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    ori1106bmb

    @ori1106bmb
    バディミ/モクチェズ

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    ori1106bmb

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    愛する彼を殺害する51の方法 静まり返った部屋では、吐息ひとつすらもはっきりと耳に届く。チェズレイは己のため息の残響に、我知らず肩を落とした。
     こんなに静かな夜は久し振りだ。いつもは四六時中隣にいる男が、今日は一日中仕事で不在だった。よくしゃべる男ではあるが、かつては忍びを生業としていた為か、はたまたその名故か、殊の外寡黙だと感じることもある。けれど息遣いすらも聞こえない時間は、同道の約束を交わして以来稀なことだった。
     チェズレイは操作していたタブレットをテーブルに置いた。
     時刻は零時。モクマが知人に頼まれたというショーマンの仕事に出かけて、とうに半日以上が経過していた。何度か彼のタブレットにメールを送っているが、返事はない。ずぼらではあるが、こと自分との連絡においては無精する男ではないはずだった。念のためタブレットのGPSも確認してみたが、地図上のどこにもその存在が見当たらなかった。単に充電が切れているのか、あるいは何らかの事故や事件にでも巻き込まれたのか。
     簡単に死んでしまうような、やわな男ではない。二十年間死に場所を求めて彷徨い続けたくせにとうとう死ねなかった、悪運の強い男だ。挙げ句、長い旅の果てに自分のような男と出会い、生涯守り手として生き抜くことになった。
     とあればタブレットに問題が起こった可能性が最も高い。だとしても、いつまで経っても帰って来ないのは何故なのか。ここ数日、今日と同じように仕事に出かけていたが、遅くとも日付を跨ぐ前には帰宅していたはずだ。
     あらゆる可能性を脳内に浮かべれば浮かべるほど、息が詰まっていく。不毛な時間だ。結局のところ、迎えに出るか、彼の居場所を調べるより他に、この焦燥を宥める手立てはない。
     チェズレイはもう一度タブレットを手に取った。とある男に仕事の依頼を送る。多額の報酬を振り込むと、相手からはすぐに返事が寄越された。
     チェズレイ自身も裏の情報には精通しているが、本格的なハッキングは専門外だ。ミカグラ島にいる彼のような世界レベルの腕は持たない。けれど世界的なハッカーたちと交渉する材料であれば、いくらでも持っている。今回はその一人の手を借り、今拠点にしている街中の監視カメラの画像をパソコンに転送させた。
     まずはモクマが出演していたショー会場周辺の映像を表示する。映っているのは会場に出入りする観客たち。メインエントランスから関係者口側の映像に切り替えれば、さすがに人の出入りはまばらだった。
     ショーが終了して二時間後の、二十時頃。関係者口からぞろぞろとショーの演者やスタッフらしき人々が姿を現した。その中に、見慣れた山吹色の羽織を着た男はいない。しばし確認を続けていると、ようやくその一時間後、モクマが関係者口から現れた。愛らしい顔立ちの女性と連れ立って。
     二人を追って監視カメラの映像を切り替えていく。街頭には至るところに無数の監視カメラが仕掛けられている。一度見つけてしまえば、その足取りを追うのは容易なことだ。
     モクマと女は賑やかな繁華街を歩き、一軒のバルへと入っていった。
     バルの監視カメラの映像について問い合わせてみたが、生憎ネットワーク外とのことで、中の様子を窺うことはできなかった。仕方なく、バルの入り口が映っているカメラの映像を調べる。
     二十三時頃。こじんまりとしたバルの入り口から、ぞろぞろと団体客が出てきた。彼らには見覚えがある。モクマが今回参加していたショーの演者やスタッフたちだ。モクマも一緒に店から出てくる。
     今日はショーの千秋楽だと聞いていた。つまりこのバルが打ち上げ会場だったのだろう。酒と仕事の成功に酔っている彼らは、店の前の路地でしばしたむろした後、二軒目の会場へと向かうようだった。
     モクマは大勢の会話の輪には入らず、また同じ女性と二人で話し込んでいた。酒好きで人好きの彼は、二次会に参加するのかと思いきや、どうやらその誘いを断ったようだ。再び先程の女性を伴い、他のメンバーたちとは別方向へと歩いて行った。
     また彼らの後を追うようにカメラを切り替えていく。
     どこへ行くつもりなのか、彼らは繁華街の大通りから狭い裏路地へと入っていった。店の裏口が並ぶ路地にはほとんどカメラが設置されていない。モクマの行く先を予測して画像を切り替えるが、何故か彼らは人目を避けるような道ばかりを選んで移動しているようだった。
     ルートを先導しているのは、当然、裏社会で生きているモクマだ。女性はモクマの後を不安げな足取りでついていく。あまり鮮明には見えないが、モクマの表情もどこか緊張感に満ちていた。
     さすがは優秀な忍びだ。うまく人間とカメラの目をかいくぐって移動している。相棒の思考を読みつつ街の地図と重ねて目的地を推測するが、足取りを追うのは一苦労だった。
     いくつもの映像を虱潰しに探した末、次にモクマたちを見つけたのは、今から一時間ほど前の映像。この街の中心部にある大きなターミナル駅。その長距離列車が停車するホームに、二人の姿があった。
     女性はいつの間にか大きな荷物を抱えている。対するモクマは手ぶらだ。当然だろう、彼の荷は財布とタブレット以外、全てこのセーフハウスにある。
     彼の手のひらが彼女の頭に触れた。顔が近づく。まるで恋人たちが口づけを交わしているようだった。
     …………逃げるのか?
     一目を避け、何かから逃げるような動き。もしや、チェズレイの元から逃れようとでも言うのか。
     指切りしたとはいえ、同道など所詮は口約束だ。
     ――私はあなた以外の人間を殺さない。それが、私とあなたの約束です。その約束が実行されているかどうか、あなたが確認するためには、私のそばにいなければ――
     詭弁だ。モクマがふたりの関係の核となっていた約束に興味を失ってしまえば、彼がチェズレイに同道する義理などない。『守り手』など、チェズレイのそばでなくとも、どこでだって出来る。二十年間放浪している間、彼が行く先々で体を張って人々を守ってきたように。
    「フ……フフッ……黙って約束を破るなど、さすがは下衆の行いだ……」
     指切りをして今生を誓っても、杯を交わして来世へつながる約束を結んでも、どうしようもない別れは訪れる。
     突然事故に巻き込まれたら。予期せぬ身体の不調で呼吸を止めてしまったら。……思いがけない出会いによって、心が変わってしまったら。
     人の心は移ろいゆく。かつて己が、焦がれてやまなかったファントムへの執着を手放し、火遊びの末にモクマに心を預けたように。
     けれど、あんまりだ。
     ――もし私たちの間に、どうしようもない別れの時が来たら、もう一度その話をしてください。
     あの約束によって、チェズレイは今生を笑って終えられるはずだった。彼がそばにいない日々が、どれほど空虚になろうとも。
    「私を侮ったこと、後悔させて差し上げますよ、モクマさん」
     下衆の行いを看過することはできない。必ず探し出し、掴まえ、約束通りこの手で殺してみせる。
     あァ、胸が高鳴る。さあ、どうやって殺害しようか。
     例えば、不意打ち。けれどきっとモクマには通用しない。返り討ちにされてしまうのが落ちだろう。
     それから、刺殺。自慢の仕込み杖で、モクマの喉元を一突き。けれどかの怪盗ですら一撃も入れられない忍びを相手に、チェズレイが真っ向から立ち向かうのは分が悪すぎた。
     あるいは、銃殺。これならモクマを一発で仕留められる可能性はある。入手自体は造作もないが、今から銃を手配しなければならないのは多少面倒だ。
     ならば、毒殺。チェズレイの最も得意な殺害方法だ。己の手を汚さず、相手を藻掻き苦しめながら死に至らしめる。相手の体内に注ぎ込むため、食事などを狙って仕込まなければならないのは些か骨が折れるか。
     縊殺、絞殺、焼殺、撲殺、轢殺、爆殺……あらゆる殺害方法を脳内でシミュレートする。
     火遊びのつもりで灯した炎は、今やチェズレイの体内で激しく燃え盛っていた。燃え滾る情念の炎で、モクマ・エンドウという男の存在を抹殺する。
     いずれの手段でも、とどめは自らの手で。それが相棒として二年の時を過ごしてきた相手への敬意だろう。
     相棒に害され事切れる直前、モクマは、か細い息の合間に囁く。
     ――今生の別れだ、チェズレイ……。
    「…………あァ……」
     殺せるはずがない。
     彼の死の瞬間など、見たいはずもない。死の瞬間、目の前にいる相棒に向かって、彼は悲しむのか、怒るのか、それとも笑うのか。知りたいはずもない。
    「私は…………」
     いつかは訪れる、どうしようもない別れ。その時を自分は、愚かにも、不様にも、惨めにも、少しでも先の未来へと引き延ばそうとしている。
     彼が駅にいたのは、約一時間前。今から追いかければ間に合うだろうか。
     そばに立てかけていた杖も持たず、立ち上がって部屋を出ようとしたその時だった。
    「ただいま~」
     玄関の方から響く、暢気な男の声。ぺたぺたとフローリングの床を歩く足音が、次第にこちらに近づいてくる。
     真っ暗だった室内がぱっと明るくなる。突然の眩しさに、チェズレイは思わず目を細めた。ゆっくりと目を開くと、ノックもせず無遠慮にドアを開けて部屋に入ってきた男が、照明のスイッチに手を伸ばしていた。
    「どったのチェズレイ、幽霊でも見たような顔しちゃって」
     室内で立ち尽くしていたチェズレイのそばに、愛しい男が佇んでいた。
    「こんな暗い部屋に居ったら、目ぇ悪くするよ。お前さん、また碌に休憩も取らずパソコン仕事しとったんだろ。ただでさえ最近、夜中まで相手さんの出方窺っててて寝不足だっちゅうのに。夕飯はちゃんと食ったかい?」
    「……いえ、忘れていました」
     自由業ではあるが、規則正しいペースを守れる時には必ず同じ時間に食事を摂っている。けれど近頃は目を付けている裏組織の動向調査に加え、相棒の帰宅時間が遅いこともあって、疎かになりがちだった。今日に至っては、支度まで含めて食事のことなどすっかり忘れ、帰らない相棒のことで頭がいっぱいだった。
    「ありゃ、そうなの? そんじゃ今から簡単に何か作って食べようか。俺もショーの打ち上げで飲んじゃ来たんだが、あれこれやってるうちに腹減っちまって」
     彼の片手が、スーパーのショッピングバッグを掲げてみせた。このセーフハウス近くにある店のものだ。駅を出た後、彼はスーパーに寄って帰ってきたらしい。
    「夜も遅いし、スープにしようね。この国はお前さんの故郷に近いから、ルタバガも売ってたよ」
     賑やかな男が、いつもの穏やかな低い声でしゃべっている。いつもと変わらない、優しい笑顔で。
     ……相棒を疑ってしまった。
     他人を疑ってばかりの人生だった。息子への憎しみを募らせていく母を警戒し、母を疎みながらも息子を利用する父を憎んだ。自身の組織を作り上げてからも、信頼に足る部下はいなかった。初めて己の横に並び立てる人間だと感じたファントムには、手酷い裏切りを受けた。あの忌まわしい誕生日を経てからは、周囲は敵だらけ。誰の助けも借りず、己の力で全てをこなす、孤独な人生。
     それが、今や。人を疑ってしまったことが、これほどまで辛いとは。
     相棒から裏切りを疑われていたとは露ほども知らないモクマは、キッチンに立って夜食のスープを手早く調理していた。チェズレイは煮え立つ鍋の下でゆらゆらと揺れる炎を、そのすぐそばで見つめていた。
    「……今日は、お帰りが遅かったですね」
    「あ、もしかして連絡もらってた? いやあ、すまんすまん。タブレット、ショーのリハ中にうっかり故障しちまってさ。明日修理に出さんと」
     モクマの懐から出てきたタブレットは、画面に蜘蛛の巣が張ったように、見事に故障していた。よくもまあここまでズタズタのボロボロにできたものだ。
    「代替機を用意できれば、データ自体はすぐに復元できるかと」
    「あ、ホント? そりゃあよかった。今日はショーの千秋楽だったんだけどね、劇団の女の子がタチの悪い奴らに目ぇつけられてて、千秋楽が終わったらこっそりこの街を発ちたいって相談されてね。そんで、駅まで無事に送り届けるためにあれこれやってたら遅くなっちまった」
    「そうでしたか。……何故あなたに?」
    「今も昔も、いろんな街を渡り歩いてるって話したことがあったからさ。女性一人でも暮らしていける、なるべく治安のいい街を教えてくれって。こないだ俺たちがマフィアを潰した街を紹介しといたよ。あそこなら、お前の目も行き届いてて安心だろう」
     モクマはどうやら一人で守り手としての努めを果たしてきたようだった。相棒の心、守り手知らずとでも言うべきか。最初から相談してくれればいいものを、何も言ってくれないから、一人で愚かな空回りをしてしまった。
     モクマがガスコンロのつまみを回し、火力を弱めていく。やがてその火はふつりと消えた。
    「よーし、できたよ。あったかいうちに食ってさっさと寝ちまおう。せっかくの美人さんが酷い顔色だ」
     ダイニングでモクマと向き合い、温かいスープを啜る。
    「あつあつだから気をつけなね。ふーふーして食べてね」
    「私は子どもではありませんよ」
    「いやあ、だってねえ。今日のお前さん、置いてかれた子どもみたいなんだもの」
     見抜いてきますねェ、などと軽口は言えなかった。口を塞ぐように、スープを一口飲む。
    「……モクマさん。このスープ、少し塩気が足りないようですよ。塩と胡椒を取っていただいても?」
    「ありゃっ、すまんね。ちょいと待っててね」
     モクマが席を立ち、真後ろにある棚にある塩と胡椒の瓶に手を伸ばした。
     遅い帰宅への詫びなのだろうか。いつかの誕生日に教えたレシピを、モクマはチェズレイの好物として覚えてくれていた。ほろ苦く甘いディルの香りがふわりと薫る。当然、このスープには毒は入っていなかった。
     目からひとしずく、ぽたりと涙が零れ落ちる。
     受け取った塩胡椒をスープにかける振りをする。思い出の味よりも強いしょっぱさに、チェズレイはつい笑いが零れた。
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