誰が為の刺身「……………もし僕が人魚の肉を持ってきたら、皇紀さんはどうしますか」
皇紀さんはぴたりと箸を止め、その綺麗な赤い瞳で僕を見る。今僕らは、VIPルームで刺身を食べていた。皇紀さんいわく、「珍しい魚が手に入った」「厨房貸せ」とのことで。ちょうどお客さんもいないタイミングだったので存分に使ってもらい、二人分の刺身の盛り合わせが完成した。レオンにも食べさせたかったけど、買い物中だったので致し方ない。とにかく僕らは名前の難しい、珍しい魚をもくもくと二人で食べていた。
そして、上記の会話である。
「――――――――――――……………」
言わなければ良かったろうか。ねっちりとした肉はちょうど生姜醤油とマッチしていて、それはそれは美味しい。しかしその美味しさは90%くらい。理由は簡単、口から出てしまった言葉に気まずさを覚えているから。魚に罪は全くない。
皇紀さんは無言のまま箸を皿に伸ばし、身を食べる。彼の手元の皿には生姜醤油ではなく柚子ポン酢だ。曰く、柑橘系も合うらしい。その品のある所作に色を感じてしまい、じっと動きを見つめてしまった。それでようやく、自分が答えを求めるために見つめているようではないか、と気づく。恥じる。魚は、美味しい。けれど今、80%くらいだ。
「…………不老不死にでもなりてえのか」
ようやくその声帯が僕のために震える。待っていたはずのその言葉に対して、僕の声は思っていたよりも小さくなった。
「…………そういうわけじゃない、ですけど」
そう、不老不死になりたいわけじゃない。今生きている日々を大事にし、大きな病気も無く、老衰で死にたい。そのあたりの死生観は月並みなものである。
けれど昨日の夜、ふいに思ってしまったのだ。隣に眠る、白すぎる肌を持つ彼の眠る姿を見ていたら―――――――「このひとは、長く生きないんじゃないか」って。
命を狩る者は、狩られる者でもある。現に彼は毒のある生物によって耐性が出来てしまっているし、獣を狩るなんてしょっちゅうだ。肉食獣のような彼がいつか、べつの生き物に狩られてしまうのではないか。僕の見ていないところで食われてしまうのではないか。そう思ったら耐えられなくなってしまって、朝までは呑み込めたのに、思っていた以上に早い再会に呑み込めたはずのものが漏れ出てしまって――――――今に、至る。
「(違うんだ、そういうことが言いたいんじゃなくて)」
不老不死になりたいわけじゃない。ただ、彼に生きて欲しい。怪我や毒に侵されない体でいてほしい。そんなことを願ってしまうのは、完全なる僕の傲慢だ。生きるも死ぬも、皇紀さん次第なのに。彼の命は彼だけのものなのに。
皇紀さんはしばらく黙って咀嚼して、ごくんと身を飲み込んだ。そうして、僕の方を向く。
「俺は不老不死には興味無ぇ」
「―――――――――そう、ですよね」
それは、なんとなく思っていた。だから落胆よりも安堵の方が大きい。
「……………だが。お前が持ってくるなら別だ」
「え」
「調理はしてみたい」
彼は笑う。唇が動く。
「もし、人魚を捕まえたら――――――執事じゃ手に余るだろう、俺にしとけ。活け造りにしてやる」
「――――――――っあ、味は、」
「あ?」
「味は、気にならないんですか。………………」
思わず縋るように聞いてしまう。皇紀さんはしばらく考えたのち、ぽそりと呟いた。
「………食えねえもんは出さねえ」
「じゃあ」
「その時はお前も食え」
「!」
欲しい答えをくれたとして、それが果たして彼らしいものと云えるのか。らしさを曲げてまで、その答えは欲しい物なのか。いま僕は、とても彼らしい応えが聞けて――――――
――――――――――ひどく、泣きそうになっていた。
「……………ふたりで女一人分の肉を食うのは少し骨が折れるだろうが、まあ大丈夫だろう。お前はよく食うし―――――――」
「まさか上も食べる気ですか皇紀さん」
「………………」
「………上も食べる気なんですね皇紀さん!?」