明け方の君ああ、寝過ごした。
大体、何をしても人並み以上にできた。いや、人並みを越えていた。順位のつくものは大抵1位。
初めてすることも、見本を一度見ればすらすらと出来た。
生憎見た目もよく、大多数から好かれ。常に称賛の中心にいた。
嫉妬などで嫌がらせを受けても、何の巡り合わせか、大抵、相手が自滅するなど自分に都合がいいように物事は運んだ。
そうならなかった場合は、倍返しで黙らせた。
人生、怖いものは無かった。大体は。
が。
いくつか弱いことがあって。
その1つが、朝。
割に短い睡眠でも、体は回復する。おそらく尋常ではない眠りの深さで、体を休めているのだろう。
だが。その反動か、寝起きがすこぶる悪い。エンジンが掛かるまで、30分はかかる。
起きて15分ほどは全く使い物にならない。燃えないゴミも同然。不機嫌な顔でぼーっとして過ごす。
残り15分で段々と人の体をなしてくる。
15分の燃えないゴミタイムを終えて。パジャマ姿のままふらふらと歩いて、食卓に腰かける。
しばらくそのまま固まっていたが。
テレビのリモコンに手を伸ばし、電源を付ける。朝のニュースをぼーっと見る。
今日の天気は晴れらしい。
のろのろと立ち上がって。インスタントコーヒーの粉を無造作にカップに入れ、湯を注ぐ。
適当に作るので、都度濃度が違う。味わうために飲んでいるのではなく、目を覚ますために飲んでいるので、その辺りはあまり気にならない。
ブラックコーヒーを喉から流し込んで、ふう、と一息つく。
時間の経過と共に、だんだんと、いつもの自分になっていく。
ふと時計を見ると。
あと15分で電車に乗らないと、遅刻する時間。
まずい。
電車に乗るなど久しぶりなのに、この失態。
クローゼットを開けてシャツを取る。パジャマを無造作にベッドに投げ捨てて、さっとそれを羽織る。ボタンを留める。
スーツは適当にダークカラーのものを選んで。ネクタイは一番手前にあったものをしゅっと取ると、襟元に巻き付ける。
鏡の前に移動する。さっと顔を洗い、歯を磨く。整髪料をつけ、櫛で髪を撫で付ける。
ここまでで5分。
鞄を手に取る。
充電器からスマートフォンを外して、ポケットに放り込む。
ふと思い出して。昨夜、ピアノの譜面台に置いた楽譜を、さっと鞄に入れる。それは、作曲家がコピーされることを嫌う、大変偏屈な人物で。大変手に入り辛い貴重なものだった。
身支度もそこそこに家を出た。
早足で歩く。小柄な女性が走る程度のスピードが出る。足が長くて良かった、と思う。
赤信号にひっかかる。
スマフォを取り出し、時計を見る。ここでこの時間なら、まあギリギリいけそうな感じで。ふう、と息つく。
スマフォをまたポケットに放り込む。
ふと、ショーウィンドウに映る自分の姿が目に入った。
少し跳ねた髪を、手で撫で付ける。
横にいた女性が、うっとりとこちらを見ているのが写っていた。ウィンドウごしに目が合う。ふっと苦笑すると、その女性は真っ赤になった。
まあ尤も、そんなことには慣れていたけれど。
鞄からサングラスを出して、かける。顔を隠すために。
信号が青になったので、また歩き始める。
駅の改札をスマフォを当てて通ると。しばらく使わないそれを、鞄に放り込んだ。
階段を用心深く、かつ、素早く駆け降りる。
混雑するホームにはまだ目的の電車が到着していなくて。列の後ろにさっと並ぶ。
間に合った、と。また、ふぅ、と息をつく。意識して何度か。静かに、深く息を吸ったり吐いたりする。
鼓動が落ち着いてくる。程なく、平素と変わらないペースになる。
寝覚めが悪いのはいつものことながら。
あの夢を見たから。
目覚めたくなくて。つい、寝過ぎてしまった。
夢の中で。自分は白い狩衣を着ていて、不思議な術を使う。
和風ファンタジーな内容だ。
荒唐無稽だが、それはもう慣れたもの。
その夢の中にとても美しい人が出てくる。
白い白い肌に、長い陰陽の髪。長い睫毛で縁取られた、真っ黒な瞳。その瞳が、じっとこちらを見る。
吸い込まれそうな黒なのに。話の内容に合わせて、きらきらと光が明滅する。
背はとても高く、体もがっしりしている。顔立ちはとても繊細で女性的。でも、明らかに男性。
それなのに、自分はその人物に恋をしていて。
表にはおくびも出さないけれど。
目が合うと心臓が跳ねて。会話をかわすと、心がダンスするのだ。くるくると回る。まるでワルツ。
すると相手の目も、それに合わせてきらきらと光る。
まるで2人でダンスしているようだった。
それがとても奇妙で。
2人とも男性のパートで踊るので、本来は噛み合わないはずなのに。奇跡的にお互いの足も踏まず、何故か動きが噛み合うのだ。
マニアック・ダンス。
いつまでも踊っていたくて。夢から覚めたくなくて。ついつい起きるのが億劫になる。
今朝はそれが特に酷く。お陰で遅刻しかけた。
触れられない遠い人。
心の継ぎ目に忍び込んで、夢の中に紛れ込み。夢のあわいで微笑み、朝の光で消えていく。
夢の中の愛しい人。
ホームに電車が入ってきた瞬間、スマフォが震える。
はっとして、鞄からそれを取り出す。
その時、無造作に入れた楽譜をスマフォにひっかけてしまった。
人混みの中、楽譜が散らばる。
慌てて拾い集める。
手に入りにくいものを、苦心して取り寄せたのに。何をうっかりしたことをしている、と舌打ちする。
電車のドアが開く。
楽譜を手に持ったまま、ドアから、程々に混雑した電車に乗り込む。
ふと気付く。全て拾えたか、確認せずに乗ってしまった。
枚数を数える。1、2、3、4、5、6…1枚足りない。
紙切れ1枚の楽譜など、ゴミとして処分されて落とし物にもならないだろう。
そもそも、雑踏に踏まれて、今頃ぐちゃぐちゃだろうか。
その紙面に載っていた美しいメロディが、頭の中で流れた。
大事な物なのに、自分の扱いがあまりにも雑だった、と自嘲の笑みを浮かべる。
昨夜一度弾いたから、記憶をたどって書き起こしもできるかもしれないなあ、とか。でもそれでは正確さに欠けるかもしれないので、また何とかつてを頼って、入手できないものか、なんて。考えていたところで。
肩を叩かれて後ろを向く。
「これは貴方の物ですか?」
そう言われて。差し出された楽譜が、まず目に入って。
「そうです!」
勢いよくそれを受け取ろうとして。その瞬間、電車が大きく揺れて。目測がずれて、がっつり相手の手を握ってしまった。
「!
失礼しました」
サングラスを取って、非礼を詫びる。
「いえ、揺れますからね」
と少し笑い混じりに言われて。
相手の顔をまじまじと見る。
時が止まった。
一目で分かった。
白い白いとても美しい顔。そして、吸い込まれそうな黒い黒い瞳。
見た目は全く同じではなかったけれど。すぐに分かった。
それは、夢の中の人。
心臓が大きく跳ねた。
「…お名前を、お聞きしても?」
脊髄反射で、名前を聞く。相手は怪訝そうな顔をする。
はっと気付く。無理もない、電車で初対面の相手に突然名前を聞かれたら、自分だって引く。
「あ、いや…楽譜…!
これは、とても貴重なもので。
…拾っていただいたお礼を、是非させてください」
実際に貴重な品で、嘘は言っていない。苦し紛れにしては、それらしいことが言えたか、と相手の顔を見ると。
その人はふっと笑うと。
「別に、たまたま足元に落ちていたものを、拾っただけです。
お気になさらず」
と言うと。
「次で降りますので…あの、手を」
そう言葉を続ける。
そこでやっと、相手の手を握り続けていたことを知る。
「大変失礼しました」
重ねて謝罪しつつ。手を放す。
逃がしてなるものかという気持ちが、つい行動に出たなと。思わず苦笑した。
すると、相手も。くすりと笑う。
その笑みに、相手のガードされていた心の、小さな綻びが見えたような気がして。
「すいません、こちら私の名刺です」
鞄から名刺入れを取り出し、相手に渡す。
「私の気がすみませんので、是非、お礼をさせてください」
じっと相手の目を見ながら、そう乞うと。
相手の頬がさっと赤くなる。
好意寄りの感情を持たれたのを感じた。こんなに、自分の顔が良くて良かった、と思ったことはない。
「そんなに…大事なもので?」
そう問われて。
「そうですね」
笑う。
「とても、綺麗な曲の…大事な部分です」
と。
「綺麗な、曲…」
「ええ、これ、ピアノの楽譜なんです」
言葉を交わして、見つめ合う。
ああ、踊っている。心が。おそらく、互いの心が。
と、相手が何か言おうとしたのに。
電車が次の停車駅のアナウンスする。
嗚呼、時間が足りない。
いっそ、ついて降りたいくらいだったが。生憎今日の用事は絶対に外せないものだった。
降りようとするその人に。
「すいません、良ければそちらの名刺の番号に、連絡を…!」
と、声を掛ける。まるで下手なナンパのような台詞を。
何か言いたげな顔をしながら、電車を降りていくその人を。泣く泣く見送る。
見送りつつも。
予感がしたのだ。
多分、今夜。電話が鳴ると。
***
まだ年上にするか年下にするか。にょたにするか男かふたなりかカントか。
何も決めずに書いていて。
でも、ピアノ弾く最優絶対にエロいな!で書き始めました(笑)
推敲足りていないし、これ面白いのか疑問ながら取りあえずアップしてみました。
書くか書かないかすら迷っているので供養に近いかもしれません。
現パロ、どうとでも出来る故に迷っております(>_<)