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    Jeff

    @kerley77173824

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    Jeff

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    お題:「ガラス細工」
    少し辛い話です、少年期Hyunとともだち。余裕ある時に読んで頂ければ幸いです、すみません。
    #LH1dr1wr
    ワンドロワンライ参加作品
    2022/10/30

    Fragile「これが僕のママ。こっちが、猫のルー。この熊さんは、大きいけれど乱暴はしないんだ。こっちの綺麗な塔は、天空のお城につながってるんだよ」
     柔らかな浅葱色の草の上に、きらきら光る宝物が並んでいる。
     ヒュンケルは鬱陶しそうなふりをしながら、横目でガラス細工の行列を見やった。
    「そんなもの。なんの役にも立たない。大事に取っておいてどうするんだ」
    「役に立たなくないよ。僕の友達だ。君に似てるよ、銀色の妖精さん」
     少年はにっこり笑って、スライムの形のガラス玉を持ち上げた。
     擦り切れたズボンから覗く膝に、新しい擦り傷が見える。
    「ママの顔は知らないけど。でも、僕の為に取っておいてくれたお人形なんだ。……旦那様には、秘密だけどね」
     森の中でひっそりと泣いていた人間の子供。
     幼いヒュンケルにとって、どう扱っていいか測りかねる存在だった。なぜ彼に近づいてみようと思ったのか、今でもよくわからない。
    「そんなひどい家は出て、一人で生きればいいじゃないか。俺が剣を教えてやっただろ」
    「うん、ありがとう。でも、ご飯は食べられるし、時々蹴られるくらいで仕事も貰える。僕にとっては、じゅうぶんだよ」
     ヒュンケルは鼻を鳴らす。
    「旦那様のおうちには、五人も子供がいるんだ。両親は忙しくて、末っ子まで気が回らない。僕が面倒を見なかったら、片っ端から病気になって死んじまうよ。だから、いいんだ。僕がどうにかしなきゃ」
     虐待されながら人間のために働くなんて。理解しがたかった。
     この子供のか弱さに、以前の自分を重ねているのかもしれない、と、ヒュンケルは思う。
    「人間に従属して満足か。一人で生きろ。誰も信用するな」
    「君も人間に見えるよ、妖精さん」
    「妖精なんかじゃない。俺は、俺だ」
    「じゃあ、なんて呼べばいいの」
    「……」
     何となく、名乗る気にはなれなかった。
     自分の名は魔界に属する。
     この恵まれない人間の孤児に告げるには、どうもそぐわない気がしたのだ。
    「君みたいに強くて綺麗だったら、この森の中で、お人形たちと一緒に生きていけるのにな」
     少年は肩を落として、虹色のガラスをじっと見つめた。
    「でも、いいんだ。僕には、友達がたくさんいるんだから」
     ヒュンケルは答えずに、彼の『ともだち』を観察した。
     どれもこれも、ただの透明な塊だ。
     ……けれど、時折太陽を映して虹色に輝いた。
     父さんが集めてくれたきれいな石に、ちょっと似ていた。


     
     奇妙な友人との夕暮れのままごと遊びが、すっかり習慣になってしまった。
     最初は、ただの科学的な興味だった。群れから離れてひとり遊ぶ少年が、どうして闇に染まらずにいられるのか。
     しかし年齢相応の友との会話が、心を癒しつつあることにヒュンケルは気付いていた。彼がそこにいてくれることが、思いもよらない刺激になっていた。
     この人気のない森での修行は、あと数日で終わる。彼との秘密の時間も残り少ない。
     別れを告げる義理も無いが、不思議な胸騒ぎを覚えていた。
     さよならを、言いたくない。生きる世界が違うのに、それでも、まだ一緒に過ごしていたい。
     経験のない葛藤に沈みながら、いつもの場所に足を踏み入れようとして、硬直した。
     聞きなれない声、しかも複数。
     冷静に気配を消し、古木の影に身を隠す。
     そっと顔を出して気配を窺い、思わず叫びそうになった。
     あの少年が、大人に思うさま殴られた瞬間を見た。
    「ごめんなさい……お願いです、お願いだから、壊さないで」
     地に伏せる少年の目の前で、ガラス細工の人形を、まるで汚物のように摘まみ上げた男が恫喝する。
    「こんな遊びのために子守をサボったのか!」
    「おかげで子供たちが腹ペコじゃないか、このクソガキ」
    「すみません、どうか許して、もうしません……旦那様、奥様、もうしません」
     ヒュンケルは携えた細剣にゆるやかに手をかけた。
     一歩踏み出そうとしたその時、肩に鋭い痛みを感じた。
     目を見開いて振り返り――食い込んだ鋼鉄の爪と、その先に浮かびあがる闇を見た。
    「ミストバーン。なぜ止める」
     闇の師は更に力を籠めた。呻くヒュンケルに、ゆっくりと腕を上げて指し示す。
    『よく見るがいい』
     その先に、あの少年の泣き顔。
    『お前の気まぐれな温情が、何を招いたのか』
    「お願いです、どうか、やめて――」
     少年の悲鳴と共に、男がガラスの人形を岩に叩きつけた。
     熊も、猫も、美しい家や塔、果物のなる木、お姫様の馬車。
     そして――彼の母親。傘を差した婦人の人形も。
    「思い知ったか。そこで一晩反省しろ。夕食は抜きだ」
     破壊者たちは、悠然と背を向けて去っていく。
     少年はしばらく動かなかった。
     ……振り返り、岩場に隠した剣を手に取る。
     ふらふらと立ち上がり、体格に見合わぬ武器を引きずりながら、一歩、また一歩、彼らに向かって歩き出した。
     その目にはもう、希望のかけらもない。闇に覆われた、空虚なガラス玉があるのみだった。
     走り出した子供の絶叫と共に、優しい色の草地に鮮血が飛び散った。



     ――俺は人を幸福になどできん。不幸にしかできないんだ。
     
     
     
    「……おい。ヒュンケル。起きろ」
     がくがくと揺すられ、ぱちりと目を開けて息を呑む。
     早朝だ。薄紫の朝日が、ラーハルトの肌を穏やかに照らしている。
     ヒュンケルは再度目を閉じ、どうにか呼吸を整えた。全身が池に落ちたみたいに汗にまみれ、指先は強張って痙攣していた。
    「うるさいくらい、うなされていたぞ。こっちまで悪夢を見そうだ」
     迷惑そうな台詞とは裏腹に、ラーハルトの表情は歪んでいる。
     何かを失うのを恐れるかのような、不安げな顔。
     ヒュンケルは大きく息を吐いて、彼の広い胸に額を付けた。相棒は何も言わず、力強い腕を肩に回して抱き締めてくれた。
    「ラーハルト。……ひとつ、約束してくれないだろうか」
     声が震えてしまう。
    「頼むから。頼むから……俺のせいで、不幸にならないと」
     ラーハルトのシャツが濡れていくのもかまわず、顔を押し付ける。
    「約束してくれ」
     ラーハルトは数秒沈黙した後、あらためて腕に力を籠めた。
    「愚問だ。俺が、お前如きの運命に縛られると思うか。お前が野垂れ死のうが再起不能になろうが、知った事か」
     しゃがれた声に包み込まれた、至高の愛。
     ヒュンケルは更に強く相棒の襟を握りしめる。
     すまない、と、何度も口の中で繰り返しながら。
     安堵の涙に、幸福な頭痛を覚えながら。


     
     
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