「で、何があったんだ?」
祭りを終えて寮に戻り、汗を流してさっぱりしたところを刑部に捕まった。
「んー、聞いても多分信じないと思うぜ」
星の中を列車で走った美しさは伝えたいが、話が突飛すぎる。さすがに言い淀むと、インド体験、と口にしてきた。
あれも三上の夢に入るという不思議な体験だった。そうすると、受け入れる土台は出来ているのかもしれない。
「なぁ刑部、お前逆上がりっていつできた?」
だったら少し懐かしい思い出を、聞いてもらうとしよう。
「…ってことがあってさ」
時間にするとあっという間だった、それでも懐かしくて大切な思い出に触れて、センチメンタルな気分になったのかもしれない。隣に座る刑部の肩に、額を乗せる。そっと髪を撫でてくる感触に、笑みがこぼれた。
「あの公園か、何度か行ったが初めて聞いた話だな」
「忘れてたからな、俺も。なくなってからそう言えばってこと、あるだろ」
桐ケ谷の家の近くにあった公園に、刑部を連れて行ったこともある。今はもうないそこで、トランペットを吹く場所を探しては一時期奏でていた。
「お前があの列車に乗ったら、どこに連れていってもらえたんだろうな」
同じ公園か、ウロボロスか、それとも桐ケ谷の知らないどこかが。見れるなら、隣で見て大切なものを分かち合いたい。
「…たぶん、俺は乗れないな」
「なんだ?いつもの自虐か?」
顔を上げて睨むと、そうじゃないと手を握られた。
「その列車が連れていく先は、もう触れ合えない大切なものなんだろう?俺はずっと、大切なものはこの手にあるからな」
乗る必要がないんだと、笑われた。
「んだよ、それ」
笑う顔に、カチンとくる。
絶対、今までにも泣きながら捨ててきた物はある筈なのに。桐ケ谷がいれば他はいらないと言う姿勢に腹が立つ。
こいつはもっと、多くを望んでいいはずなのに。手からこぼれた幸せを、掴み直したっていい筈だ。
「いつか絶対、その言葉後悔させてやる」
至近距離で睨みつけると、目を丸くした刑部が仕方がないとでも言いたげに優しく笑った。
「楽しみにしているよ」
遠くで汽笛が鳴る音が聞こえた。