1up「どうする」
神妙に問うと、ヒュンケルも真剣な表情で、
「……網焼きかな」と首を傾げた。
そういうレベルの問題ではない、とラーハルトは思う。
某国、手付かずのままの山林の奥地にて。
焚火を前に鎮座しているのは、強烈な水玉模様。
ガルーダの卵より大きい、謎のキノコだった。
「いい匂いだ。伝承に偽りはなかったな」
と、ヒュンケルは大勇者から借りた「きのこ大全集」のページを繰った。
先の村で貰ったキノコが美味しすぎたせいだ。
以来、二人は採取にハマっている。
ついには究極の一株を求めて、古文書にまで手を出した。
『奇跡の珍味。百年に一度、テラン奥地の満月に光る。
神の滋養、この世のものならぬ美味』
「確かに、見た目はそっくりだが。どう見ても毒キノコだぞ」
緑色に真っ白な斑点。そしてこの禍々しいサイズ。
「俺のカンに過ぎないが、たぶん大丈夫だ」ヒュンケルはあくまで楽観的だ。
「……たぶん?」
「命が一個増える、という魔法のキノコに似ている」
「意味が分からない。なんだ、『一個増える』って」
「巨大化してガメゴンの王と戦った兄弟の伝説を知らないのか」
「知らん」
「それに解毒呪文が普及した近代において、人々は大抵の毒を食してきた。まあ、大丈夫だろう」
「あ」
止める間もなかった。ヒュンケルは、ぱふ、とひと欠片ねじ切ると口に放り込んだ。
「……」
「……」
そっと毒消し草のストックに手を伸ばしつつ、もぐもぐ味わうヒュンケルの顔色をうかがう。
ややあって、ぱ、と目が輝いた。
「美味しい」
「……良かったな」
「うむ。生でも食せる。初めて出会うコクと甘みだ。香りも素晴らしい。シチューにしたら最高だ」
「よし。準備するか」
ほっとして立とうとすると、ぐい、と袖を引っ張られた。
「おい、お前も一口食べてみろ」
「調理してやるから大人しく待て、なにも生で食べなくても」
「毒で死ぬなら同じタイミングが良いし」
「俺はごめんだ。しばらく観察して異常がなければ俺も食べる」
「ひどいな。……ぷ」
突然、ヒュンケルが草地に突っ伏した。そのままがたがたと肩を震わせ始める。
「な……おい、だから言ったのに! 吐け、今すぐ!」
引き起こそうとするが、どうも様子がおかしい。
「い……いや、……違うんだ、ラー……ふふふふふふ」
唇を引き攣らせて、ヒュンケルが顔を上げた。
「……う。だめだ。くっ……止まらない。あははははは」
「……は?」
「無理だ。だめだ、全てが……くふ、何もかもが面白い」
ひゃははは、と涙を流しながら笑い始めたヒュンケルに、心の底から脱力した。
「……ワライタケ?」
ぽむぽむと背中と叩いてやると、一段と笑い声が軽やかになった。
「笑うお前は貴重だな」
「うる。さい……くくく……楽しすぎて苦しい」
「自業自得だ。治るまで笑ってろ……むぐ?!」
一瞬の隙を突かれた。
ヒュンケルが隠し持っていたもうひと欠片を、哀れなラーハルトの口へとねじ込んだのだ。
どうにか嚥下して、は、と事態を認識した。
「き、貴様……!」
「ふ……あははは、道連れだ、くくく」
「どうしてくれる! このまま笑い死んだら、誰が助けを……く」
「ははははは」
「う……ぷふっ」
「そ、そんな顔するな、ラーハルト……笑わせる気か……うぐ」
「こ、堪えてるんだっ……おのれヒュンケル……許さん……ふははは」
「や、宿で試してみなくて、よかった、ぷぷぷ」
「だから、一応帰ってからにしようと……どうするんだこんな森の……ふははは……真ん中で……」
「きゃはははは」
陽気な騒ぎに惹かれたのか、いつの間にか、目をきらめかせたシカの親子、キャットフライの夫婦やドラキーの群れ、宵っ張りのスライムたちがふらふら集まってきた。
最初は心配そうに取り巻いていたが、危ないことはなさそうだと悟ると、笑い転げる二人を嬉しそうに突っつき始めた。
それすら可笑しくて、もう止めようがない。
「なぁ、お、覚えてるか」
「ひ……ひひひ、何を」
「この前の、道具屋の、ふふふふ、親父が」
「がはははは」
「ヒムに、ちょっと似ていて、ははは」
「あははははははは」
どうしようもないことを思い出すたびに笑いが噴き出し、頭の中が天真爛漫な花畑で埋め尽くされる。
面白くて仕方がない。
互いにひっ絡まりながら笑い続けて、ようやく落ち着いてきたころには朝焼けが燃えていた。
「ぜえ……はあ……」
「もう一生分笑った……貴様のせいだ」
普段使わない筋肉が疲労困憊している。肋骨が折れなかったのは不幸中の幸いだった。
「ああ……ある意味、修行を経てレベルアップした気分だ」
「やかましい」
死闘のあとの如く地べたを這いながら、どうにか水筒を開けて喉を潤す。
「頼むからもう、絶対に、面白いことを言うな……ぶり返す」
「そっちこそ……う」
ヒュンケルが振り返った先には、寝不足でぐしゃぐしゃなラーハルトの仏頂面があった。
頭のてっぺんに、ちょこんとスライムを乗せたまま。
ふたたび爆発した笑いの発作が収束するまでに、更に小一時間を要した。