「キスするから目を瞑ってください」「キスするから目を瞑ってください」
テメノスが普段よりニ割、いや惚れた欲目もあるかもしれないが三割は増した笑顔を見せながらそう言ってきた。
テメノスからそのような積極的な物言いは珍しいな、と思ったのが顔に出ていたのか「たまにはよいでしょ。ね?」と。
素直に目を閉じる。視界は遮断されたがテメノスの気配は感じる。
ふに。
頬に触れられる。唇か、とも思ったがこれは指だ。触れられたかと思ったらそのまま頬を抓られる。柔い力なので痛くはない。
「テメノス?」
「まだ目を開けちゃだめですよ?」
耳元でそっと囁かれる。するり、と顎のあたりに擽ったい感覚。こしょこしょと、まるで猫の顎下を撫でるかのような光景が思い浮かぶ。
なるほど。普段より笑顔だと思ったがこういった悪戯が目的であったか。
「まだ、ですよ?」
素直に言う通り、目を瞑ったままにする。遮られた視界のせいか、常よりもテメノスの声にぴくりと反応してしまう。
ふっ、と耳元に吹きかけられる息。
爪の先が頬に食込む感覚。
これは、遊んでいるな。
「テメノス…」
「だめですよ?」
キスするから、目を瞑ってください。
痺れ切らして名を呼べばすぐにそう返される。
まだですよ~と間延びしたどこか悪戯っぽい柔い甘い声と一緒に、唇を指先と思しき感触がふにふにと触れる。
この悪戯好きの恋人にそろそろ“仕置”が必要だろう。
唇を少し開く。
かり。
そして、唇をつつくテメノスの指先を軽く喰む。
「…っ」
眼の前の人が息を飲むのが分かった。
そのまま、手を捉えて指を口内に招き入れる。
「……ッ、ヒカリ」
くちゅ、りと。細さ的におそらく人差し指であろう。その指を口に含む。含んで、舌先で舐っていく。
態とらしく音を立て、ねっとりとゆっくり。
「…やっ、……どこっ、舐めて……」
「あぁ、目を瞑ったままではよく分からなくてな」
くちゅっ。
テメノスの指を口から解放してやる。
キスするまで瞑っておくというお願いであったから、な。
そう呟けば、唇に柔い感触。
目を開けると、目をずっと閉じていたせいか少し霞がかった視界の先に真っ赤になったテメノスの姿が見えた。
「……ヒカリのばかっ!」
ちょっと悪戯したかっただけじゃないですか、と唇を尖らせてつぶやく恋人に謝罪の意を込めて口づけ贈る。
「しかし、よもやこれだけで終わるとでも?」
散々煽ったツケは払ってもらおうか。
捉えたままの手を引き寄せて、てらてらと自身の唾液で光るその指と指の間を舌先で舐る。
「……煽ったつもりはなかったのですが……。ヒカリって……やらしいというか、もしかしてむっつりさんですか?」
「…心外だな」
もし、そうだとしてもテメノス限定だと思うが?
「いいですよ」
どうぞと笑うテメノスだって、期待に満ちて欲に塗れた瞳をしているくせに。
ただそれは黙っておくことにした。だって、そんなこと言えば隠すことに手慣れた恋人が 二度とこんな姿を見せてくれなくなるかもしれないし、そんなテメノスの瞳を知っているのは自分だけでいいからだ。