研いで鍛えた私の牙 その日の任務が終わり牙隊の執務室にて各自が日報を書いたり明日の確認をしたりと比較的穏やかに過ごしている。
私……アミィ・アザミは執務室の奥の自席で日報の確認をしつつ、先程終えた任務の報告書を作成している。……している、のだが出口に一番近い席の新人の女悪魔が白い顔で日報を書いているのが視界に入り、気が散る。
ああ、またか。まだ彼女は凄惨な現場に慣れることが出来ずにいる。
そういう時は真っ白な顔で一番最後に日報を持ってくるからわかりやすい。今日もきっとそうなのだろう。
予想通り、隊員が全員退室し、私と彼女と二人きりになって十分程経ったタイミングで彼女は音も立てずに日報を抱えてやってくる。
いつもなら机越しに提出される日報が、今日は机を回って横から渡された。
「……わかりやいすな、貴様は」
「すみません」
「別に構わない。そのわかりやすさが私に向いている分にはな」
私だけにと言いたいのを堪えて、寄越された日報の中身を確認する。問題なし。散々指摘した甲斐があり、少なくとも日報が再提出になることはここしばらくない。
「あの」
「ああ」
「……こわかった、です」
「だろうな」
今日の任務は犯罪魔の確保で、対象の住処に潜入してのことだった。生きているのは対象だけ、あとはただの肉塊が飛び散っているだけの悲惨な現場で、彼女は顔をしかめることもなく淡々と役割をこなしていた。
もちろん、それでいい。牙を研がれた悪魔は遺体の一つや二つで顔を歪めてはいけない。
けど、今はもう業後だ。
「ごめんなさい」
「なにが」
「甘えて」
「職務中でなければ構わない」
日報にサインをして彼女の方に滑らせるけど、それは受け取られない。ペンを置いて空いた手を広げると、おずおずと寄ってきて肩と首にしがみついて声も出さずに震える。
そっと背中に手を回すと、ますます強くしがみつく。まるで子供のようだ。
彼女が立ち上がった時点で執務室の鍵は閉めてあるから好きなだけ泣けばいいと思う。前回もその前も似たような凄惨な現場で、それに怯えて泣くのは普通の感性だ。
しばらくして彼女はゆっくり立ち上がる。
「すみませんでした」
「構わないと言ったはずだが」
「……そうなんですけど」
「それで立ち直るなら、牙が折れていないなら構わない」
「折れてないです」
先ほどまでの弱々しさは、もうなく彼女の背筋は真っ直ぐに伸びている。
「貴方が牙を研いで鍛えた鋼鉄の悪魔です。折れませんよ」
「ならいい」
なんならもう少しくらい甘えたって構わないが、それは望むところではなさそうなので黙って見送る。
簡単に落ちてくるかと思っていたけれど、そうはならない。何しろ私が鍛えた女だ。落ちてほしいけど、そうはならず、なかなか扱いに悩む。