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    なりひさ

    @Narihisa99

    二次創作の小説倉庫

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    なりひさ

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    🟥が👀殿を救うために違う世界からやってきた話

    倒幕しなかった1340年その2 この世界での信濃における小笠原領は、倒幕する以前から変わっていなかった。倒幕がなければ、貞宗が信濃守護になることもなく、領地が増えることもなかった。
     それでいて貞宗はある時、その弓の美しさを時行に見初められ、武芸指南役に抜擢された。それ以降は鎌倉に住み、常興と新三郎は数ヶ月ごとに信濃と鎌倉を行き来していた。
     常興は聞かされたこの世界のあらましに複雑な思いがした。その思いのまま、矢場に立つ貞宗を見る。
    「若君、腕が下がっておりますぞ」
     貞宗の厳しい声が響く。北条の館の矢場は広く、そこで貞宗は時行の弓を指導していた。それから少し離れて新三郎と常興は控えている。常興が貞宗から離れないと頑なに言い張ったために、ここまでついてきていた。
    「大丈夫ですか兄上、そんなに殿と離れるのが嫌だったのですね」
     珍しく神妙な顔になった新三郎に言われて、常興は顔を顰めた。この世界で起こったことを知るために、新三郎にあれこれと尋ねたために、要らぬ誤解を与えていた。常興が貞宗と離れるのが嫌なのは事実だが、そのせいで尋常ではない駄々をこねたと思われるのは、常興にとっては心外だった。
    「ともかく、今すぐに信濃に帰らねば悪党共に領地を奪われてしまうのだな?」
     信濃には貞宗の嫡男が残り、領地を守っていた。そしてその領地を狙うのは瘴奸で、常興や新三郎が留守にする時期を狙っては領地を犯そうとしていた。
    「ええ、ですから早く発ちましょう」
     しかし、常興は貞宗の側を離れるわけにはいかなかった。今は暦応三年の春だという。常興がいた世界では暦応三年の夏に貞宗は病に倒れた。雨に濡れたことが原因ではあるが、それ以前からの多大な精神的負担が病を重くさせたのだと常興は思っていた。
     この世界では貞宗は戦に出ていない。これほど起こった出来事も状況も違うのであれば、貞宗は病には罹らないのかのしれない。
     しかし、この鎌倉には足利尊氏がいる。あの不気味な眼差しを思い出すと常興は心の臓が冷えた。他にも何が起こるかわからない。そう思うととても貞宗を残してはいけなかった。
    「貞宗様も一緒に信濃に帰っていただこう」
     それしかないと常興は思った。それで信濃は安泰で、常興も貞宗から離れずに済む。
    「えっ?」
    「なぜ時行……様のために貞宗様が弓を教えねばならん。見たところ時行……様は弓の稽古から逃げ回っているご様子。であれば、貞宗様が信濃に帰っても問題なかろう」
     一応は声を潜めたが、常興からすれば時行は貞宗の敵であった。そのためにあまり良い感情を持っていない。新三郎も声を落として応えた。
    「それは無理じゃないですか。時行様は殿のことを師父と呼んで慕ってますから」
    「しかし貞宗様から逃げ回っていたではないか」
    「あれはいつものお戯れでしょう。あの全裸逃亡ド変態稚……んん、時行様は鬼ごっこがお好きですから、ああやって殿に追いかけさせて楽しんでおいでなのです。だから殿を信濃に帰すとは思えませんよ」
     そういえば元の世界でも時行は妙に貞宗を慕っていたと常興は思い出す。貞宗も満更でもなさそうに、我が子の成長を見るような眼で時行を見ていた。
     貞宗が信濃に帰るのが無理、かといって新三郎だけを帰すのも心配であった。相手はあの瘴奸である。せめて戦に慣れた者があと一人いなければ瘴奸には対抗できない。
     常興は苦渋の表情になった。あともう一つだけ考えがあったが、この手を使うことを常興は良しとしなかった。しかし他に手がないのであれば、使わざるを得ない。
    「では、市河殿に頼むのはどうだ」
     市河助房。できれば頼りたくない相手であった。貞宗の病はあの市河の戦線離脱から始まったと言っても過言ではない。その市河に頼るなど常興には我慢ならなかったが、背に腹は変えられない。
     すると新三郎は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
    「……なぜ市河なのです?」
    「なぜって、私もできれば頼りたくないが」
    「あいつは諏訪神党でしょう?うちに手を貸しませんよ」
     常興は吊り目を見開いて言葉に詰まった。
    「……本当か?」
     新三郎は頷いてから、手のひらをそっと常興の額にやった。
    「兄上、やはりお休みなったほうが」
    「ええい、やめろ。俺は正気だ!」
    「常興、煩くするでない」
     貞宗の叱責に常興は身を縮める。貞宗は腕を組んで新三郎と常興を見ていた。
    「も、申し訳ありません」
     この世界はあらゆるものが違いすぎる。常興は頭を抱えた。しかし、幸いにも夏にはまだ時がある。最速で信濃に帰り、速攻で瘴奸を始末して鎌倉に戻れば、夏には間に合うかもしれない。
     穏やかな空気に弓の音が響く。時行の放った矢は的の真中を射ていた。貞宗が小さく頷くと声を上げる。
    「今のは良い構えでしたぞ、若君」
    「本当ですか師父」
     時行はぱっと明るい表情になると貞宗を見上げた。そこには深い信頼が窺える。貞宗の表情も厳しさを保ったままではあるが、その眼には慈しみの色があった。
    「さあ、忘れぬうちにもう一射」
    「はい!」
     弓を引く時行を見つめる貞宗の表情は穏やかだった。そこには常興が元いた世界で見せていた、張り詰めたものがない。
     常興の脳裏に、かつての貞宗の姿が浮かぶ。戦の大将という重荷を背負い続け、眼差しは日ごとに険しさを増していった。笑わなくなった。疲れていた。それでもなお、気丈に立ち続けた貞宗は、雨に濡れたあの日、病に倒れた。あのとき、常興はすぐ傍にいながら、貞宗を救えなかった。
     この世界の貞宗も、白髪が目立ち始め、顔には歳月の重みが刻まれていた。激情に駆られることはなくなったかもしれない。けれどその目尻に刻まれた深い笑い皺は、戦では決して得られぬ、穏やかな生の証のように見えた。
     この世界の貞宗は念願だった信濃守護にはなれなかった。だからこそ得た生き方もあるのだろう。
    「……そうと決まれば出発だ」
    「ようやく癇癪がおさまった」
     今回は長かったなと新三郎は呟いたが、常興は聞いていなかった。
    「急ぎ信濃へ向かうぞ」
     貞宗を守るためならばどのような手でも使ってやる。常興は固く決意した。
     
     
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