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    ドラコルル長官と副官の小説-15

    ・前作のつづき

    #ドラコルル
    dracol
    #長官
    #副官
    adjutant

    8 -最終章-ギルモアの執務室へドラコルルを案内し終えた副官は、給湯室で紅茶を淹れながら静かに考えた。

    …まさか気づかれていたとは…。

    ドラコルル長官は、自分が将軍からどんな仕打ちを受けているのか全て見抜いていた。見抜いていたからこそ、俺にこの毒を渡した。あの将軍から解放してやると。

    紅茶を淹れ終えた副官は、ポケットにしまい込んでいた薬包紙を取り出した。キッチンの天板には紅茶の入った2つのカップ。薬包紙を開き、その中身をカップに入れた瞬間、この紅茶はただの飲み物ではなく、恐ろしい凶器に成り変わるのだ。

    『貴様にはずっと副官でいてもらう』

    床に倒れ込み、この任を解くよう嘆願する自分の顔を将軍はつま先で持ち上げた。あの時の屈辱と絶望は、忘れられたものではない。自分には将軍の顔が、鬼か悪魔のように見えたのだ。副官は薬包紙を開くと、ギルモアの紅茶に毒を盛るべく、それをカップに近づけた。

    「……悪魔?」

    ふと副官の頭にある男の姿が浮かんだ。悪魔と呼ばれる男はもう1人いたのではなかったか?

    『むしろ逆だ。クーデターなどとんでもないと迷っておられる』

    先ほどドラコルルが言っていた言葉を副官は思い出した。
    「………」
    副官は、薬包紙を持つ手を止めた。

    「…将軍………」

    副官は目を伏せた。
    どんなに自分への仕打ちが酷いものであっても、あの人は一国の将軍なのだ。自分への仕打ちは置いておき、国全体に影響することについて、あの人は正しい武力のあり方を分かっていた。むしろ忌むべき存在なのは。


    「ドラコルル……!!」


    副官は、唇を噛みしめた。
    そもそも始めから妙だった。ピシアはピリカ全土の情報を収集し、議会にその情報を提供することを目的に設立された。いくら前身が軍の諜報部だとは言え、ここまで頻繁にドラコルルが将軍の元を訪れるなど変なのだ。本来なら、訪問すべきは大統領のはずだ。

    ドラコルルはこの国にクーデターを起こし、自分の意のままに支配しようと考えている。そのために将軍を利用し、…いや将軍を殺せと自分に命令を下した。俺を将軍から解放することを餌にして。

    「ピシア長官ドラコルル…!!まさに悪魔のような男だ…!!」

    副官は、目の前の紅茶を見据えた。薬包紙を持つ手をドラコルルのカップに近づける。

    ーお前の好きなようにさせてたまるか。この国は俺が守る…!











    ドラコルルは腕時計を見た。ギルモアの執務室のソファに腰掛けてすぐ、副官は紅茶を入れるために執務室を出て行った。いつもなら数分で戻ってくる彼が、10分経っても戻って来ない。

    …迷っているのだな。無理もない。

    直属の上官を殺せと、軍のトップであるギルモア将軍を殺せと、自分は指示した。動揺するのも当然だ。

    そのとき扉をノックする音が執務室に響き、紅茶を持った副官が部屋に入ってきた。
    「…遅い!!」
    ギルモアは不快感をあらわにしながら副官を睨みつけた。だが、副官はいつもと違って動揺することもなく、無表情でカップののったトレーをソファテーブルに置いた。

    …覚悟を決めたようだな。

    ドラコルルはニヤリと笑った。
    副官は紅茶の入ったカップをドラコルルの前に置いた。そのとき、ドラコルルの顔に笑みが浮かんでいることを副官は見逃さなかった。

    ーそうやって笑っていられるのも今のうちだ。お前はとんでもない悪党だ!!

    右利きのドラコルルが取っ手を持ちやすいようカップを回転させる。同じようにギルモアの前にもカップを置くと、副官は立ち上がった。
    「お待たせして申し訳ありませんでした。どうぞゆっくりとお寛ぎください」
    副官はそう言うと、頭を下げた。カチャッと音を立て、ドラコルルがカップを持ち上げる。副官はくるりと背を向けた。

    ー即効性の毒ならば、数秒で効果は表れるはずだ。悪党が。死ね!!

    心の中でそう呟く。
    ひどくゆっくりとした足取りで、副官は執務室の扉を目指して歩き始めた。
















    ……………。

    副官は扉の前に立ち尽くした。
    背後の様子に違和感はない。ガチャンとカップが割れる音も、ドラコルルの苦しそうな呻き声も、想定していた全ての音が全く聞こえないのだ。副官は恐る恐る後ろを振り返った。

    ドラコルルはカップを口につけながらニヤリと笑っていた。副官の背筋に冷たいものが走る。
    「将軍」
    ドラコルルが口を開いた。
    「この男、私に毒を盛ろうとしたようです」
    「何だと?!」
    ギルモアが目を見開いた。副官の全身が凍りつく。
    「副官」
    ドラコルルが副官に目をやった。
    「あれはただの砂糖だ。この私を毒殺しようなど、愚かなことを考えたな」
    「!!」
    副官の体はガタガタと震えた。
    気がつくとギルモアが顔を真っ赤にしながら、自分の目の前に立っていた。手には実弾入りの銃が握られている。
    「副官!貴様…!!」
    ギルモアは銃を副官に向けた。
    副官の顔がみるみるうちに青ざめていく。

    ギルモアに弁解は通用しない。あの毒は、ドラコルルからもらったものだと、そしてドラコルルこそがあなたの死を望んでいるのだと、いくら説明しようが、頭に血がのぼった今の将軍には絶対に伝わらないだろう。

    当然だ。
    例えドラコルルが非道な考えの持ち主であっても、彼はまだ手を汚していない。それに引き換え、自分はドラコルルを殺すべく、行動を起こしてしまった。

    …嵌められた…。

    副官は悟った。
    頭のいいドラコルルのことだ。自分がドラコルルのカップに毒を盛る可能性を想定しないはずがないのだ。まがりなりにも自分はギルモア将軍の副官だ。ドラコルルにとっては、将軍を殺したところで、いつ裏切るかも分からない危険な存在なのだ。だから、まずはこうして将軍に自分を殺させ、そのあとは自らの手で将軍を始末する予定なのだろう。

    副官は全てをあきらめ、床に膝をついた。
    ギルモアが引き金を引こうとした、その瞬間。


    _パシャリ!!


    「そこまでです。お二人とも」

    ドラコルルの声が執務室に響いた。その手には映像記録端末が握られている。先ほどのカメラのシャッター音は、この端末から出たものであった。
    「将軍。よい部下をお持ちになりましたな」
    副官に銃を向けながら、キョトンとするギルモアにドラコルルは呼びかけた。
    「…何のことだ?」
    「事の顛末を説明しましょう。元はと言えば、副官に毒を盛るよう指示したのは私です」
    副官は、目をぱちくりさせながらドラコルルを見つめた。
    「私がクーデターを企てていると。その計画に反対している将軍が目障りだから殺せと。その男に指示しました」
    ギルモアが目を見開く。
    「…長官。貴様、どういうつもりだ?」
    「この写真ですよ」
    ドラコルルは手に持った端末をギルモアに向けた。そこには床に膝をつき、恐怖に顔をこわばらせた副官の姿と、副官に銃を向け、今まさに引き金を引かんとするギルモアの姿が写っていた。
    「将軍。副官へのこのような暴行は、立派なハラスメント行為です。今すぐおやめください。さもなくば、私はこの写真を全国にばらまきます」
    ギルモアはさらに目を見開いた。ドラコルルは構わずに続けた。
    「日常的に副官に銃を向け、その体を射撃の的にしていたのでしょう?人がすることとは思えません」
    ドラコルルは副官に目を向けた。
    「副官。使い物にならなくなった防弾ベストはまだ保管しているな?」
    「え?!は、はい…」
    副官の返事にドラコルルは微笑んだ。
    「将軍。線条痕というものはご存知ですか?弾丸をこめる銃は、その発射時に銃身内の溝が傷として弾丸に付着します。これを調べれば、その弾丸がどの銃から発射されたか特定することが可能です。副官の防弾ベストにめり込んだ弾丸を調べれば、将軍が副官を撃ったことは、もはや疑いようもなくなるでしょう」
    ギルモアは顔をこわばらせた。
    もしその証拠と、ドラコルルが撮影した写真を世間にばらまかれれば、自分の人生は終わったも同然だ。

    言葉を失ったギルモアに、ドラコルルは笑みを浮かべながら口を開いた。
    「ですが将軍。一つ条件をのんでくだされば、私はこのことを一切口外しないと誓いましょう」
    ドラコルルは副官に目を向けると、その顔を指差した。

    「あの男を、ピシア長官付きにしていただきたい」

    「へ?!」
    副官が素っ頓狂な声をあげた。

    ー何を言っているんだ、この人は?!

    それはギルモアも同じであった。
    「…ドラコルル、貴様どういうつもりだ?この男は何の役にもたたんぞ?!」
    ギルモアの問いにドラコルルは構わず答えた。
    「いいえ。実に忠誠心のある男です。それに正義感も強い。今回の件に関しても、この男はあなたから酷い仕打ちを受けているというのに、あなたに毒を盛らなかった。私怨よりも国を取ったのです。まさに軍人の鑑です」
    そう言い、ドラコルルは副官に微笑んだ。

    副官はぽかんと口を開けた。
    ドラコルルは始めから、将軍を殺す気などなかったのだ。砂糖を毒と偽って自分に持たせ、自分がどのような行動を起こすのか試しただけだった。

    「…いいだろう」
    ギルモアの声が静かな執務室に響いた。
    「そんな男、足手まといになるだけだ。さっさと連れて行け!!」
    「では、本日の会談内容はまた後日ということで」
    ドラコルルは、ギルモアに敬礼すると執務室を後にすべく歩き始めた。副官は何が何だか分からないとでもいうように、ドラコルルとギルモアを交互に見比べている。

    「どうした副官。ついてこい」

    ドラコルルは副官に声をかけた。その言葉に副官は慌てて立ち上がった。
    「しょ、将軍!!今までお世話になりましたぁ!!」
    「やかましい!さっさと行け!!」
    ギルモアの怒鳴り声を受け、副官は大慌てで執務室の扉を閉めた。







    「あ、あの。ドラコルル長官」
    廊下を歩きながら、副官は恐る恐るドラコルルに声をかけた。
    「なんだ?」
    「ほ、本当に俺でいいんですか?だって俺には大した能力なんて…」
    「能力を引き出すのは上官の役目だ。私は君の忠誠心と正義感を買った。それだけだ。もし君が私の言う通り、将軍の紅茶に毒を盛っていたならば、私は絶対に君を部下にはしなかった」
    きっぱりとドラコルルは告げた。ドラコルルの言葉に、副官は自身の胸がじんわりと熱くなるのを感じた。だが、副官には一つだけ引っかかる点があった。
    「…あの、ドラコルル長官。もう一つ聞いてもよろしいでしょうか…?」
    副官は恐る恐る尋ねた。
    「さっきのクーデターの話…。あれは本当ですか…?」
    「あんなもの嘘だ」
    「はあ?!」
    副官は思わず転びそうになった。なんとか体をもちこたえ、ドラコルルの言葉の続きを待つ。
    「お前は、私が平気で嘘をつくのを知っているだろう?何を驚く」
    「いや、じゃあ、なんでこんな頻繁に将軍の元に来られるんですか!」
    「ああ、それはだな…」
    ドラコルルは立ち止まると、懐から何かのチラシを取り出した。




    祝! 11歳!!
    パピ大統領誕生記念パーティー

     

    「誕生記念パーティー?!」
    副官は声をあげた。
    「そうだ。来月、パピ大統領が11歳の誕生日をお迎えになる。他国の政府要人を招いての盛大なものになる予定だ。このチラシは、全国中継の宣伝だ。…ここを見ろ」
    ドラコルルはチラシのある部分を指差した。

     


    お知らせ
    軍からの素敵なサプライズもあるよ!お楽しみに!




    「サプライズ?!」
    副官はまた声を上げた。
    「そうだ。政府要人も参加する以上、警備はもちろん厳重を極める。だが、それだけでは、おめでたい場であるのに軍の堅苦しいイメージしか国民には伝わらん。軍としては一肌脱ごうと考えたわけだ」
    「そ、それで、そのサプライズの内容というのは…?」
    副官の問いにドラコルルにニヤリと口角を上げた。







    その頃、ギルモアは眉間にシワを寄せながら、ソファテーブルの上を睨みつけていた。
    テーブルの上には、手のひらほどの小さな下着が上下セットで置かれていた。とてもではないが、着ることのできるサイズではない。だが。

    「なぜわしがこんなものを着なければならんのだ…」







    「伸縮性下着の実演販売?!」
    副官がまたしても声を上げた。
    「そうだ。実は数ヶ月前、我々ピシアはある情報をつかんだ。北部の田舎町のある工場で、常識をくつがえす特殊な繊維が開発されたと。その繊維で編み込まれた服は、手のひらにのるほどの大きさであるのに、大の男が快適に着れるほどにまで伸びるのだ。この大発見を我々は見過ごすわけにはいかない。すぐにでも大統領にお知らせし、各国にピリカの技術をアピールしようと実演の場を設けることになった」
    「そ、それがサプライズというわけですか。その服を着るのはまさか…?」
    「将軍だ」
    ドラコルルはニヤリと笑った。
    「軍のトップがやるからこそ、こういうものはウケる。副官。お前も着る予定だったのだぞ」
    「え?!」
    副官は目を丸くした。
    「将軍も君も体格には恵まれている。やはり大柄な者が実演することで、よりインパクトが伝わるのだ。将軍はなかなか君には知らせなかったようだが」
    「け、計画ってそれのことですか。そんな伸縮性のある服を着たら、もちろんピチピチになりますよね…?」
    「ああ、ピチピチだ」
    「ピチピチ…」
    「ピチピチだ」
    副官は、将軍の姿を想像した。次の瞬間、副官は思わず吹き出してしまった。ドラコルルも笑いながら口を開いた。
    「笑いごとではないぞ副官。この繊維が広まればピリカの産業は大きく変わる。下着に利用すれば、もう風呂の脱衣場の棚がいっぱいになることもない。場所をとらないから災害時にも大活躍だ。素晴らしい経済効果がこの繊維には見込まれるのだ」
    「長官。笑いながら真面目な話をされても説得力はありませんって」
    2人はゲラゲラと笑い始めた。
    しばらくあと、副官は笑い終えると、改めてドラコルルに向き直った。

    「長官。本日よりピシア長官付き副官を拝命いたしました。どうかよろしくお願いします」

    「ああ。よろしく頼む、副官」

    そう言うとドラコルルは、歩き始めた。その背中を見ながら、副官も笑顔でその後を追った。










    「長官。俺はあなたのことを誤解していたようです」
    車を走らせてしばらく経ったころ、副官は後部座席に座るドラコルルに声をかけた。
    「冷酷だとか悪魔だとか。悪い噂ばかり聞いていましたから。ちゃんと、働く人間のことや、国の発展について考えていたんですね」
    「周りが言っていることは、あながち間違ってはおらん。だが、国家機関の長として、労働者の権利と経済の発展について、わきまえてはいるつもりだ」
    腕を組みながらドラコルルは答えた。そのとき、ドラコルルがボソリと何かつぶやいたのを副官は聞いた気がした。
    「……8。……がいも………長も」
    「え?何かおっしゃいました?」
    車を運転しながら副官が問うた。ドラコルルは笑みを浮かべながら、再びつぶやいた。

    「目標8。働きがいも経済成長も」




















    「これこそまさにS D G s」






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