蓄積「君は桃娘を知っているかな」
調査中、あまりの暑さにへとへとになった僕たちは近くのカフェへ逃げ込んだ。夏らしく氷菓メインに取り扱ったそのお店で、僕はさっぱりとした桃のジェラートを、浄さんは赤いスイカと青いソーダの二色アイスを食べていた。浄さんパンケーキ行かないの珍しいですね。俺だって暑ければそれらしいものを食べるよ。しかし美味いねこのアイス。そんな話をしながら涼んでいる最中、浄さんが僕の手もとを見て言ったのが先程の言葉だ。
僕は一度スプーンを器の中に置いて、じとりと浄さんを見る。
「…………え、今します?その話」
「いやあ。むしろ今こそすべきなんじゃないのかい?」
「……確か、中国のお伽噺ですよね?伝説というか……桃と水だけで育った女の子がいるっていう。それしか摂取できないから、彼女らの分泌する体液はいい匂いがしたとか」
「そう。君はどう思う?桃娘について」
「……ひどい話だと思います。世の中には美味しいものが沢山あるのに、誰かのために特定のものしか食べられなくて、その上短命だなんて」
「うん。美しく、儚く、甘美で、惨い話だ。グロテスクな『お伽噺』としての質は良いが」
浄さんは「きっと膝の上に乗せたら桃の香りがして、さぞ愛らしいのだろうね」と続ける。僕は返す言葉がとっさに浮かばなくて、はあ、なんて返事にもならない声が出た。
「やっぱり、食べたら桃の味がするんだろうか」
「いやあ、食べたら肉の味しかしないでしょう」
何の気なしに言ったそれに、浄さんは目を丸くした。そこで僕はようやく、自分が相手とはズレた答えを言ったことに気づく。
「―――――――――あ、あくまでその、肌を舐めたら、とかキスをしたら、とか!そういう『食べる』ってことですよね浄さんが言ってるのは!?すみません、僕早とちりを―――――!」
あまりの居た堪れなさのわたわたと両手を振って、急いで桃のジェラートをかきこむ。キン、と頭に冷たくて鋭い針が刺さったような感覚になり、「あぁ~……」なんて呻きながら僕は机に突っ伏した。浄さんがけたけたと笑う声が聞こえる。
「はは!まるで皇紀みたいな事を言うなあ!君もそういった考えの持ち主とはね」
「い、いや違」
「それとも―――――――感化された、のかな?」
こわごわと顔を上げる。浄さんはアイスを口に運び、ぺろりと唇を舐めた。
「うん。美味しい」
――――――――――僕の心臓は少しずつ、どきどきからばくばくと嫌な音を立てる。浄さんは笑みを崩さないまま「なあ、エージェント」と三日月のかたちの唇で囁いた。
「桃娘と同じように、あいつの体に、体液に、毒が流れていたらどうしようか」
「…………………」
「抱いたら、きっと相手は死んでしまうな。きれいな体を貪って死ねるのなら、それはそれで良いのかもしれないけど」
「―――――――――――」
僕は桃のジェラートをスプーンいっぱいに掬って食べる。やっぱりキンとしたけど、今は刺されるくらいでちょうどいい。
「…………皇紀さんは毒だけ食べているわけではないし、それに」
「それに?」
「今僕が死んでないのが、そのあかしです」
「…………………」
浄さんはさっきよりもビックリした顔をして、やがて数秒後に「あはは!」と快活に笑い始めた。
「いや、失敬。揶揄いすぎたな。」
「ホントにもう、あなたって人は………」
「ごめんごめん。それにしても―――――ははっ。意外だね。君はそういうのに慎重だと思っていたし。それに」
「それに?」
「草食動物が肉食動物を喰うなんて、無いと思っていたからね」
「…………………」
ああ答えたものの。ごくん、とジェラートを飲み込んでから、大きめに溜息を吐いた。
「…………いや、その。ここで強気に応えられたら恰好良いというか、今こうなってないかなって思ってるんですけど、その………」
「………もしかして、主導権はあっちにある感じか?」
「はい」
「だろうとは思った。なあ、もっと聞かせてくれないか?そういう話。なあに、あまり人には相談できないだろう。君はもっと年上に頼ればいい」
「――――――――――………」
正直、このニコニコ笑顔の胡散臭い人にセンシティブな相談をしたくはないのだが、かといって他に話せそうな人もいないわけで。
結局僕は浄さんに、恋の相談にもなりはしないものを吐き出したのであった。