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    バディミ/モクチェズ

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    #モクチェズ
    moctez
    #モクチェズ版ワンドロワンライ

    ワンライ(チェンジ/アイスクリーム)「お疲れさん」と声をかけられ、読み込んでいた資料から顔を上げる。チェズレイの腰掛けるソファーのそばで、モクマがにんまりと笑った。
    「アイス食べる?」
     滞在中のスイートルームにひょっこり戻って来た男は、片手にホテルのロゴが上品にプリントされた紙袋を下げていた。もう片方の手には、既に食べかけのアイスのカップ。こちらもホテルロゴ入りの製品だった。あろうことか、この男はパティスリーから部屋に戻るまでの道のりを我慢できず、ホテル館内で食べ歩きを楽しんでいたらしい。
    「……遠慮します。内臓が冷えてしまいますので」
    「ホテルの美味いやつだよ~。いいの? 見て見て、いろんな味買ってきちゃった」
     紙袋がひっくり返され、テーブルの上にカップ入りのアイスクリームがごろごろと転がり出る。バニラ、チョコレート、ストロベリー、ピスタチオ……節操なしだ。
     行儀の悪さを咎める視線に気づいたのか、モクマはちゃっかりとチェズレイの向かいのソファーに腰掛け、アイスを食べ続ける。
    「胃が荒れるとか、内臓が冷えるとか、体に気ぃ遣って美味いもの食わないなんて、お前さんは我慢強いよねえ」
    「少しも我慢なさらないあなたは、何でもかんでも口に入れたがる子どものようですよねェ」
     ミカグラにいた頃から、この男は目を離した隙にあれこれ買い食いしていた。過剰とも思えるその摂取エネルギーがどこに消えるのかと不思議に思っていれば、常人とは比べものにならない運動量で消費していることに気がついた。加えて、買ってきたものを自分ひとりで食べるのではなく、軽率に周囲の人間に分け与える気前の良すぎる性質も一因だった。体の厚みとは違って、財布はいつでも薄っぺらいというのに。
    「だって美味そうに見えたら食べてみたくなっちまうでしょ。ちなみに、このアイスはもうおじさんのお墨付きだよ。だから、一口どう?」
     向かいから、一口分のアイスを載せたスプーンが寄越される。こちらを慮ってか、わざわざ自分が使っていたのとは別のスプーンだ。そもそもこのアイスを食べる際、モクマは何度も自身の唾液のついたスプーンで掬っているわけなので、そんな配慮も今更のように思えたが、雑な男はそんなことには気づかないのだろう。
     とはいえ、既に屠蘇で回し飲みを経験している身の上だ。今更この程度は気にならない。無二の相棒が差し出すものなのだから。チェズレイは品良く口を開け、差し出されたアイスクリームを舌に載せた。
     ひやりと冷たさを感じた瞬間から、とろりととろけて、やさしい甘みが口の中に広がっていく。ピンク色が物語る、ストロベリーのフレーバー。ホテルメイドのスイーツらしい贅沢な苺の果肉が、甘さに混じる酸味を引き立てていた。
    「……もう一口いただけます?」
    「おっ、気に入った? ほいきた」
     口を開けてみせると、モクマはうれしそうに、今度はもう少し大きなかたまりを掬って寄越した。
     もう一口。おかわり。もっと。まるで餌付けをされているような構図に甘んじて、次へ次へとねだるうちに、ストロベリーのアイスクリームはいつの間にか底をついてしまった。
    「ご馳走様でした。思いのほか美味でしたので、つい欲のままになってしまいました」
     行儀が悪いと知りつつも、口の端についたアイスをぺろりと舌先で舐め取る。
    「お前さんが気に入ったならよかったよ」
    「ほとんど食べてしまったというのに、怒らないのですね」
    「うん? まあ、他にも買ってるし、また買えばいいしね。まだしばらくこのホテルにいるんでしょ?」
    「ええ」
     この国に潜んでいる裏組織の情報を掴むまで、しばらくはここで優雅なホテルステイを楽しむつもりだった。
    「……あなた、軽率に買い食いばかりしている割に、存外我慢強いところもおありですよねェ」
     座り心地の良い革張りのソファーで、チェズレイはゆったりと脚を組む。
    「ちゅうと?」
    「あなたはいつでも馳走を目にしているというのに、なかなか口にしようとはしないでしょう?」
    「あ~……うーん、おじさんどっちかっちゅうと、こういうお高そうなアイスクリームよりも、氷菓っちゅうの? コンビニで売ってるようなアイスの方が好きだったりするんだけども」
     どちらかも何も、相棒の庶民的な感覚については、これまで共に過ごす間に承知している。こんなラグジュアリーホテルに肩肘張らずに宿泊できる程度に慣れさせるまで、それなりに時間もかかった。チェズレイの密かな企みの甲斐あって、コンビニの倍以上もする価格のアイスクリームを気兼ねなく買って来る程度には、彼の感覚も変化した。そろそろ、チェズレイ・ニコルズという最上級の馳走に手を伸ばしてもらうべく、変わってもらわなければ。
    「そうは言っても、あなただって特別な日にはコンビニでもちょっと贅沢なアイスクリームを選ぶでしょう? それとも、お金を支払うことの方に意義がある? ……ねェ、モクマさん。私、アイスのせいですっかり腹が冷えてしまいました。温めてはいただけませんか?」
     もう一度、思わせぶりに長い脚を組み替える。紫の瞳で見つめながら微笑めば、チェズレイの美貌に籠絡されなかった人間はいない。
     ……だというのに。
    「おっと、いかんいかん。アイス冷やしとくのすっかり忘れちまってたよ~。ついでにあったかいコーヒー淹れてきたげるね」
     テーブルの上に無造作に転がしたままだったアイスのカップを引っ掴み、モクマはそそくさと備え付けのミニキッチンへと逃げるように行ってしまった。
    「……私は苺のアイスクリーム以下ということか」
     散々買い食いしているスイーツのように、とりあえず口にしてみるということが何故できないのか。
     テーブルに残されたままの空っぽのアイスカップを見やり、チェズレイは小さく肩を落とした。

    「あ、しまった」
     備え付けの冷蔵庫に、冷凍室がなかったことを失念していた。モクマはひとまず持っていたアイスを冷蔵庫に放り込み、片手間にコーヒーメーカーをセットする。そして手元に一つだけ残したアイスをそそくさと開封した。
    「あ~あ……すっかり溶けちまってら」
     案の定、アイスはカップの中でどろどろに溶けていた。
     背の低い冷蔵庫の前でしゃがみ込んだまま、開けてしまったアイスを食べる。何だかつまみ食いでもしている気分になってきた。チェズレイにこんな姿を見られれば、行儀が悪いと咎められるだろう。
     相棒から体の関係を求められていることに、モクマは当然気づいていた。
     身持ちの悪い性質でもないくせにあんな風に自分を軽く扱うのは、今まで彼が他者からそんな視線を向けられ続けてきたせいか。四六時中そばに居続けていれば、モクマにも、下劣な輩たちがチェズレイへ寄越す不快な視線に気づく機会は何度もあった。
    「……どうしたらわかってもらえるんだかね」
     買い食いなどいくらでもできる。けれど大事なものに気軽に手を出せる人生を、モクマは送って来なかったのだ。お前はコンビニで買えるご褒美アイスでも、高級レストランのシェフが腕を振るった馳走でも、何かの景品でも何でもなくて。ただ、モクマにとって、唯一の情を向けている相手なのだと。誰かと美味しさを分かち合いたいような些末な存在ではないのだと、いいかげん理解してもらいたいのだが。
     どろどろに溶けてしまったバニラアイスを一口。もったりとした濃いミルクの風味とバニラのフレーバーが、モクマの苦手なクリームを思わせた。
    「……甘ったるくて嫌んなっちまうな」
     淹れたての苦いコーヒーでも、この甘さは誤魔化せそうになかった。
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