2025-04-20
「俺の目は5だな」
賽を触るのも、誰かとばくちをするのも何もかも慣れていない風情ではあった。だがタイ・ホーと相対し、茶碗が目の前に置かれた以上の事を考えてはいないようにも見えた。
目的は舟を出してもらうことで、そのためには自分たちのようなどう見ても堅気には見えない人間と、同じ土俵に上がらねばならぬという緊張感すらなかった。
子供はただ、目の前だけを見ていた。後ろにいる女の子供のほうがよっぽど緊張している。目が泳ぎ、子供の服をつかむ手が震えている。そんなことさえ、まったく意に介さない。
思ったよりも面白い話かもしれない。なんにしろ、賽が何をいうかだが。
「次はお前さんの番だ」
差し出された手に賽を転がしてやる。震えてもいないし、冷えてもいない。子供らしい大きな目が、揺らぎも恐れもなしにただやるべきことを見据えている。
賽が茶碗の中で澄んだ音を立てて転がった。しゅるるるる、カラカラ、こと、ことん。止まった賽をのぞき込む。
目は2が二つに6が一つ。
「お、やりますね」
「ついてるなお前さん」
「じゃあじゃあじゃあ、舟を出してくれるの?」
さっきまで不安げに震えていた女のガキが身を乗り出す。子供のほうはと言えば、深く深く息を吐いて、満足げに笑みを深めるだけだ。
「ああ。さいころの目は嘘をつかねえ」
立ち上がったタイ・ホーの動きを追って、子供が目を上げた。やるべきことをやった満足感とそれがもたらした結果を見据えている。
「なんで勝負してやる気になったんです?」
舟を湖に浮かべながら、ヤム・クーが言う。ミューズから逃げてきた避難民は数多い。そいつらの頼みは全部断っていた。理由なんて、気が乗らなかったから以外にはない。王国軍に目を付けられるのも面倒だ、と言うのもあったが、それは些末な話だ。
「気が向いたから、ってんじゃおかしいか」
「別におかしかないですけどね。賽の振り方も知らねえガキに手ほどきまでしてやって」
興味はあまりないのだろう。タイ・ホーが乗ったのを確認し、ヤム・クーは岸を蹴った。静かに静かに舟は湖へと漕ぎ出ていく。ほかにも乗りたい奴がいるといって街へ戻っていった子供らが戻ってくるまでのただの暇つぶしだ。
「シーナみてえに甘えてこなかったから、とかでどうだ」
「はは、そりゃ分かりますね」
昔の戦争で共に戦ったなど、そんな昔の話を持ち出されてもつまらない。たっぷり巻き上げてやった金で懐が暖まっていたのも、あのタイラギとかいう子供に甘い理由にはなったかもしれない。
だが、それでも、もう一つ。
「ほかのやつらと違って、目ぇ見開いてたからな」
ミューズからの避難民だろう。何があったか具体的には知らないが、王国軍が派手にやったのは聞き及んでいた。
あの場ですべきことはタイ・ホーに頷かせる事だった。それ以外が見えていない。タイ・ホーの博徒然とした外見や、無理を通そうとしている自分の無様さもなにもかも見えず、ただその場でやるべきことを見据える目だ。
「ああいう奴が振る賽を見てみたかった、てのはどうだ」
「兄貴が好事家だってのはわかりましたよ」
「は、今更だ」
箸の使い方を覚えるよりも先に賽を振っていた人生だ。なにもかもこれで決めてきた。ガキを面白がって王国軍を相手取るなど自分に相応しいというものだ。
しかし、とヤム・クーがぼやく。
「クスクスの方の塒、しばらく掃除してねえんですよね」
それ以上の問題はないという弟分も、あの子供と同じほどに目の前だけを見据えている。