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    sangatu_tt5

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    伯猟書きかけ

    #リ占
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     黄昏月が赤く染った雲と並び空に身を現す。日が陰るのが早くなり、夜闇の時間が長くなった。過ごしやすい季節になったなと首元にスカーフを付けながら外を見れば、秋薔薇が強い芳香を放ちながら、風に揺れている。春の薔薇よりも色鮮やかで香りの強い花たちは自己を主張するようにピンと背伸びをしていた。
     後で幾つか、特に美しい花たちを選んで花束にすればイライは喜ぶだろうかと、大きな花束を抱えて頬を弛めてくれるであろう猟師の姿を思い描く。
     彼のことを考えると静けさのせいも相まって、もの寂しく感じる夕暮れの時間ですら楽しくなってくる。
     両の手に収まりきらないほど大きな花束を作って渡せば、最初はあまりの花の量に惚けた顔をして目を見開く。そして、花に顔を埋めて香りを楽しみ、目を細め、緩んだ頬できっと嬉しそうに 「綺麗な花だね」 と笑ってくれる。
     想像上の彼があまりにも愛おしくて、伯爵はすぐにでも花束を作りたくなってしまった。彼が喜ぶ姿がみたい。常に笑っていて欲しい。そばにいて欲しいと臓腑が燃え盛る火のように熱を持った反面で胸が締め付けられるように痛む。

     「入るぞ、伯爵。……って、どうかしたのかね?」

     少し隙間の空いていた扉から執事がガチャガチャと激しい機械が摩擦する音と杖が床を叩く音を遠慮もなく立てながら伯爵の元に紅茶を運んできた。窓の付近で立ったまま胸を押さえ立ち尽くしている伯爵の姿にバルクは首を傾げながら、青白い顔を怪訝そうに歪める。長い付き合い故か容赦のない目線に伯爵も少し目が泳ぐ。

     「アンタが体調を崩すなんてことはありゃせんだろうが、なんか悩み事でもあるんかね?」

     機械になった右手も器用に使って、バルクが紅茶を入れていく。5月6月に収穫されたセカンドフラッシュのダージリンの余りだ。初夏に最盛期を迎えるセカンドフラッシュは紅茶の風味がぐっと増し、口に含むとマスカットのような甘さが伺える。イライも好きだったな漂う香りを鼻から肺に収めながら、椅子へと腰かけ、紅茶を口に含む。

     「別に……悩みではありませんよ。少し胸が痛かっただけです」

     「アンタがかね?何が悪いもんでも食ったのかい?」

     「何も食べていませんよ。………猟師のことを考えていたんです」

     「あぁ、あの人の子かね」

     またその人の子の話かと聞き飽きたようにバルクはひとつため息を漏らす。
     一年前のハロウィン。あの饗宴の日より繋がった人と血族の縁は伯爵に大きな変化をもたらした。魔典を管理することだけを義務とし、娯楽も嗜まず、ただ時間の経過だけを待っていた孤独な化け物はもう居ない。
     目の前に腰かけ、主人より先に茶菓子へと手を伸ばすバルクを見ながら伯爵は自身が決して映らないティーカップの深い紅色を覗き込む。揺れる水面を眺めながら、その波紋を壊すようにティースプーンをちゃぽんと投下する。

     「まぁまぁまぁ、貴方を守った可愛らしい人の子の話かしら?私も伺いたいわ、伯爵?」

     血族が決して映ることのない鏡が古城に点在しているのは彼女のためだ。鏡中の夫人は麗しい顔に深い笑みを携え、鏡越しに話しかけてくる。バルクが鏡をテーブルのそばに運べば、青白い手が鏡の中からにゅっと飛び出して、テーブルの上のクッキーをひとつ掴む。
     肉体を維持する栄養にもエネルギーにもなりえないただの嗜好品を咀嚼し嚥下する。無意味な行為を楽しむ2人の姿に贅沢なものだと伯爵は肩を竦めた。

     「アンタはまた勝手に入ってきてたのかい……」

     「あら、本当に私の入室を拒否するなら鏡を全て撤去してしまえばいいのよ?私から情報が欲しいのでしょう。でしたら、少しの娯楽ぐらい提供してくださってもいいじゃない。それで、可愛らしい人の子がどうしたのかしら?伯爵」

     夫人の好奇が深く滲んだ瞳が伯爵を捉える。鏡の中で紅茶を呑みながら、伯爵の口から言葉が飛び出すまで決して逃がす気はないという表情で微笑む夫人の姿に伯爵はため息をついた。

     「別にどうってことはないんですけど、猟師の事が頭から離れないんです……」

     「あらあら、猟師のことが?」

     「えぇ、何を考えるにしても猟師のことが頭をよぎってくるんです。美味しそうな食べ物を見ても、美しい花を見ても、きっと彼に与えれば喜んでくれるだろうなって思って、彼へプレゼントすることばかり考えてしまう。共にその素晴らしさを共感して欲しい。そばにいて欲しいって思うんです」

     バルクとマリーは目を合わせ、互いの顔を見合う。意味もなく何も入れていない紅茶をティースプーンでぐるぐるとかき混ぜている伯爵はソワソワと所在なさげに赤い目を動かしている。その様子にバルクとマリーは言葉が出てこない。まるで恋をしてるようじゃないかとバルクは青白い顔を更に青くし、あんぐりと口を開いた。マリーは愉快そうに目を輝かせて恋に恋する乙女のような表情で前のめりになる。

     「………ただ、彼のことを考えると動悸が激しくなって、息が乱れるんです。彼が私のそばにいない時、私以外の誰かが彼のそばにいると思うと腹が立つ。吐き気がして、なりふり構わず彼を手元に閉じ込めておきたくなる」

     左手の鋭い爪を翻しながら、伯爵は自分の手を見下ろす。こちらの手であれば簡単に猟師の頭など握り潰せてしまうのだろうと考えると背筋がゾワゾワとした快感と寒気が走る。殺したいなどとは欠片も思っていないが、何となくそんなことを考えてしまう。
     彼に出会う前までは無機質で一定の速度でしか動いていなかった心臓がこの一年けたたましく動いている。
     今だって城下の ───── 伯爵の餌として教会が管理する村で無碍な扱いをされながらも人の良さから良いように使われているであろう猟師を思い浮かべて会いたい気持ちが募っていく。私のところに居れば永遠に守って、哀れな村人たちのように粗暴に扱うことなどしないのにと思うのに彼は断るのだろうと予測できる。それが寂しくも彼らしいなと思う。
     こんな気持ちになるのは長く生きた伯爵の一生の中で初めての事だった。

     「彼を餌として扱いたいわけでも、血を与えて眷属にしたい訳では無いんです。ただ側にいて、笑っていて欲しいって思うんですよ……。これは何なんですかね……」

     呆れ返ったような表情をするバルクとは対象的にマリーは口元を押さえて笑みを隠している。豪奢な服を一切顧みず、胸元に手を当て握りつぶす伯爵を見ながらバルクはため息をついた。

     「………つまり、何の話なんじゃ?」

     「……つまり、私は病気なんですかね?」

     「ッふふ!……ん、んん、失礼……ごめんなさいね」

     伯爵の悩みが何かなどは一度人間という生を経由してきたバルクやマリーなら一瞬で理解出来るものだ。しかし、一度もそういう経験がなく、今後も訪れる予定のなかった伯爵の中ではイコールになることはなく、素っ頓狂な悩みへと昇華されてしまった。思わず吹き出して笑いだしてしまったマリーに対して伯爵が尖った耳を下げて、微々たる悲しみを表現している。それを見て少しの罪悪感が湧いたマリーはわざとらしく咳払いをして、謝罪を伝えた。

     「…………んん〜、まぁ、その、病気ではないじゃろ」

     「動悸、息切れ、火照りとくれば人間は体調不良ととると聞いたんですけど、違うんですか?」

     「まず貴方は人間ではないでしょう?伯爵。仮にそれが病気だとして、お医者様にかかっても治ることはきっとないわ」

     「治らないんですか?」

     「治らないわ。貴方が自分でどうにかするしかないわよ」

     治らない……治らない……と顎に長い指を添えて唸る伯爵を見ながら、マリーは冷たくなった紅茶を啜る。バルクが気まずさからか立ち上がり、お湯を沸かしに席を外す。
     饗宴を通ったバルクは以前のような血統主義が少し緩和されている。以前の彼であれば伯爵がただの人間である猟師と交流していることを良しとは思わない。今も別段是とは思っていないが、伯爵の幸せそうな顔を見れば交友程度であれば良いのではと思っていた。それが自覚はないとはいえそこそこに重たい感情を持ち合わせていると主人から言われてしまえばどうすればいいかは分からないのが本音である。

     「まぁ……、そうね……猟師に相談してみてはどうかしら」

     「猟師に……ですか?」

     「えぇ、そうよ。だって病気になるのは人間だもの。きっと彼の方が詳しいだろうし、知識のない私たちが畑違いなことを無駄に考えるよりもきっといい意見が出てくるわ。三人寄れば文殊の知恵とも言うけれど、いつ出てくるか分からない知恵を待つよりも手っ取り早い方が絶対にいいでしょう」

     新しく沸かした湯で紅茶を入れ直しはじめたバルクは愉快そうに笑うマリーに呆れてしまった。
     実際問題、伯爵の諸症状は恋の病だろう。これは人間がかかる病気だ。動物の繁殖に伴う発情期とは異なり、個体の強さや種の存続のための本能などは関係なく一個人の感情が強く出る。猟師程度の人間などこの世には溢れており、動物としての本能のみなら伯爵の目に留まることなどありえなかった。
     元々、血族は生殖行動をする必要も無い。動物や人間が子を成すのは短い生命を次へと遺す為に必要だからだ。種族としての存続。永遠の命など持ち合わせていないが故に必要となってくる行為である。
     その点から見れば、血族の頂点、純血種。永遠の命をもちあわせた伯爵は子を作り、血を守る必要もなければ、番を必要ともしない。
     伯爵に比べれば劣るバルクやマリーも人間であった頃ならまだしも、異形に落ちてから誰かを熱烈に愛したことはなく、そんな感情は凍てついている。

     「………猟師の迷惑にはならないでしょうか」

     「迷惑だからと嫌う人でもないでしょう……。そんな薄情な方だったかしら?」

     「そんなことはないです!ッない、ですけど……」
     
     歯切れの悪い様子で俯く伯爵をマリーは黙って見つめた。バルクが空になった伯爵のティーカップへと紅茶を注ぐ。
     恋煩いの原因である猟師に相談するのもなんだかおかしな話ではある。伯爵が気恥ずかしさなども併せて、踏ん切りがつかないよく理解出来た。しかしながら、人間のような恋をした伯爵の相談相手に1番適しているのは猟師以外にいない。
     バルクは険しい顔をしながら、目を泳がせている伯爵の様子を横目で伺う。
     短命な人間との恋など報われるはずがない。人間はあっさりと死んでいく。それはまるで雪の日に作った雪だるまが翌日には溶けてしまう。そんな感覚に近い。それほどまでに人間との血族では命に差がある。
     置いていく側、置いていかれる側、どちらが辛いのだろうと考えれば、置いていかれる側だろうとバルクは思う。死してしまえば無に帰る。置いていかれた側は失った幸福を忘れるまで嘆かなければならないのに……。それならば、当人にさっさと相談して振られてしまえばいいのだ。種族の違い、同性同士、もしかしたら知らないだけで猟師には永遠を誓った者がいるかもしれない。全てを理由に拒絶されて手元から遠ざかっていけば、大切な人を亡くすより傷は浅いだろう。

     「……次、猟師が来る予定なのは何時なんじゃ?その時に軽く聞いてみたらいいんじゃないんか?」

     「次……次だと、今日来る予定です。この後、遊びに来て下さるんですよ」

     それまた早い予定だとバルクは目を剥く。マリーが楽しそうに壁にかかった時計を見れば、短針が6を指している。

     「聞いてないんじゃが……」

     「食事は不要という事だったので、伝える必要は無いかと思ったんですけど、必要でしたか?」

     「必要じゃろ……。何時頃くるんじゃ?」

     「さぁ?今日の夜としか約束していなかったので、予定が終われば来るんじゃないんですかね」

     ハロウィンでの夜宴以来、食事を共にしたり、月夜の下でバラを見たり、月見酒を酌み交わしたりと度々二人が交流をしているのは知っていた。しかしながら、これでは猟師はほとんど毎日来ているのではないか……。
     誘ったのは伯爵で、誘いになった猟師はただひたすらに村に居場所がなく、初めての友人の誘いを断る理由がないだけだった。それでも、伯爵のことをよく理解するものであれば、この交友の密接さに深い意味があることはすぐに露見するだろう。

     食事も飲み物も人間用のものなどひとつも用意していなかったバルクは慌てたように立ち上がり、簡単なものでも作るかと言うように食堂へと向かった。
     その背を見ながら、伯爵はなぜそんなに焦るのかが分からないというように首を傾げ、バルクが入れ直した湯気のたつ温かい紅茶を口に含む。

     「なんでそんなに慌ててるんだって顔をしているけど、貴方はこの古城の主なのだから客人が来た時に正しくもてなすことが出来なければ、血族伯爵の名折れでしょう?」
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    kawauso_gtgt

    PROGRESSここからすけべに発展するなんて誰が思っただろうかの探占今日のハンターはどうにもやる気がなかったらしい。
    一人黙々と暗号機を回していれば無線越しに聞こえてきたのはなんとも気の抜けた鼻唄とその向こうできゃっきゃと騒ぐ味方の声。ハンターと馴れ合う気などさらさらないがそれならそれで都合がいいと次から次へと暗号機を解読して脱出を果たしたのが今朝のことだった。朝一番の試合がそんなだったおかげでまだ昼前だというのにどうにも小腹が空いて仕方がない。見つかれば叱言を言われるだろうと思いつつも腹の虫を放って置くこともできない。出来ることならば誰にも会いたくないと思いつつも、ノートンの足は自然と食堂へ向かっていた。
    「イライさんの婚約者さんってどんな人なの?」
    食堂の扉を開けた瞬間聞こえてきた声に、ノートンはぴたりと一瞬足を止めた。それから声のする方へと視線を向けて、再び歩き出す。
    「え、ええと。私の話なんて別段面白くないと思うよ」
    「そんなことないよ! ボクも聞きたいなぁ、あ、話したくなければ無理にとは言わないけど!」
    どうやらノートンの予想は大外れだったようで、食堂には既に幾人かの先客がいたようだった。ノートンと同じように小腹を満たしにきたのか、個別で席に 1465