2025-05-07
「今日は良い風だ」
「鳥も来たな」
「ああ、良かったね。無事に空に昇れたようだ」
兵の葬式ではそう言う声がよく聞かれる。鳥の形に切った紙を空に飛ばして魂が天へと上ることを祈るのだ。かつては鳥そのものを使っていたようで、その名残か、葬儀の最中に鳥が梢にとまると、皆、涙を浮かべて、それでもどこか嬉しそうに微笑むのが常だった。
個人は鳥になり、天へと上る。遺族は亡くなった大事な人のために鳥を望む。広げた羽を墓石に彫り、故人がここにとどまらず、安らぎの中に、天の中に上ることを望むのだ。
ジョウストンはそういうところだ。
傭兵たちにだって死者は出る。それぞれ出身は違うが、特に指定がない限りジョウストンのやり方で送ると最初から決めていた。
鳥の形に切った柔らかな紙が空に舞い上がる葬儀は、初めて見た時随分と目を奪われたものだ。強い風が全てを舞いあげ、遠く遠くへ故人を流していく。行かないで、と細く泣く子供も、拳を握りしめて静かに涙を流す戦友も、故人の魂が自らの手から離れていくことを、その目と肌で嫌でも思い知る。ここにはもういない。穏やかで温かな天の国に行ったのだ。
今日もそんな日だった。きれいに晴れた日で風も強く、きれいに舞い上がった紙の鳥が空に舞い上がって散っていく。そんなに飛べずに落ちたものを拾って、フリックはまた強く吹いた風に乗せる。誰の魂が乗っているのかは分からないが、今度はきれいに風を受けとめて舞い上がる。
「葬式には良い日だな」
あまった、誰の魂も乗っていない紙の鳥を指先でいじりながら、ビクトールが言う。強い風に、ただでさえ乱雑な髪がぼさぼさになって目元が良く見えない。
「気のいい奴らばっかりだったな」
死んでしまった。それをうけいれる為の儀式だ。思い出話も受け、フリックはうなづく。
「ちゃんと飛ばしてやれると気分がいい」
家族が泣いている。でも、空に飛ばすからか誰もかれも顔を上げ、魂が飛び立つ様を眺めている。また飛んだ。
ビクトールは一枚、紙の鳥を束から引き抜いた。口の中で呟いた名前は良く聞こえない。風が吹くのを待つかのようにゆっくりと上げた顔にはなんの表情も浮かんではいなかった。
葬儀はちゃんとやるべきだ。でなければ区切りがつかない。死者が安らかだと信じることができない。
だが、聞けるものか。十年前ビクトールはこのノースウィンドウで墓を掘った。不死者と貸した村人たちを葬って、それからどうしたのだ。紙の鳥はちゃんと飛んだか。皆の魂は腐った肉体に縛り付けられたまま、だと思ってはいないか。
ビクトールは引き抜いた紙の鳥を数度眺め、直後吹いた今日一番強い風に乗せて手を離した。一直線に空へと飛んでいく鳥を、男はまぶしそうに見上げている。
「そんな顔しなくていいって」
気を遣うのも、使われるのもまっぴらなのに、時折こうして派手に間違えてしまう。ビクトールはゆっくりとフリックに目を向けると、目を細めてみせる。
「いい感じに飛んだな。やっぱり今日は葬式に相応しいや」
吸血鬼によって地に縛り付けられた魂を、すこしずつほぐして天へと返す。フリックは少し迷って、それでもビクトールに手を伸ばした。天へ上るのは、魂となったものだけだ。ビクトールにはまだ早い。