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    ori1106bmb

    @ori1106bmb
    バディミ/モクチェズ

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    ori1106bmb

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    ワンライ(つくりばなし) 美しい女性がさめざめと泣いていた。
    「取り乱してしまってごめんなさい。今日初めて会ったばかりの方に、こんな見苦しいところをお見せしてしまって……」
    「ああ、泣かないでください。よろしければ、僕に貴女の悩みをお聞かせくださいませんか? まだ若輩者ですが、この辺りでは少々顔が利きますし、何かお力になれるかもしれません。もしお力になれずとも、話すだけで心が軽くなるかもしれませんよ」
     向かいに座る男に勧められるまま、彼女はワインで喉を潤す。そしてたおやかに微笑んだ。
    「優しいんですね。では……つまらない話ですが、聞いていただけますか?」
     男は「もちろん」と爽やかな笑顔で頷く。
    「……実は、私の悩みというのは、夫のことなんです。私の夫はショーマンで、小さなヒーローショーでスーツアクターをしているんですが、彼、昼間からお酒を飲むし、気に入った女性にはかたっぱしから声をかけるし、稼いだお金はあちこちでバラまいてしまうし……もう私、どうしてあんな最低な男と一緒になってしまったのか……」
     話しているうち、また彼女のアメシストの瞳からほろほろと涙が零れ落ちる。膝にかけたナプキンでそっと目元を拭う仕草が、憐憫の情を誘う。
     か弱い美女が傷ついている姿に、男は怒りを露わにした。
    「貴女のような美しい妻がいるというのに、とんでもない男だ。どうにか逃げられはしないのですか?」
    「私、定職に就いていませんし……それに彼、鍛えているからとても腕っ節が強いんです。ああ、私、もう耐えられない……」
     暴力の気配をちらつかされ、男はさらに憤慨する。そこでみっともなく声を荒げることがないのは、育ちの良さゆえだろうか。
    「今日お会いしたのも何かのご縁です。きっと僕がどうにかして差し上げます。でもまずは、貴女の涙を止めて差し上げたい。どうぞ食事を召し上がってください。このレストランは僕の知人が経営しているんですが、特にパスタが絶品なんです」
    「ありがとうございます……私のような見ず知らずの女に優しくしていただいて」
    「とんでもない。市民の幸福のため尽力するのが、僕の仕事であり使命ですから」
    「あなたのような素晴らしい方がこの国の政治家だなんて、とても安心します」
     笑みを取り戻した女性は、見計らったかのようにウェイターが運んできたパスタを口にして、「美味しい」とまた微笑んだ。
     一日の公務を終えた男は、自身の事務所近くの大通りで、憔悴しきった一人の女性と出会った。ただならぬ事態を察した男は、すぐさま女性に声をかけた。名刺を渡して自身の身分を明かし、話を聞かせてほしいと迫った。当然のことながら、彼女は困惑した。けれど男の熱心さと誠実さに、警戒心は次第に薄れ、やがて「食事だけでも」という誘いを承諾した。そして二人連れ立って、予約必須の人気店であるこのレストランを訪れたのだった。
     女性の悩みはごく個人的なものだったが、最悪の場合、事件に発展する可能性もある。他者が介入しづらい夫婦間の暴力によって、弱者である女性が命を落としたケースはいくつもあった。
     政治家の家に生まれた男は、弱者への正義感を心に持っていた。けれど彼女に向ける感情の中に、正義感だけではない感情も混じってくる。それほどまでに、彼女の美貌は際立っていた。

    「……今日はありがとうございました。つまらない話を聞いていただいた上に、夕食まで御馳走になってしまって。本当に、何と御礼を言って良いか」
     連れ立ってレストランを出たところで、女性は深々と頭を下げた。
    「お気になさらず。もう夜も遅いですし、車でお送りします……と言いたいところなのですが、このまま貴女をご主人のところへ帰して良いものか」
    「……きっと、私の帰りが遅いことに居ても立ってもいられなくなっている頃だと思います」
     紫の瞳がまた憂いを帯びる。
     憔悴した彼女の顔に、ほとんど化粧の色はない。だというのに、伏せた目に落ちる睫毛は色濃い影を落としていた。
    「僕は自宅の他に、仕事のためにいくつか部屋を持っているんですが、そのうちの一つをしばらく貴女にお貸ししたい。もちろん家賃などはいただきません」
    「えっ……いえ、さすがにそこまでお世話になるわけには」
    「市民を守ることも僕の仕事ですから。さあ、ご案内しますよ。車に乗ってください」
     レストラン前の駐車場で、男は高級車の助手席のドアを開く。
     背を押されて促されるまま、女性が車に乗せられる直前。
    「ちょいと失礼するよ~」
     男は地面に倒れ伏した。
     突然の出来事に、女性は驚く……はずもなく。
    「あァ、お見事です、モクマさん」
     先程までの清楚な雰囲気はなりを潜め、彼女……もといチェズレイは、ニタリと笑った。
    「お前さんもね。奴さん、すっかり騙されちまって」
     チェズレイの本日のターゲットは、今まさに地面で昏倒している、もといモクマが一撃で気絶させた政治家の男。男の懐を探ったチェズレイは、抜き取ったタブレット端末を手早く操作した。
     タブレットを元に戻し、気絶したままの男を運転席に放り込んで、現場工作は終了だ。三日月と星々だけが照らす夜に紛れるように、拠点への帰路に着いた。
    「しかしおじさん、いくら下衆ちゅうても、ちょっと散々な言われようだったねえ」
    「おや、聞いていらしたのですか?」
     チェズレイの作戦中、モクマは万が一レストランの中で何か起こった場合に備えて、天井裏に潜んでいた。
    「別にあなたの話だとは言っていませんよ。あくまでも『彼女の夫の話』ですから」
    「でもどう考えてもおじさんの過去の所業から思いついた話でしょ」
    「フフ。嘘をつく時には多少の真実を混ぜた方が、真実味が増すんですよ」
    「ははあ、なるほど。一流の詐欺師のテクニックってわけかい」
     けれど今は、昼間から酒浸りにはならないし、安易に女性にも声は掛けない。稼いだ金をバラまくのは、チェズレイが黒い金の使い道に困っていたからだ。
     けれど、かつては。今、モクマの隣を歩いている金髪の彼女と出会った頃の自分は、そんな碌でもない男だった。
    「……そういや、初めて出会った時も、お前さんは嘘ついてたねえ」
    「あァ……機長とCAのロマンスですね。素敵な作り話だったでしょう?」
    「そうだねえ、まんまと騙されちまった」
     先程昏睡させた哀れな男のように。
     シニヨンにまとめた金髪、紫の瞳。それがチェズレイの母の姿だと知ったのは、彼の母国でのことだった。
     初めて会った時、彼女はCAだった。空の上で出会った、空飛ぶ城のお姫さま。今日は、DVを振るう夫に怯える可哀想な妻の姿。下がり気味の眉と目尻が、たまらない色気を引き立てている。
     ――前に、好きな人にだまされて……死ぬほどつらい思いをしたんです。
     今、思い返してみれば。彼女の話にも、チェズレイ自身の真実が織り込まれていた。
     気を許した男に裏切られ、心にも顔にも深い傷を負っていた。
     その傷と濁りを原動力として、チェズレイの魂は鮮烈に輝いていた。その強さに、潔さに、美しさに、モクマはいつの間にか心惹かれていた。
    「どうかしましたか?」
     隣を歩く彼女が、可愛らしく首を傾げる。思い出を蘇らせているうち、柄にもなく黙ってしまったようだった。
    「いやねえ、久しぶりにお姫さまに会ったせいかねえ……ここは下衆なりに期待に応えとくべきかなって思っちまってね。お嬢さん、今晩いかがでしょう?」
     最低の口説き文句は、初めて出会ったあの日と同じ。もちろんその答えはわかりきっている。
    「ご冗談は顔だけにしてくださらないと」
    「相変わらずブッスリいくねえ。今回はいけると思ったんだけども」
    「フフフッ」
     返事を寄越す彼女の顔は、あの日と違って楽しげに笑っていた。
     その笑顔を見つめているうち、突然、幻のように彼女の姿が消える。代わりに現れたのは、目元に鮮やかな傷を負ったモクマの相棒だった。
    「あいにくお嬢さんはお付き合いできませんが、相棒との晩酌はいかがです? 先程飲まされたワインの口直しがしたいので」
     一瞬のうちに変装を解いたチェズレイは、不敵な笑みを浮かべていた。
    「おっ……いいねいいね、大歓迎だよ~!」
     作戦がうまくいったお陰か、チェズレイはいつにも増して機嫌がよさそうだった。きっと楽しい夜になるだろう。
     ――でもね、おじさんにとってこの船一番の出会いはまさに今! 訪れています!
     あの日、彼女に言ったことは、モクマにとっては作り話のつもりはなかった。全ては真実。けれど全ては軽口。その場限りの誘い文句だったはずなのに、まさか本当に、忍者との火遊びに付き合ってくれる相手と出会えるなんて。
    「……ま、『嘘から出た真』なんちゅう言葉もあるしねえ」

     もしも口にした嘘が真実になるならば、「酒浸りで女癖も悪くて最低だった男だけども、ほんとに夫にするつもりはない?」なんて、三日月見上げながら言ってみようか。
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