Flashbacks「見てくれ、ラーハルト」
月光のごとく滑らかな頬を引き上げて、ヒュンケルが笑う。
「新品同様だ」
ラーハルトは黙って、力強い腕に触れる。
魔槍とは比べ物にならない重量を纏いながらも己を翻弄した、その無尽蔵の体力に。
「これでやっと、お前と並び立てる。戦士と名乗れる」
人形のような笑みに、ラーハルトは眼を閉じる。
「健康で、頑健で。お前と同じ速度で走れるんだ」
ヒュンケルの明朗な宣言に、ふと引きこまれそうな自分がいる。
すべての不安は解消。
腹の底に巣食う絶望は幻と化し、永遠の安堵にたゆたうことができる。
だが。
それでも。
「戻って来い」
と、ラーハルトは呼びかける。
冷徹で真摯な言葉に、ヒュンケルは俯く。
唇が震え、自信に満ちた二の腕が力を失う。
最強の不死騎団長の面影が、みるみる小さくなっていく。
ラーハルトがひざまずく先には、少年のように華奢な姿のヒュンケルが顔を覆っている。
「もう、お前のような戦士ではない」
と、ヒュンケルの弱弱しい告白。
ああ。と、ラーハルトが答える。
「使い古されて壊れてしまった、人間の残滓だ」
そうだな。と、ラーハルトが言う。
「こんな有様には、なりたくなかった」
ラーハルトは答えず、静かに待つ。
「なりたくなかったんだ」
魂の叫びは、聞き取れない程の囁きだった。
続く嗚咽を十秒聞いてから、おもむろに、痩せた肩を抱きしめる。
「分かってくれないか」
と、ラーハルトは呟く。
自分の声は、予想よりもずっと擦れていた。
「俺が欲しいのは、完全無欠の強敵ではないんだ」
ヒュンケルは、きつく押し付けられた胸のなかで機械的に頷く。
「今のお前なんだよ」
誘惑の呪いが去っていく。
元通りになりたくないのか、と、優しい微笑を振りまきながら。
「俺は一生、呪われたままかもしれない」
ぽつりと漏らしたヒュンケルの頭を、ばすんと叩いて。
「だったら一生、目を覚まさせてやるだけだ」
いつか、それも終わる日が来る。
まだその時ではないことに、そっと感謝しながら。