聖夜の勢い もうすぐクリスマスだとマトリフが気付いたのは、そのクリスマスのたった数日前だった。
普段の暮らしが人里離れた洞窟暮らしで、一緒に暮らしているガンガディアも人間の習慣に疎いものだから、クリスマスなんてイベントの存在はすっかり忘れていた。
マトリフは久しぶりに来た街がきらびやかに飾り付けされているのを見て、そういえばそんな季節だと思い出したのだった。
といってもマトリフも特殊な里の育ちであるから、クリスマスには馴染みがなかった。これまでクリスマスを楽しんだ記憶もない。だが今は恋人になったガンガディアと一緒に暮らしているのだし、少しくらいそれっぽい事をしてもいいかと思い立った。
そして迎えたクリスマス当日。マトリフは上機嫌で数日前に買った酒瓶のコルクを引き抜いた。それをガンガディアが目敏く見つける。
「もう酒を飲むのかね大魔道士」
「いいんだよ、今日はクリスマスだからな」
マトリフのなけなしのクリスマス知識によると、クリスマスは酒を好きなだけ飲んでいい日となっている。それはたまたまクリスマスの日に酒場に寄ったら、酒を奢って貰えたことに由来する知識だった。
「クリスマスは今日だったのかね」
「お、クリスマスのこと知ってたのか?」
するとガンガディアは眼鏡を光らせて少し得意げに口を開いた。
「人間について私も少々勉強したのでね。しかし今日だったとは知らなかった。そうか、この洞窟にも暦が必要なようだ。人間は細かに日にちを確認しながら暮らすのだろう。そうすればクリスマスも、新年もわかるはずだ」
「細かいこたぁいいんだよ。とにかく、今日はクリスマスだから朝から飲んで良いんだよ」
マトリフは開けた酒をさっそくグラスに注いだ。ガンガディアは不思議そうにそんなマトリフを見る。
「クリスマスだと朝から酒を飲んでいいのかね。私が読んだ文献にはそのような記載は無かったが」
「祝い事なんだから飲んでいいに決まってらぁ」
クリスマスをよく知らないマトリフにとっては、とにかく酒が飲めればそれでよかった。一人ならともかく、二人なら酒瓶を開けるのにも迷いはない。ガンガディアも嬉しそうなマトリフに水を差すのも悪い気がして、一般的なクリスマスの過ごし方についての講釈は止めることにした。
そうしていつもより早いペースで飲んだマトリフは、一時間もしないうちにすっかり良い気分になっていた。酔えば陽気になるタイプであるマトリフは、べったりとガンガディアにくっついて、上機嫌に鼻歌を歌いながらグラスを揺らしている。
「それくらいにしたまえ。先日のようになりたくないだろう」
先日もマトリフはしこたま飲んで二日酔いになった挙句に、飲んでいた時のことはすっかり記憶から消し去っていた。
「だいじょーぶだ、まだ酔ってねぇし」
「酔っ払いの常套句ではないか」
ガンガディアはマトリフの手からグラスと酒瓶を取り上げた。するとマトリフが不満そうに声を上げる。
「おいてめぇ、今日はクリスマスなんだぞ」
「クリスマスは良い子にするものだ」
ガンガディアは残っていた酒を全部自ら飲み干した。これでマトリフがこれ以上に酒を飲むことはない。
「ああ! オレの酒を返せよ!」
「返せないよ。もう飲んでしまったのだから」
「このやろう!」
マトリフはフラフラと飛び上がるとガンガディアの首飾りをガシッと掴んだ。マトリフは紅潮した顔で、呂律も回っていない。マトリフはガンガディアに顔を近づけると唇を重ねてきた。
「ンッ!」
ガンガディアは驚きで思わず声を上げた。するとマトリフがとろんと蕩けた目でガンガディアを見つめる。
「オレのさけぇ」
マトリフは言いながらガンガディアの口内を舌で弄る。じゅっじゅっと啜るようにガンガディアの長い舌を吸った。
ガンガディアは突然のマトリフの行動に慌てた。普段の触れ合いですら、マトリフはそんな積極的なことはしない。むしろ恥じらいを感じるのか、自分から口付けすらしたことがなかった。
「だ、大魔道士、やめたまえ」
酔った勢いですることではない。ガンガディアの理性がマトリフを止めようとする。だがマトリフはそんな言葉さえ奪うように口を重ねた。そして少しでも残った酒を探すように深く口付けてくる。
「オレのさけを、お前が飲んじまうから……だろ」
マトリフは息が切れてきたのか、途切れ途切れに言った。
「その、飲んで悪かった。今度同じ酒を用意しよう。だから落ち着きたまえ」
「オレはいま飲みてぇんだよぉ」
その甘えたような声音にガンガディアの理性にヒビが入った。いつになく積極的で扇情的なマトリフに、ガンガディアは我慢がきかなくなってくる。
「わかった。では今から買ってこよう。それでいいだろう?」
「いいわけねえだろ。なんでクリスマスなのにオレを置いてくんだよ」
「それは酒を入手するためで……」
「どこにも行くな」
言いながらマトリフはガンガディアの身体を押した。それは魔法力を使った腕力の強化で、ガンガディアは簡単に床へと倒れてしまう。
「大魔道士?」
「どこにも行くな。オレとここにいろ」
「わかった。だが……その、大魔道士」
マトリフの手が法衣にかかっていた。腰にある留め具を外している。
「何を?」
「何って、わかるだろ……さっきのでヤりたくなっちまった」
マトリフは妖しく笑うと法衣をはだけさせた。
ガンガディアは経験上、ここまで酔ったマトリフを説得するのは無理だとわかっていた。しかしマトリフはいくら酔っても、こんな絡み方をする人ではなかった。大抵は機嫌が良くなる程度で、こんなふうに性的な誘いはしたことがない。
これもクリスマスというものの効果なのだろうかとガンガディアは訝しむ。普段は恥じらって真っ暗な中でしか交わろうとしないマトリフが、昼間の明るい中で自ら法衣を脱ぎ、ガンガディアに跨っている。ガンガディアの理性はもはや限界だった。
「これからあなたを抱く」
「いいぜ……お前の好きにしろよ」
ガンガディアはその言葉通りマトリフを心の赴くままに愛した。それは実に素晴らしい体験だったが、翌日のマトリフはすっかりそれを忘れていた。ただ身体には交わりの跡が残っていたものだから、ガンガディアは事の経緯を説明するために裸のまま正座をして長々と言葉を紡がねばならなかった。