水兵ナブが人魚のイさんを拾って、家に持ち帰ってしまう傭占
浜辺に打ち上げられて、芋虫のように海に戻ろうとするイを見かけたナブ。美しい白い尾びれに連なる鱗。ズレた金の仮面から覗く美しい水色の瞳に恋をして、小さな人魚を抱えて、ナブは自宅へと連れて帰る。
抵抗する人魚の身体はナブの体温で火傷を負ってしまい赤く染っていた。きゅうきゅうと泣く人魚にナブは困った顔をしながら、風呂に水を貯めて漬けてやる。しかし、海水ではないその水に人魚は不機嫌そうに顔をゆがめて、パシャリと尾びれで水を弾き、ナブにかけてきた。
びっしょりと濡れた自分の服に眉を下げたナブだったが、不機嫌そうに口からピュウっと水を吐き出した人魚の攻撃を受け止めながら、白魚のように美しい彼の手をにぎり、「一目惚れなんだ、ごめんなぁ。一緒にいてくれよ」と声をかける。
人魚は言葉を分かっているのかいないのか分からない顔で、再びナブに水を吐きかけた。
ナブはそれにすら笑って、好きだよと言葉を紡ぎ、人魚に買ってきた魚を与えた。
二日三日とかともに過ごすうちに人魚はナブに少しずつ心を開いてくれる。ナブの手から魚を食べ、ナブが贈るくちづけを受けとめ、舌を絡めた。しかし、淡水で暮らせぬ海の人魚は弱っていく一方で、夜になれば彼は海に向かって、きゅうきゅうと鳴き声をあげる。
ナブが触れた場所すべてが火傷跡のままで、不老不死と呼ばれる人魚とはおもえぬ姿。最初にみた真っ白な美しい人魚の姿はもうそこにはない。どんな姿であろうとナブはイを愛している。
しかし、その姿は彼にとって幸せには見えなかった。自分のエゴにより、これ以上人魚が苦しい思いをするのは間違っているとナブは泣く泣く彼を海に返すことに決めた。
服に包み、直に触れないようにしながら、ナブはイを抱きかかえる。海に尾びれをつけてやれば、彼はナブの手を振り払って海へと飛び込んだ。
あぁ、なんと寂しいこと。ナブの愛は彼に届かなかったのだと楽しそうに泳ぐ人魚の姿にナブは涙を滲ませた。泳ぐ人魚に着いていくように、ナブも腹あたりまで海につかれば、人魚はナブの周りをくるくると泳ぐ。彼の皮膚はまた美しい白に戻っていた。
水面から顔を出した人魚はナブに満面の笑みを向けて、ナブの手を掴んだ。そうして、ばしゃりっと音を立ててナブを水底へと誘う。
こぽこぽの水泡が上へ上へと登り、月明かりが美しくそれを照らす。息が苦しくなるたびに人魚がくちづけで酸素を与えてくれる。この時が永遠に続けばいいのにとナブは目の前にある人魚の顔にふたたび恋をする。はくりはくりと動く人魚の口は気のせいでなければ、「すきだよ」と囁いている。
ナブが地上に上がることは二度となかった。