明日雨らしい ふと目が覚めて、薄暗い洞窟内の澱んだ空気を吸う。日が昇ってもいないのに目が覚めてしまった。閉め忘れた岩戸から波の音が聞こえる。
マトリフは寝床を抜け出して洞窟を出た。空はまだ夜の色をしている。波が岩に砕けて、その雫が足元に飛んだ。
目が醒めてしまったのなら釣りでもするかと釣竿を持って出たが、舟まで出すのは億劫だった。その辺りの石をひっくり返して虫を見つけて釣り針につける。適当な岩に座って釣り糸を垂らした。
「随分と早起きだね」
その声に振り向けばガンガディアが鍋を持って立っていた。近くの森に住むガンガディアはよくマトリフの洞窟を訪れる。その際に料理を持ってくることが多かった。
「いい匂いだな」
「教わったスープを作ってみたのだよ。あとで味見をしてくれないか」
ガンガディアは料理を極めたいらしい。これまで呪文に向けていた熱意を料理に向けていた。作るたびに腕を上げている。
ガンガディアは鍋を洞窟に置くと戻ってきた。マトリフの隣にそっと座る。
「まだ成果がないようだね」
「魚もまだ寝てらぁ」
マトリフは腰を上げると横に座るガンガディアの膝の上に座った。ガンガディアの体は温かい。じっと座っていたので体が冷えてきていた。ガンガディアはマトリフが座るやすいように体勢を整える。
波は穏やかだった。ウキもただ波に揺れている。温かい体に包まれていると眠気が戻ってきて、それに抗う気もなくマトリフは目を閉じた。
まるでそれを待っていたかのようにウキが沈んだ。
「引いている」
ガンガディアの声も眠ったマトリフには届かなかった。ガンガディアが代わりに竿を引くが、釣り針にエサはなくなっていた。マトリフが起きたら文句を言われそうだとガンガディアは思う。
ガンガディアは水面をじっと見つめる。そして抱えたマトリフに振動が伝わらないほど静かに海を切り裂いた。その手には魚がある。魚は我が身に何が起こったのか理解できないまま跳ねていた。
これで朝食は困らないだろうとガンガディアは魚を魚籠に入れた。
ガンガディアは腕の中で眠るマトリフを見下ろす。うなじが無防備に曝け出されていた。日に焼けていない皮膚のその下の血管が薄らと見える。ガンガディアはそのうなじを爪の先でなぞった。伸びたな髪が指先をくすぐる。
「ん……」
目を開けたマトリフは無意識なのかうなじを手のひらで押さえた。