桐ケ谷と刑部が三十路を過ぎる頃、とある離島の古民家を安く購入した。もう誰も住んでいないそこは朽ち果てる一歩手前だったが、休みの日に訪れては少しずつ改築をしていき心地の良い住まいとなった。
そしてある日、それまで積み重ねてきた全てを捨てて、二人でやってきた。
ここから一緒に、新しい暮らしを始めるために。
「斉士ー、先行ってるぞー」
サンダルを引っ掛け、桐ケ谷はサーフボードを片手に坂を下る。
家の前の坂の下には、蒼い海が煌めいている。雲もなく風が吹いている。
こんな日は良い波が立つ。
砂浜には時折訪れる観光客の他には、犬を散歩させている影しか見当たらない。プライベートビーチさながらの様相に、桐ケ谷の頬が緩む。
さっそく柔軟体操をして、裸足になり海に飛び込む。暖かい日差しに比べて、冷たい海水が気持ちいい。
何度か波に乗っていると、砂浜に腰を下ろしている刑部に気がついた。
来たのなら声をかければいいのに。幾度も言ってきたが、刑部は波に乗る桐ケ谷をいつも眺めるだけだ。
「腹減った!昼飯はなに」
ボードを担いで砂浜を歩くと、先にタオルが飛んでくる。砂浜に敷いたシートを濡らすなとのことらしい。
雑に吹いてシートに腰掛けると、やれやれと首を振られた。それでも期待に腹を鳴らす桐ケ谷に向けて、大きなタッパーを開ける。中には大きなおにぎりと、桐ケ谷が好きなおかずが数種類敷き詰められている。
「うまそ!いただきます」
二人で昼飯を済ませると、腹休めにシートの上で横になる。視界いっぱいに広がる海は、陽光がきらきらと踊っている。
それを見たらゆっくりしてるのが勿体なくて、砂浜へと駆け出す。今度は刑部の手も取って。
「おい晃」
「いーじゃねぇかよ、たまには!それにそんな黒い服着てたら、分からねぇって」
渋る刑部の手を引いて波打ち際に来ると、えいやっと水をかける。避けようとしが砂浜に足を取られ、見事に頭からぶっかかった。
「…晃」
「ふはっ、少しは涼しくなっただろ!」
「全くお前は幾つになっても変わらない、な!」
足を蹴り上げて水飛沫が桐ケ谷を襲う。
「うわ、やったな!」
「先にやり出したのはお前だろう」
そうやってお互いに水を掛け合い、日が赤く染まる頃には体が冷えていた。
「いい加減帰るぞ」
「おー」
刑部は片手にシートや昼食一式を、桐ケ谷はサーフボードを片手で担ぎながら坂道を上る。冷えた体では、お互いに握った手だけが暖かかった。
坂道を登り家に入る前、振り返ると夕日が海に沈むところだっだ。それを見つめていると、晃と優しく名前を呼ばれた。
「風邪をひく、早く入れ」
「おぅ」
懐かしい顔が頭に浮かぶが、振り払って刑部の待つ家に入る。
今はここが、二人が帰る場所だ。