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    ori1106bmb

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    バディミ/モクチェズ

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    #モクチェズ
    moctez
    #モクチェズ版ワンドロワンライ

    ワンライ(鬼) 幼い頃、学び舎の学友たちと鬼ごっこをすることになった。
     最初の鬼はカンナだった。明朗な声が十を数えるうち、みな散り散りに逃げてゆく。学び舎を起点として里中を走り回りながら、捕まえられた者が次の鬼へ。うまく立ち回っていたガコンも、ついに足の速い少年に捕まえられて鬼となった。
     その場で十を数えるうち、周りには誰もいなくなる。
     気づけば学び舎を遠く離れ、里のはずれの秘湯の近くまで来てしまっていた。里の子どもには、里から出てはいけないという決まりがある。山中に一人で足を踏み入れては、迷って戻れなくなるからだ。みなは里の方へと戻りながら逃げていった。けれどガコンは、ふと秘湯の方角を見やる。
     たぶんモクマは、あちらの方へと逃げていった。
     これまでの遊びで、モクマだけが一度も鬼になっていなかった。同じ学び舎の学友とはいえ、モクマは忍び見習いだ。すばしっこいモクマにとって、同じ年頃の子どもとの鬼ごっこは手応えがないのだろう。気づけば一人遠くにいたり、木の上に隠れていたりと、余裕であった。鬼など恐るるに足らぬ。そんな表情で。
     敢えて里の端へと逃げたモクマを、ガコンは追い詰めてやりたかった。少しは楽しそうな顔をさせてやりたくて。
     足音を立てぬように走ると、モクマは木々に囲まれた場所に立っていた。ほとんど里の『外』と言える場所だったようにも思う。
     さて、走るか、それともこっそり忍び寄るか。いずれにしても勘の鋭いモクマには、すぐに気づかれてしまいそうだ。ガコンはただのからくり技師の息子で、忍び見習いではないのだから。
     一か八か、見様見真似の忍び足で近づいてみる。
     距離にしてあと一間ほどのところで、モクマの背に向かって手を伸ばした。
    「来るな、ガコン」
     そんな制し方があるだろうか。
     ずるいぞ、と言いかけたところで、モクマの視線の先に気がついた。
     木々の足元の草の茂みから、一匹の蛇が顔を覗かせている。
     大蛇、と呼ぶほど大きくはないが、子蛇というほどでもない。人間に向かって威嚇していて、今にも飛びかかってきそうだった。
    「モクマこそ、すぐに離れろ。毒蛇だろう」
     いつからモクマは蛇と睨み合っていたのか。恐ろしくはないのだろうか。
    「大丈夫だ。案外臆病だから」
     ガコンの心配を余所に、モクマは慣れた様子だ。
     やがて蛇は、人間が襲ってこないことを理解したのか、静かに草むらの中へと潜っていった。
    「今はお前が鬼なのか? 似合わないな」
     振り向いたモクマは、つまらなそうにガコンの手を取り、自分の肩口に触れさせた。
    「じゃあ、十数えるからな。早く逃げろよ。近くにいるお前が一番不利なんだからな」
     そう言いながらお前は手加減するんだろう。わかっていたが、ガコンはすぐさまその場から駆け出そうとした。やはりつまらなそうな顔をしている友人を、今度こそ楽しませようとして。
     踵を返したところで、まるで鬼でも出たかのように驚いた。
    「そこにいるのは……モクマではないか」
     こんなところで、まさか里長の息子と会うとは思わなかったのだ。驚きが顔に出ていないといい。内心でそう願った。だが、フウガはガコンのことなど目にも留めていないようだった。
    「忍びの修行を怠けて鬼ごっことは、気楽な身分だな」
     フウガの連れていた取り巻きたちが、あからさまな嫌味を寄越す。モクマは学び舎の授業の後、何食わぬ顔で遊びに参加していたが、どうやら本来は修行の時間だったらしい。
     口下手なガコンには、この場を取り成す術がない。普段は口の達者なモクマも、相手が主君の息子とあって口を噤んでいた。
     それにしても、何故だろう。モクマを射るフウガの目に、不穏な炎が宿っているように見えるのは。

     見事な意匠の杖を見つめながら、ガコンは在りし日を思い出していた。
    「――粗茶ですが」
     湯呑みを目の前に出され、ようやく我に返る。
    「じきにモクマさんも戻られると思いますので、こちらでお寛ぎください」
    「……どうも」
     ガコンはこのオフィスナデシコへ、モクマを訪ねてきたのだった。
     優美な所作で茶を運んでくれたのは、チェズレイ・ニコルズ。島が開かれ外国人を目にする機会が格段に増えたミカグラ島でも、なかなかお目にかかったことのない類の、美しい男だ。
     蛇を象った杖は、彼の持ち物だった。初めて会った時に、彼はこの杖を傍らに携えていたが、今はリビングのソファーにそっと凭せ掛けてある。
    「杖の意匠にご興味がおありでしたら、お手に取って御覧になりますか。からくり師殿」
     聡い男には、ガコンが杖を観察していたことなどとうに気づかれていた。素直に謝罪し、そして申し出に甘えることにする。
    「ああ、すまない……もしよければ、見せてもらえるだろうか」
     チェズレイは快く己の杖を「どうぞ」と手渡した。
     柄の彫刻は見事なものだった。どうやらマイカの技術とは異なる技法が使われているらしい。間近で眺め、今度は胴体の部分に触れる。
     すっと引き抜けば、中から鋭い刃が現れた。
    「これは……元は杖だった物だろうか?」
    「さすがですね。ええ、その通りです。普通の杖だったものに改造を施しました」
     見た目には全く違和感がなく、武器としての機能性にも問題がないようだ。凄腕の職人に手を加えられたものだとわかる。
     この仕込み杖は、まるでチェズレイという男そのもののようだった。美しさの中に、驚くべき鋭さを持っている。
     モクマはこの男と共に、これからこの島を離れるのだという。
     ――鬼が出るか、蛇が出るか。
     モクマと蛇、そして鬼。
     在りし日を思い浮かべながら、先日燃え落ちたマイカ城と共に死んだ主君のことを思い出す。
     フウガは昔から、何故かモクマのことを目の敵にしていた。それを知っていたガコンは、きっとモクマが島を出て行った原因も、タンバの死ではなく彼が原因なのではと疑念を抱いていた。果たしてその真実は、二十年振りにモクマが里へ戻ってきたことにより明かされたのだった。
     里に映し出される映像で確と見た、フウガの恐ろしい鬼の形相。
     モクマは鬼と相対し、ついに決着をつけた。
     炎に包まれながら、フウガはチェズレイのことを「同類」だと評していた。
     モクマはその場で否定していたが、彼のことをよく知らないガコンにはまだわからない。自分たちの目の前で若く小柄なスイに変装してみせた、面妖な術を使う男。信頼に値する男なのか。
     鬼の次は蛇。なぜそんな恐ろしいものばかりと縁があるのか。蛇に唆されてはいないのか。生まれ変わろうとしている故郷で、穏やかに暮らしてはゆけぬものなのか。
     ガコンの中にあるのは、幼なじみが歩み続ける波乱の人生への憂慮だった。
     じっくりと検分した仕込み杖を持ち主へと返す。いつの間にか口の中が乾いていた。失礼とは承知で、いつまでも茶に口をつけられずにいる。賢い男は、ガコンがモクマを引き留めようとしていることを見抜いていないだろうか。そうさせまいと、茶の中に毒など入れてはいないだろうか。

    「たっだいま~……って、ガコンじゃないの」
     ようやく帰宅したモクマは、ここにいるはずのない幼なじみに目を丸くして驚いた。
    「おかえりなさい、モクマさん。どこまで買い物に行かれていたんです? ご友人はわざわざあなたを訪ねてきてくださったんですよ」
    「ありゃ、そうだったの。待たせちまって悪かったね。これ、さっき買ったおせんべいなんだけど、よかったら持って帰りなよ」
    「あ、ああ……」
     無理矢理押し付けるように渡された煎餅を、戸惑いつつも受け取る。ノリと押しの強さが、何となくカンナを思い起こさせた。人間、二十年も経てば、丸くなるものだとは思うが。
    「そうそう。マイカの方はお茶の方を好まれるかと思いまして、あなたのお茶をお出ししましたよ」
    「あっ、そうなの。気ぃ遣ってくれてありがとね」
    「とんでもない。相棒の大切な客人ですから」
    「とっときのやつ出してくれた? 大事に飲んでたやつ」
    「あなた、大事に飲み過ぎて賞味期限を確認していなかったでしょう。古くなっていたので捨ててしまいましたよ」
    「えっ、うそ。あと二杯くらいはいけると思ってたんだけどなあ……」
     ……まるで気の置けない夫婦のようだ。
     弾むようなふたりの会話に、寡黙なガコンはつい圧倒されていた。
     黙ってふたりの会話を見守っているうちに気がついた。モクマの体から、余計な力が抜けていることに。 
     先日、二十年振りに再会した時には、雰囲気の変わりように驚いた。歳の近い自分よりも白髪の量が格段に多いことや、疲れきった表情にも。
     だが今、モクマは心から笑っている。幼い頃にも見ることができなかった、ガコンにはさせてやれなかった表情を、今のモクマは浮かべている。
     ……この者ならば。
     モクマが道で出くわしたのは、蛇。それはきっと、モクマにとって幸運の象徴なのだろう。
     湯呑みの茶をぐっと呷る。少し冷めてしまっていたが、美味い茶だった。
    「モクマ。今日は、これを渡しに。そろそろミカグラを発つのだろう」
     ガコンは自分の傍らに置いていた風呂敷包みを広げた。中身は、丹精込めて作り上げたからくり箱だ。 
     見事な寄せ木細工を、モクマは手渡されたそばからじっくりと眺める。
    「こりゃあ……いい仕事だ。わざわざ悪いね。近々挨拶しに行こうと思ってたんだが」
    「まだお前を良くない目で見る人間もいる。マイカが復興した頃にまた来い」
     今、里は新マイカ町として生まれ変わろうとしている。鬼ももういない。
     美味い茶を馳走になった礼を言い、ガコンは早々にオフィスナデシコを辞した。ミカグラ島の空は、今日も青く晴れ渡っている。

     そして場所を戻し、オフィスナデシコのリビング。
     モクマとチェズレイは並んでソファーに腰掛け、膝を突き合わせていた。
    「このからくり箱、今から一緒に開けてみようよ。お前さん、こういうの得意みたいだし」
    「あなたがラクをしたいだけでしょう? まァ、その美しい箱には興味があります。お付き合いしますよ」
     間に入る人間がいなくなった今、ふたりの会話を止める者はいない。
     テーブルに置いたからくり箱を持ち上げ、動かせそうな一面に指をかける。
     どうやらこれは空箱ではなく、中に何か入っているようだった。音から推察するに、紙。口下手な幼なじみなりのメッセージなのだろう。
    「さあて。鬼が出るか、蛇が出るか――」
    「なんです?」
    「ことわざでね、『なにがでるかなっ?』みたいな意味だよ」
    「鬼か蛇、とは……どちらも恐ろしいものですが、あなた、幼なじみからそんなものを贈られる心当たりが?」
    「いや、そうは思っちゃないけども。これは元はからくり師の口上で……ま、いっか。でもさ、鬼は恐ろしいもんとしても、蛇は怖くないよ」
    「おや、その心は?」
     モクマは手元のからくり箱に視線を落とす。
     寄せ木細工を彩る美しい紋様には、それぞれに様々な縁起の良い意味がある。
     箱の一面は、三角形を交互に入れ替えた紋様。蛇の鱗のような、見事な鱗紋だ。
    「お前さんが言っただろ。蛇は死と、再生の象徴だって」
     皺の増えた指先でなぞり、二十年経っても変わらぬ幼なじみの優しさに感謝した。
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