スターの電池が切れる日「お兄ちゃーん、入るよー?」
兄の部屋を訪れた咲希がまず目にしたのは、床に散らばる大量のスケッチだった。そのどれもに人物が描かれており、着ている服は1枚1枚違っている。余白に書きなぐられた文字が何を意味するのかは分からないが、書いた本人が読めるのなら問題はないだろう。
そしてそのデザイン画の中心にいるのは自分の兄だ。普段の騒がしさは鳴りを潜め、脇目も振らずにまっさらなページに鉛筆を滑らせている。声を掛けたが生返事で反応は鈍く、視線は手元に向けられたままだ。
らしくもない兄の様子を見た咲希は大して驚きもせず、あ、電池切れの日だ、と独りごちた。
──司には、時折こうやって黙々と趣味に勤しむ日が訪れる。今日はデザイン画だが、編み物の日もあればミシンを使って衣装を作る日もある。その日によって様々なのだ。
それに決まった周期はない。ただ、それが訪れた後は普段よりも吹っ切れているように感じる。きっと彼なりのストレス発散方法なのだろう。
思い返してみれば、ここ数日の兄の顔には微かに疲労が滲んでいたような気がする。
(…でも、)
咲希は散らばったデザイン画に目をやる。
あるスケッチに描かれていたのは、髪の毛にメッシュが入った背の高い青年だった。
あるスケッチに描かれていたのは、緩くウェーブした髪の華奢な少女だった。
そしてあるスケッチに描かれていたのは、ボブヘアの快活そうな少女──咲希も面識がある、体育祭で共に実行委員となった鳳えむだ。
以前までデザイン画に描かれるモデルは大抵司と咲希だけだった。そこに新たに3人が加わったのは、兄がフェニックスワンダーランドでバイトを始めてからだ。
彼にとってはおそらく無意識なのであろうこの変化は、咲希にとっては歓迎できる変化だった。
妹の自分に向ける『兄』としての顔とも、後輩である冬弥に向ける『先輩』としての顔とも違う、『ただの天馬司』という一人の青年の顔。歳相応の17歳の青年が持つ弱みを、『兄』である天馬司はきっと自分には気取らせないだろう。
現に、ショーキャストのバイトを始めて日が経つにつれ兄の表情に明るさが増していた。常日頃から自信に満ち溢れている彼だが、最近は
例えるなら、見失っていた何かを取り戻したかのような。