promotion「お前さん、思ったとおり似合うねえ。チェスの王様みたいだよ」
「モクマさぁん……チェスのキングは優秀なコマではありませんよ」
かつ、と硬い音がする。チェスのコマを動かした音だろう。のんきな声が答える。
「あ、そうでした。王将とおんなじだったね」
「ええ。褒め称えるつもりなら、クイーンとお呼びください」
「チェズレイがクイーン……似合ってドキドキしちゃうね……! しかし、肝心要なのは王将だ。お前がいくら縦横無尽のクイーンでも、それは変わらんよ」
嬉しげにクスクスと笑う声。水筒からとぽとぽと注ぐ水音。きん、とカップがソーサーと打つかる音。
「ではモクマさんはさしずめ、このポーンでしょうか」
「まーたツルンとしたシンプルな……歩かあ」
「フフ。敵陣という逆境に飛び込んだポーンは――promotion。クイーンにもナイトにも、なることができるのですよ」
からから、と転がる音。あちゃあ、と道化けた声から、勝敗が決したことがわかる。
「と金、ってわけね。鍾乳洞を思い出すよ」
「あなたは最強のコマになった。次はどのような、ぎらついた輝きへ変化してくれるのでしょうねェ……?」
ねっとりと甘い声。衣擦れの音が近づく。
「あー……それなんだけど。まずはこいつら、かな?」
おれはヘッドセットから耳を離した。ドアの向こうにいる仮面の詐欺師たちに、存在を気取られた。階段に潜む部下たちを手で制す。
ヘッドセットから、引き続き慇懃無礼な言葉が届く。いやに丁寧な、ねっとりした口調。
「やっと動きがありましたか。すっかりコーヒーを飲み干してしまいましたよ」
仮面の詐欺師を消そうとする厄介者――おれ、たち。ドアの隙間から覗き見る。武人は口元を隠しながら、鎖鎌に手をかける。ビルの屋上で優雅に、チェスをしながら待っていた。やつらはおれたちを、待っていた。
低い建物ばかりのこの土地だ。狙撃もできない、市街地故に爆破もできない。となればおれたちは、階段を登るか壁を登るかだ。
「立派に宣伝になったみたいだ、ね!」
「ええ。助かりました――盗聴機を放置している理由に気づくほどの知能はなかったようだ」
仮面の詐欺師は拳を握り、手袋をした指で盗聴器を潰す。おれの耳元でノイズが弾けた。
「あなた方は誘い込まれたのですよ、無敗の武人の懐にね」
「俺の懐はチェズレイ専用だよっ」
「そうでした」
息を殺すおれたちに、二人の足音が近づく。