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    Jeff

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    お題:「高嶺の花」
    #LH1dr1wr
    ワンドロワンライ参加作品
    2024/04/28

    出待ちの陸せん騎💐

    #ラーヒュン
    rahun
    #LH1dr1wr

    Etoile ヒュンケルは頬杖をつき、あらためて目の前の男をじっと見た。
     ベンガーナ中心街をやや外れた、洒落た一角のカフェにて。
     初夏の風を楽しむ余裕もないのか、ラーハルトは呆然と掌を見つめたままだ。
    「そろそろじゃないか」
     ヒュンケルが声をかけると、ああ、と蚊の鳴くような声で答える。いつもの鉄面皮はどこへやら、頬の産毛が数えられそうなくらい幼く見える。
     久しぶりだ、相棒のこんな姿は。
     ヒュンケルはほくそ笑んで、冷たいライム水を一口含んだ。
     
     彼の相棒、世界一の戦士ラーハルトは。
     意外なことに、惚れっぽい。

     数年前なら、魔界まで踏み抜く大喧嘩に発展していただろう。実際何度か揉めて、罪もない山岳が半分消し飛んだりもした。
     だが、長年連れ添ってヒュンケルは理解した。
     これは、ダイやバランへの度を越えた思慕に似た現象だ。
     ラーハルトは一度入れ込むと、時々可愛らしいほど理性をふっ飛ばしてしまう。
     今回はわかりやすかった。王立舞踏団の公演に招かれて以来、大変様子がおかしかったのだ。
    「彼女は……ええと、その、主役の歌姫は」
    「歌姫じゃない」とラーハルトが訂正する。
    「最上位の踊り子エトワールと言え」
    「すまない。そのエトワァルの女性は、お前のことを知っているのか?」
    「知るわけないだろう」
    「あんなに何度も舞台を見に行ったのに?」
    「当然だ。俺は有象無象の観客に過ぎない。だが、彼女は。彼女は素晴らしい――あの跳躍、あのスピード。針の先ほどのズレも許さぬ正確性。ああ、戦士であれば一個中隊に匹敵するセンスを、架空の悲劇を演じるためだけに惜しげもなく注いでいる。天才だ。お前も見ただろう」
    「一回だけな」
     と、ヒュンケルがまたライム水を飲む。「確かに良い舞台だった」
    「良い、だと? 言葉が足りぬ。至上の芸術だ。天が与えたもうた才能だ。民衆のせいで異教の恋人と引き裂かれる場面、あの慟哭。見事と言うほかはない。あの物語は彼女の舞踏が支えていると言ってもいい。人柄と人望も申し分ない、いつだって彼女は同僚や友人たちに囲まれていて、誰からも愛され、尊敬されて――」
     ……それくらいの賛辞を、俺にも浴びせてくれないものだろうか。たまには。
     三十回以上聞いた説明を聞き流しながら、ヒュンケルはぼんやりと劇場の裏口を見やる。
     と。
     がた、と椅子を鳴らして、ラーハルトの腕を掴んだ。
    「おい、出て来たぞ。彼女だ」
     ラーハルトはびくりと肩を震わせ、おそるおそる振り返った。
     ヒュンケルは硬直したままの相棒を叱咤し、その手にスズランの花束を握らせる。
    「しっかりしろ。また旅立つ前に感謝を伝えるんだろう。彼女の好きな花まで調べ上げたのに、ここで怯んでどうする」
    「わかって……いる」
    「行け。世界最強の戦士、陸戦騎ラーハルトよ。ここから見ててやるから」
    「う」
     ラーハルトは遂に立ち上がり、小さな花束をぎゅ、と胸に押し付けると、よろよろと歩き出した。
     あと十数歩。
     目と鼻の先に、彼の女神がいる。
     全公演を終えて安堵しているのだろう。
     蜂蜜色の髪をそよ風になぶらせて、大きく伸びをした。
     ラーハルトは慎重に、一歩、また一歩と彼女に近づいていく。
     ――地上広しと言えども、この男のこんな姿を見届けられるのは自分くらいだろうな。
     ヒュンケルはちらりと思いつつ、固唾を飲んで行方を見守る。

    「母さん」

     突然、澄んだ声が響き渡った。
     足を止めたラーハルトのすぐ横を駆け抜ける、子供の姿。
     五、六歳だろうか。彼女によく似た金髪の男の子。
     踊り子は、朝焼けみたいに微笑んで両腕を広げる。
     ぱふ、とスカートに抱き着いた子供を思い切り抱きしめ、手を繋いで。

     ……数分後。
     ヒュンケルは、はあ、とため息をついて、二人分の会計をテーブルに並べた。
     ラーハルトの分のコーヒーを少し飲んでから、ゆっくりと歩み寄る。
     立ち尽くしたままの相棒の肩を、優しく叩く。
    「いいのか」
     ラーハルトは潤んだ視線を見せないように顔を背けて、
    「いいんだ」
     と絞り出した。
    「親子の時間を邪魔できるわけがないだろう」
    「ああ」
     ぐしゃぐしゃな顔だが、ラーハルトは心から幸福そうだった。
    「彼女の輝かしい未来を願ってやまない」
    「そうだな」
    「最高の気分だ」
    「ああ。わかったから。さあ」
     代わりに貰ってやるから、とスズランを奪い取って、強引に肩を組む。
    「帰るぞ」
    「……う」
     相棒は顔を覆って、こくこくと頷いた。ヒュンケルにもたれかかりながら、かろうじて帰途に就く。
     他の使徒たちが見たら腰を抜かすような光景だ。
     
     ちょっと羨ましい、と、ヒュンケルは思う。
     何かに夢中になるというのは、どうも、素敵なことのような気がする。
     現実と理想を切り離して、無償の愛を解き放つ。悪いことはなさそうじゃないか。
    「俺も誰かを追いかけてみようかな」
     ヒュンケルが何気なく呟くと、
    「だめだ」
     目尻をぬぐいながら、身勝手な相棒が即、否定する。
    「お前はだめだ。思い込みが激しいし」
     失礼な。そっちこそ。
    「それに、俺のものだからな」
     ……なんてわがままな。
     ぷふふと噴き出して、ヒュンケルはラーハルトの耳を思い切り引っ張った。
     冷徹で美麗で、実は底なしに面白い半魔の魅力に、一生抗えそうにない。
     次は何を言い出すのか、楽しみで仕方がない。
     
    「滞在延長の宿泊費分、俺の言うことを聞く約束」と、ヒュンケル。
    「分かってる、覚えてる」
    「何を買ってもらおうかな」
    「おい。はだめだぞ」
    「まだ何も言ってないだろ」
    「金額の問題じゃない。魔界古典文学全集なんて、旅の邪魔だ」
    「ケチ」
    「なんだと」
     スズランの淡い香りが、午後の日差しに溶けていく。
     ほこりっぽい旅の合間、つかのまの休息とともに。
     
     
     
     
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