ドラコルルの奇妙な冒険「『世界は美しい。戦う価値がある。』後半部分には賛成だ」
と、『武人』は言った。
無限に続く暗黒の中、チカチカまたたく無数の星、星々。
一面に散りばめられた、光の砂粒の中、赤々と輝く星の灯があった。
銀河系のへんぴな地域に位置するその星に、『男』は流れ着いた。
宇宙空港の連絡船から、長身の男……ドラコルルが降り立つ。
黒いサングラス、黒いマントのような外套、黒いベレー帽。
暗い、陰りに身を包み、賑やで雑多な人波を、止まないアナウンスの喧騒の中を、影のように歩む。
「ようこそ遊星ヒノトへ!良い1日を!」
職員の女たちが配る造花を、片手で断り、小規模ながら、未来的なターミナルを出た。
バス、自動運転タクシー、空中車などが、停留所や路肩にずらりと集まる。
それらを捕まえようと躍起な人々、順番待ちの長蛇の列で、その一角はごった返していた。
「赤い空……か」
午前の真っ昼間だのに、空は透き通るような赤色だ。
新規に発見されたレアメタルで満ちた大地、地表に届く長い波長の光で、星全体が赤に包まれている。
星の民も、赤を伝統・日常的に重んじ、旗、移動機器、織物、小物に至るまで、朱色、橙色、桃色など、レッド系統の鮮やかな色彩を用いていた。
「赤に染められた星か……珍奇なものだ。独り、風の吹くままさすらうには丁度いい」
手を後ろに組み、1人ごちるように言う。
「だのに、何故お前がくっついて来る?」
腰をひねり、ジロリと目を向けた。
「お気になさらずッ!!」
「気にするわ。派手な夜逃げかお前は」
エキゾチックなポンチョに首を通し、ベレー帽を被り、背中にも、腰にも荷物を抱えた大柄の青年……副官に、呆れ返った目をくれた。
まるで開拓地へのおのぼりのガンマンか、ガンマンのコスプレの行商人である。
「長官殿ッ!言いました通り、お供させて頂きます!勝手な事とは存じますが、すでに長期休暇を申請済みです!引き継ぎもしておりますので、どうかお気になさらず!」
「違う。何故お前がついて来るのかと聞いている。二重の意味で」
向き直り、正面から見据える。
「私は辞表を提出した。もうピシア長官でも、軍人でも無い。だが、お前は恩赦を賜り、いまだ責任ある立場に在るだろう?たかが一般人であり、犯罪者ごときの為に、こんな辺境の星に居て良いとでも?」
サングラスの奥、暗く鋭い目から、副官はさりげなく目をそらす。
(このお方の目……何か怖いんだよなぁ……)
「えっと……。い、いけませんでしょうか……」
窮した副官は、困った顔で伺う。
「……フン。まあ良い」
ドラコルルは、副官から目線を外す。
「遊星ヒノトは、ごく数年前に新種のレアメタルが発掘され、開拓が進んだ新興星だ。知っているか?」
「あ、はいッ。確か、宇宙を股にかける大企業や、採掘家たち、もうけ話や、職を求めた流れ者たちが集まったのですよね?」
今や、星は資源・貿易・観光など、さらなる発展と開拓が望める『フロンティア』となっていた。
だが、本来は、古代からの伝統を重んじる民族星だった。
伝統を切り捨て、開発の波に乗るのを推進する革新派。
歴史と文化の死を懸念し、開発の手を拒む保守派。
どちらも選ばず、世の流れを様子見し続ける中立派。
星の人々の、今日の平和は、不安定な薄氷の上に立たされていた。
「首都であり、聖地の『ヤタロ』。その中心地のヤタロ遺跡の地下には、件のレアメタルが、山と埋まっていると聞く。どこぞの星の大企業が、遺跡を解体して、鉱石を掘り出さんと企んでいるだの、反対派の住民との間で小競り合いがあっただの、面倒な事になっているらしい」
「あッ、もしや、その大企業から派遣された責任者に会いに行かれるのですかッ?なるほどッ!彼らとのコネさえあれば、ピリカの利益にも繋がりますからね!」
この星に元・上官が降り立った理由を聞いていない副官は、『やっと合点がいった』とポンと手を打った。
「くだらん。どうでも良い」
「でェッ!?ち、違うのですかッ!?」
が、あっさり否定され、ズッコケる。
「じゃ、じゃあどうして、わざわざこんなヘンピな星に?」
思わず崩れた口調のまま、尋ねる。
「赤が嫌いだからだ」
無感動に言い、ドラコルルは懐に手を入れる。
「それと、『ホテル・インター・ステラ・ヤタロ』でスイーツビュッフェが開催中だからだ」
ニヤリと笑う(?)ドラコルル。
ホテルの洒落たロゴが印刷された、紙媒体のチラシには、上品で華やかなスイーツの数々が載っている。
「えぇぇぇ…………?この人こんなキャラだっけ……?」
副官はガックリと呆れ返る。
元々、酒も、甘いものも嗜む人だったが、最近はやたら滅多らと悪化してる気がする。
「お前は帰って良いぞ。元々、独り旅のつもりだった」
ドラコルルはぞんざいに言い、さっさと歩き出す。
「いいえッ!!お供させて頂きますッ!!」
「お前もしつこいな」
副官は半ばムキになり、競歩でドラコルルの後を追った。