものアジトに乗り込んで大暴れするチェズモクのはなし
     機械油の混じった潮の匂いが、風に乗って流れてくる。夜凪の闇を割いて光るタンカーが地響きめいて「ぼおん」と鈍い汽笛を鳴らした。
     身に馴染んだスーツを纏った二人の男が、暗がりに溶け込むようにして湾岸に建ち並ぶ倉庫街を無遠慮に歩いている。無数に積み上げられている錆の浮いたコンテナや、それらを運搬するための重機が雑然と置かれているせいで、一種の迷路を思わせるつくりになっていた。
    「何だか、迷っちまいそうだねえ」
     まるでピクニックや探検でもしているかのような、のんびりとした口調で呟く。夜の闇にまぎれながら迷いなく進んでいるのは、事前の調査で調べておいた『正解のルート』だった。照明灯自体は存在しているものの、そのほとんどが点灯していないせいで周囲はひどく暗い。
    「それも一つの目的なのではないですか? 何しろ、表立って喧伝できるような場所ではないのですから」
     倉庫街でも奥まった、知らなければ辿り着くことすら困難であろう場所に位置している今夜の目的地は、戦場で巨万の富を生み出す無数の銃火器が積まれている隠し倉庫だった
     持ち主は、海外での建材の輸出入を生業としている某企業。もとは健全な会社組織 6166