“君はピアニストになるべきだった“0
埃っぽさとも異なる、古びた紙の匂いが年輪のように積み重なる書斎で、乱数はそれを見つけた。
年の瀬の頃、年に一度の大掃除だと寂雷と衢が家中の窓という窓を開け放ち、それに伴い押し寄せる冷気から逃げるように辿り着いた二階最奥の部屋。
意図的に盗み見ようとしたわけではない。けれど開きっぱなしでデスクの上に置かれたそれが、自然と目に入ってしまった。
びっしりと神経質そうな文字で埋まったそれが手紙であることは、隣に添えられた時代錯誤な封蝋つきの封筒から一目瞭然で。盗み見よう、と思ったわけではないけれど、有益な情報であれば儲け物、と思ったことは否定できない。
けれど、いくらも読まないうちに目を背けてしまった。それがあまりにも他愛のない内容だったからか、見るに堪えない罵詈雑言だったからか、抱腹絶倒もののラブレターだったからか。今となっては、もう覚えてはいないけれど。
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