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    ori1106bmb

    @ori1106bmb
    バディミ/モクチェズ

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    ori1106bmb

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    ワンライ(催眠) チェズレイはなみなみと酒の注がれたグラスを愉快そうに傾けた。
    「おや、そんな話は初めて聞きましたよ。まさか催眠を得意とする詐欺師の相棒もまた、催眠を使えたとは」
     愉しい夜だった。チェズレイの催眠を軸とした潜入作戦が奏功し、見事、標的の拠点の制圧に成功した。セーフハウスに戻って汗と返り血をさっぱり流し、ふたりで晩酌を始めた。モクマが手に入れたこの国で評判の酒は口当たりがよく、いつも以上にペースも早かった。
     雑談と睦言、時々モクマの口から飛び出す格言。他愛のない話の合間に突然、モクマが言い出したのだ。
    「実は俺も催眠術が使えちゃったりするんだよね」

     せっかくですから私にかけていただきましょうか、と乗せられたモクマが懐から取り出したるは、一枚の硬貨だった。
    「ミカグラのコイン……ですか」
     金色の硬貨の真ん中には丸い穴が空いている。実は世界的に見ると珍しい形をしているのだと、モクマはミカグラを出て初めて知った。
     モクマの手のひらの上の一枚をじっと見つめたチェズレイは、重々しく口を開く。
    「モクマさん、あなた……いつからポケットにこのコインを? まさかミカグラを発ってからずっとですか?」
     クリスマスをミカグラで過ごしたふたりは、世界征服を再開すべく、再びミカグラの地を発った。それから既に一月以上の時間が経っている。
    「んっ!? いやいや、今はそういう話じゃなくてね~、俺が催眠術を使うには、こいつが必要なんだよね~」
     今にもドレミを唱えそうな相棒の視線をのらりくらりと交わしながら、モクマはいそいそと硬貨の穴に一本の糸を通した。
    「これがあなたにとっての催眠のトリガーというわけですか」
    「そうそう、ドレミさんにとってのドレミみたいなやつ」
    「ではあなたは五円玉さんですか?」
    「五円は縁起がいいんだよ~、ご縁がありますようにってね……っと、いっちょあがり」
     モクマはソファーに腰掛けるチェズレイの目の前に立ち、糸の先にぶら下げたコインを掲げて見せた。
    「いいかい? こいつから目を離さんようにね、つぶさにひたむきに見つめててね」
    「あァ、なるほど。凝視法ですね」
     その道のプロであるチェズレイはこの先の展開を読めたようだが、どうやら律儀に付き合ってくれるつもりのようだった。すっかり酒が回って頬を赤らめている彼は、いつもより警戒心が薄い。
    「そんじゃ、いくよ」
     コインがゆっくりと左右に揺れ始める。振り子の動きがだんだんと大きくなっていくにつれ、チェズレイの瞳の動きも忙しなくなる。
     チェズレイがコインの動きに囚われたタイミングを見計らって、モクマは唱えた。
    「お前はだんだん眠くなる……」
     ふたつのアメシストが、一つの金色を追いかけている。ゆらゆら、ふらふら、行ったり来たり。
    「眠くなる……」
     まんまるなアメシストが、少しずつ欠けていく。長い睫毛で縁取られた瞼が、とろりと伏せられていく。すっと伸びた背筋が、くたりと弛緩していく。
     やがて薄い唇から、すうすうと安らかな寝息が零れ始めた。
    「え……あ、ありゃっ……?」
     眠るチェズレイを目の前に驚いているのはモクマ自身だった。
    「チ、チェズレ~イ……? うっ、うそ……ほんとに寝ちまった……?」
     当然、モクマは催眠のプロでも何でもない。「催眠を使える」などと大口を叩いたが、今まで成功したためしもない。様々なエンターテインメントが上陸し始めたばかりのミカグラ島で流行った、子どもの遊びのような催眠術を、酒の席でたまたま思い出しただけだった。
     以前どこかの酒場で見知らぬ女の子相手に飲んでいた時、戯れに試してみた時には失敗に終わって笑われただけだったが、まさか成功してしまうとは。
     ……いや、こいつのことだから、俺をからかうために眠ったフリしてくれてる可能性だってあるよな?
     確かめるように、目の前で手のひらを振ってみたり、喉元をじっと観察してみる。
     高いところからヒュンッと手刀を振り下ろす。肌に触れるか触れないか、紙一重のところで寸止めしたが、チェズレイはぴくりとも動かなかった。
    「チェズレイ……?」
     名前を呼んでも、その目は開かない。
     ソファーに体を預けて無防備に眠るチェズレイを改めてまじまじと見つめる。さらりと頬にかかる金糸の髪。通った鼻梁に、濃い影を落とす睫毛。アルコールに浮かされ上気した桃色の肌と、薄く開いた唇からかすかに漏れる吐息が、かろうじてこの美しいモノが生きていることを教えてくれる。
    「……っ!」
     モクマは咄嗟にぱちんと指で音を鳴らした。
    「ん……」
     音とともに、チェズレイは目を覚ました。
    「おっ、おはよ、チェズレイ」
    「……? 朝、ではないようですね……私、眠っていましたか?」
    「ど、どっかおかしいとこない? 気持ち悪いとかない?」
    「え? ええ、特には」
    「そ、そっか」
     狼狽えているモクマに首を傾げたチェズレイに、モクマの催眠術が成功したことを話した。
    「それで、成功したことに驚いて、慌てて起こしたと?」
    「う、うん」
     そもそも催眠を解く手段すら知らなかった。普段チェズレイがしていることを真似しただけだ。……もしあのままチェズレイが、目を覚まさなかったら。考えただけでゾッとする。
    「催眠のプロが催眠にかかるなんて思わないじゃない」
     まるで八つ当たりのような言い草だ。
    「おや、失敗を前提で私に催眠を?」
    「そりゃまあ……」
     正直なところ、完全に酒の席のノリではあった。成功や失敗よりも愉しいかどうかが重要で。あの時の女の子のようにチェズレイも笑ってくれるかと思って。
    「それで?」
    「ん?」
    「無防備に眠る私を目の前にして、何もなさらなかったのですか?」
    「へ? う、うん、そうね」
    「おやおや……下衆のくせにとんだ甲斐性なしですねェ。催眠を使えば何でもできたのですよ? 眠り続ける私に無体を強いることも、私に淫らな奉仕をさせることも、私が普段なら拒絶してしまうような卑猥な行為も……。あなたが欲望のままに行動したくなるような催眠、かけて差し上げましょうか?」
    「そっ、そういうつもりで催眠かけたんじゃないからね!? おじさん、合意のないセックスなんて御免なんだからっ……!」
    「フフ。まァ、そういうあなただから成功したのでしょうね」
    「へっ……?」
     戸惑うモクマに、チェズレイはふわりと笑った。
    「私は自己催眠で、催眠状態に慣れているということもありますが……催眠において重要なのは、術者の腕ではなく、かける相手の心なのです。ここで必要だったのは、私からあなたへの信頼なのですよ」
    「へえ……えっ、でも、敵さんたちは別にお前のこと、信用なんてしちゃいないよね?」
     今日、催眠をかけた敵だって、奇襲をかけてきたモクマたちに酷く動揺していた。敢えて信頼を得るために接近するような場合と違って、大抵の作戦が今日のような奇襲だ。凡そ信頼などとは程遠い。
    「もちろんです。私の場合は、相手の興奮状態を利用して催眠をかけることの方が多いですね。ボスに退行催眠を施した時には、ボスから私への信頼を必要としていました」
    「ああ、なるほど……」
     つまりチェズレイが無防備に催眠にかけられたのは、モクマを信頼しているからだ、と。心も身体も預けても、不躾な真似をしないと知っているからだ、と。
    「……なるほどね……?」
    「フフッ」
     ああ、こんな花開くように笑っている愛しい相棒に、今夜はめちゃくちゃに抱かせてくれだなんて言えるはずもない。
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    recommended works

    💤💤💤

    INFO『KickingHorse Endroll(キッキングホース・エンドロール)』(文庫/36P/¥200-)
    12/30発行予定のモクチェズ小説新刊(コピー誌)です。ヴ愛前の時間軸の話。
    モクチェズの当て馬になるモブ視点のお話…? 割と「こんなエピソードもあったら良いな…」的な話なので何でも許せる人向けです。
    話の雰囲気がわかるところまで…と思ったら短い話なのでサンプル半分になりました…↓
    KickingHorse Endroll(キッキングホース・エンドロール)◇◇◇
     深呼吸一つ、吸って吐いて——私は改めてドアに向き直った。張り紙には『ニンジャジャンショー控え室』と書かれている。カバンに台本が入ってるか5回は確認したし、挨拶の練習は10回以上した。
    (…………落ち着け)
    また深呼吸をする。それでも緊張は全く解けない——仕方がないことではあるけれど。
     平凡な会社員生活に嫌気が差していた時期に誘われて飛び込んだこの世界は、まさに非日常の連続だった。現場は多岐に渡ったし、トラブルだってザラ。それでもこの仕事を続けてこられたのは、会社員生活では味わえないようなとびきりの刺激があったからだ——例えば、憧れの人に会える、とか。
    (…………ニンジャジャン……)
    毎日会社と家を往復していた時期にハマってたニンジャジャンに、まさかこんな形で出会う機会が得られるとは思ってもみなかった。例えひと時の話だとしても、足繁く通ったニンジャジャンショーの舞台に関わることができるのなら、と二つ返事で引き受けた。たとえ公私混同と言われようと、このたった一度のチャンスを必ずモノにして、絶対に絶対にニンジャジャンと繋がりを作って——
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