コウモリピンの帽子「おい、『俺』。先に突っ込んで統率乱してこい」
「あんたが斬り込んだ方がよくね?」
「斧あるだろ」
預けられている刃に銀を被せた手斧を片手に、ロナルドは鼻を鳴らして軽く素振りをした。ぶん、と程良い重さの掛かる音がする。
「んーじゃ、いってくるわ」
「親玉は任せろ」
「頼むぜ」
伏せていた身を起こすと同時にとんとコンクリートの縁を蹴り、暗渠へと飛び降りがてら群れていた巨大化した吸血ヒルを何体か踏み潰し目の前にばしゃりと頭を上げた一体を斧で絶つ。やすやすと塵にはなるが、なにせ数が多い。まるでみみず玉かボラの群だ。
集合体ダメなひととか竦むだろうな、あいつは怖がって死にそうだ、と今ここにはいない同居人のことを考えてちょっと笑い、ロナルドは次々と浅い水の中を蠢いているヒルを塵にした。頭上から差し込む光は限られているが、上で戦況を見ているもう一人の自分が的確にライトで次に攻撃態勢を取ろうとする個体のほうを照らしてくれる。器用なもんだな、と考えながら、ロナルドは斧を振りつつ片手を差し出した。過たず掌に当たったライトを受け取り、前歯で噛んで咥える。
照らされた正面、暗渠の奥に、ぬっと赤い光が見えた。親玉の目だろう。ヂヂ、と鳴いた声はヒルではない。
おっとこれは、と軽く後退したロナルドの正面に、ばしゃ、と水音を立て長いコートを翻して降りた退治人が、しゃがんだ姿勢のまますかさず銀の弾を放った。同じ身長、似た体格の相手だ。立てばロナルドの照らすライトの明かりを遮ることになる。
ダンダンダン、と暗渠に響く銃声を木霊させながら立て続けに撃ち放ち、ばらばらと薬莢を落としリロードする。無駄がなくスマートで、前は俺もできたけどなあ、今は吸血鬼叩きがメイン武器だしな、と内心で溜息を吐きロナルドは暗渠の奥を照らし続けながらヒルを潰し、斧で絶つ。
「なあ、吸血ネズミが合体することってあるか?」
「俺のほうのシンヨコではなくはねえけど……」
「マジかよ……」
はは、と軽く嗤い、もう一度リロードして退治人は闇の向こうへと銃口を向けた。身をくねらせながら飛び掛かってきたヒルに斧を振い、ロナルドはその闇をライトで照らす。それを待っていたかのように蠢いた赤い目を持つ巨体へと向け、退治人は銀の弾を撃ち込んだ。六発全てだ。
ギャアアァ、とまるで人間のような断末魔を上げどざどざと塵の落ちる音が立った途端、今まで群がっていた吸血ヒルが一気に暗がりへと向けて逃げ出した。統率の取れている動きではない。催眠が解けたのだろう。
取り敢えず追える分を二人で叩き、はあ、と顔を見合わせぱんとハイタッチをし、ロナルドはウエストへと手斧の柄を差し込んで軽く助走をつけコンクリートの内壁を蹴り暗渠から上がった。手を貸そうかと振り向いたときには、もう一人のロナルドもまた帽子を押さえ、とんと軽い靴音を立てて上がったところだった。
「べっしょべしょになっちまったな」
「ギルド寄ってくか?」
「いや、俺はギルドにはそんなに世話になってなくてな。とはいえVRCには連絡しねえと、ヒルは増えるしな」
「これだけ増えてたのは親玉がいたからか」
「もともとヒルは増えやすいが、餌がなければここまで大量発生することもないからな。操られて群でほ乳類を襲って、血を吸ってたんだろう。餌が潤沢ならまあ、増えるしな」
ネタにはなった、ちょっとゲテモノだが、と言いながら取り出した手帳にさらさらとメモを取り、内ポケットへと入れて退治人はロナルドを誘った。
「とにかくいったん俺んちに行こう。シャワー浴びて、お前も着替えないとな。前に使ってた退治服貸してやるよ」
「おお、サンキュー。つか、退治服そんなに持ってんの」
「イメチェンしてみようかと作ったことがあって……ま、結局こっちの枢機卿モデルに戻しちまったんだが」
「す、枢機卿モデル?」
「ア?」
隣を歩くロナルドをじろじろと見、退治人は怪訝な顔をした。
「お前のもそうだろうが」
「そういや、メドキがそんなこと言ってたかも……」
「自分の退治服のモチーフがなんなのかも知らずに着てんのかよ」
水が跳ねたか濡れた帽子を取りぱっと払ってはは、と笑う仕草もスマートだ。ずりぃ俺もこうなりたかった、と溜息を吐きながら、ロナルドはびしょびしょに濡れたコートを脱ぐ。ぎゅっと絞ってふと視線を感じ目を向けると、眺めていた退治人と目が合った。
「どうかした?」
「……あー、いや、いい身体してんなって」
「そうか? あんただって大して変わんねえだろ。……あーでも、ドラ公が押しかけてきてから筋トレに成果が出るようになってさ、たしかにその頃から考えたら結構ウエイト増えたかも」
「ああ……、そっちのドラルクも飯が美味いのか」
「それだけが取り柄だろ、あんなクソ砂」
「うちのドラルクはマジでもとは真祖にして無敵だったからな。不摂生が過ぎて弱体化してるだけだ。それだけってことはない」
「じゃあ規則正しく血飲んでればまた強敵になんのか?」
「そうならねえようにコントロールはしてんだよ。あいつを倒すはめになるのは、ま、最初はそのつもりだったが、今更ごめんだからな」
「そ、そう」
こちらのドラルクがどういう存在なのかは会ったことがないためわからないが、最盛期の姿に戻さないよう監視しているとでも言いたげなもう一人のロナルドの、けれどその本意はあの最弱吸血鬼を守ることにあるようだ。妙に素直で真摯な姿勢になんだかむず痒くなって顔を顰め、それからロナルドはぶえくしゅ、とくしゃみをした。ロングコートでぱっと我が身を庇い、退治人が顔を顰める。
「きったねえな、唾飛ばすな。鼻水出てんぞ。俺の顔でそういうのやめろ」
「んあ、冷えたかも」
「急ぐか。走れ」
「ち、ちょっと待てって」
たしか近くに車を停めていたように思うのだが、彼のマンションには自分たちなら走れば10分と掛からず到着するだろう。シートを濡らすのを嫌ったのかもしれない。まあたしかに、臭うドブ川ではなかったが生活排水の流れ込む暗渠だ。ロナルドだって、こんなぐしょぐしょの二人組を事務所に招き入れたいかと言えばノーだ。
ロナルドがここに来たのはつい三日ほど前だ。大量発生した吸血バッタをイナゴの大群じゃんこわ、と砂になったドラルクに死んでんなら帰れ! とキレ散らかしながらギルド総出で退治をし、その途中でうっかり何故か開けっぱなしになっていたマンホールに落ちた。これ結構ヤバいやつじゃんニュースになるヤツ! と焦りながらざぼ、と汚水の中に着地したつもりが、気が付くと巨大なコウモリを踏んでいた。ぽかん、とこちらを見た赤い退治人が、長い前髪と帽子の影から即座に瞳を光らせ落ち掛けた銃口を向けたので、ロナルドは慌てて両手を上げ、吸血鬼じゃねえよ、と叫んだ。
ドラルクはどうした、と詰め寄る妙に見たことのある顔をしている退治人にこっちが訊きたい、と半泣きでバッタを駆除していたらマンホールから下水に落ちたこと、なのになんでかここにいることを我ながら何の説明にもなってねえなと考えながら何度も説明し、存在が入れ替わったってことか、と落とし所を見付けたらしい彼と情報交換をして、どうも異世界にまた飛ばされたようだとロナルドは理解した。以前飛ばされた異世界とはまた別のようで、この世界にもロナルドとドラルクがいて、ロナ戦があるらしい。
衣装が少し違ったり、多少見た目に差異があったり、性格はそこそこズレているようだとはわかったが、概ねロナルド本人のようだった。こちらの世界のドラルクもまた、ロナルドの世界のクソ砂とはずいぶんと性格が違うようだ。否、性格は近いかも知れない。ただ無性に腹の立つ悪ふざけやいたずらをしないというだけで。
まあそこが一番なんだよあいつのムカつくとこ、と溜息を吐き、首にタオルを掛けてリビングへと戻ると先にシャワーを浴び終えていた家主が依頼書らしい書類を見ていた。
「シャワーサンキュ」
「おう。髪乾かせよ。また出るぞ」
「そんなに依頼詰まってんのか。あんた忙しいんだな」
「ヒルの後始末だよ。VRCから折り返し連絡があってな、逃げたヒルが結構な数戻って来ちまったみたいで、退治人の手が必要なんだと」
「忌避剤撒くなら日が出てからのほうがいいと思うけど」
「日が出るとあいつら隠れちまうだろ。見えてるうちに数を少し減らしておきたいらしい」
なるほど、と頷いて、ロナルドはわしわしと髪を拭った。ソファで形のいい脚を組み書類になにか書き込んでいた家主が、ちょいと二人掛けのソファを指差す。
「そいつ着ていけ」
「さっき言ってたやつか」
靴下までひと揃い用意されていたまるでドラルクの着ているようなドレスシャツにベスト、スラックスを着て、裏地が青紫の短いマントを羽織る。コウモリの羽根のような飾りのついた中折れ帽は割に深くて、つばの影に目元が隠れるようだ。
「サイズは良さそうだな。お前でかいから俺のじゃきついかと思ったが」
「だからそんなに違わないって……これ、吸血鬼モチーフか?」
あー、と退治人は少し口籠もる。
「……帽子の羽根はラペルピンだからな。外せるぜ」
「別にいやだってことじゃ……あ、あんたのとこのドラ公モチーフとかだったり」
軽口のつもりだったのにじろりと睨まれて、ロナルドはぴゃっと肩を縮めた。
「お、怒んなよ」
「怒ってねえよ。行くぞ。今度こそ車持って帰るからな、汚れるなよ」
「わかってるよ」
やっぱりこいつ怒ってない? 冷たい、とちょっとしょんぼりとしながら、手斧と銃を掴んでロナルドはさっさと出て行く退治人を追った。
「退治人君絶対心配してるよ、どうしよう」
「うちの若造も戻ってこないんだよなぁ」
多分君と入れ替わったんだろうな、とテーブルの角にぶつかって死んだ砂の山が言って、ナスナスと即座に復活した。はあ、とドラルクはそれに見蕩れる。
「いいなあ。私も君みたいにさくっと復活出来れば退治人君を待たせることもないのに」
「いや私のは唯一の能力みたいなもんだからな!? 変身もできるけども! ちょっと失敗癖ついてるし! 君はもとは強かったんだろ? 能力も大抵のことはやれるんだろうが。そっちのほうが絶対いいだろ! ていうか不摂生正してさっさと最盛期に戻りなさいよ」
そうすれば自力で帰れるかもでしょ、と言いながらボトルを出してきた同一存在らしき吸血鬼に、ドラルクはあはは、と困り笑いを浮かべてかぶりを振った。
「弱ると退治人君に怒られるし今はそれほど不摂生ではないんだけど、あんまり戻すとそれはそれで怒られちゃうなあ。あ、でも彼、絶望的な戦いとやらがしたいみたいだから私が力を取り戻したら楽しんでくれるかな?」
「怖い怖い怖い! 何!? そっちの私はドMなの!?」
「どちらかというと退治人君のほうがマゾの素質ありそうだよ」
「………ま、うちの若造もそういうとこあるけど、君のところの若造のほうがヤバそうだな、なんだか」
「自伝のネタにしたいんだって。マンネリで困ってるって言ってた」
「600万部ねえ。めちゃくちゃ売れっ子じゃないか。作家業でやってけばいいのに」
「私もそう言ったことがあるけど、ネタが必要なんだって。もうどっちが本業かわからないよなあ」
はは、と笑い、でも、とドラルクは頬杖を突いた。とんとぬるくしたチェリーボーイが入ったマグカップが置かれる。気を遣ってくれたらしい。なんだかんだ言いながら、こちらの自分は随分と客を気遣うドラルクだ。
「退治中の彼、かっこいいんだよね。ファンによく囲まれてるのもわかるってかんじ」
「ほーん……」
「君のところの退治人君もかっこいいんでしょ?」
「たまにほんとに人間か? って思うような無茶苦茶なとこがあるくらいは強いけど、かっこつかないことが多いよ。こっちのシンヨコじゃ、ポンチ吸血鬼が多発するからな」
「ポンチ?」
「変態ばっかり出るんだよ。君も戻れるまであまり外出るなよ。私と違って死んだら致命的すぎる。いや致命的も何も死んでるんだが」
「………やっぱり羨ましいなあ。君くらい素早く復活したり、塵の状態でも意識があれば、もうちょっと自分でなんとかできるんだけど」
「復活速度が遅いのはもともとなの?」
「というか、昔は別に塵になることなんてなかったからな……」
それはそうか、と肩を竦め、向かいに座った自分は使い魔を抱いてカウンターに置いていたココアの入ったマグカップを手にした。
「はい、ジョン。ちょっと熱いからふーふーしような」
「………私のジョンも心配してるかも」
「城に残してきたのか?」
「いや、現場が退治人君の部屋のほうが近くて、退治が終わる頃には夜が明けそうだったから彼のうちに避難する予定になってて、そっちに連れてきてたんだ。だから退治人君が無事なら、面倒は見てくれてると思うけど……彼のところ、ツチノコとかカボチャヤツとかいるし、世話は慣れてるんだよね」
「カボチャヤツってなに……いやツチノコ?」
「ここの事務所のメビヤツにちょっと似てるかな? カボチャのランタンが眷属化しちゃって」
「き、君の?」
「いや、退治人君の」
「そっちのロナルド君吸血鬼なのか!?」
「人間だよ。メビヤツだって眷属化してるじゃないか。あれ、君がしたんじゃないだろう?」
「えっ、いや、えっ?」
情報量が多いな、と混乱しているらしい吸血鬼の首を傾げ、ドラルクは牛乳割の血、というには随分と血液の量の少ないそれを飲んだ。ほどよいかぐわしさがちょうどいい。
「君、チェリボ作るの上手だね」
「上手とかあるのかこれ。まあ普段から飲んでるからね」
「牛乳主食なの? 私とおんなじだな」
「君はもうちょっと血も飲みなよ……私が言うのもなんだけども……」
なんだか呆れた顔をしながら、もうひとりのドラルクはスマホを眺めた。
「お祖父様、そろそろ来るみた……あ、」
来たかな、と窓へと顔を向けた自分の呑気な態度とは裏腹に、ドラルクは反射的に立ち上がり身構えた。それからぞっと全身に緊張が走る。ばさばさばさ、と小さなコウモリの大群が渦巻き、窓の下へと巨躯の吸血鬼がぬうと立った。赤い目が、おや、というようにドラルクを捕える。
「真祖のドラルク」
「そうです、他の世界の私ですよ。すみませんお祖父様、呼び出してしまって」
「いいよ。片付いたら遊ぼう」
「ロナルド君が留守の間に仕事が溜まってまして! 忙しくてですね! ちょっと暇が取れないかと!」
そうなの、と表情は変わらないもののしょんぼりとした老吸血鬼に口を開きかけたドラルクを、もうひとりのドラルクが慌てて押さえた。ひそひそと怒鳴るという器用な真似をする。
「余計な事を言うな! 帰る前に遊ぼう、なんて言われたら、君何回死ぬかもわからんぞ!」
「え、」
「お祖父様は台風みたいな方なのだ! 悪気はないがこっちの体力が持たん! いいからさっさと帰ってうちの若造を戻してくれたまえよ!」
仕事が溜まってるのは本当なんだよフクマさんが来る、と真祖の祖父の話とはまた違った恐怖の表情を浮かべて震え上がった吸血鬼に、わ、わかった、とドラルクは頷いた。
「その、……どうすれば」
「魔法陣描くね」
言うが早いかべろ、とカーペットを剥ぎ鼻歌を歌いながらすごい早さで魔法陣を描いていく真祖の手元を眺め、ああなるほどこれなら帰れそう、とドラルクは頷く。
「すごいねえ。君のお祖父様、魔術も使えるの」
「何でもできる方なんだよ。というか君、これなにかわかるの」
「私は魔術までは試したことがないけど、まあ知識としては多少は」
「………マジかー。若造には会わせたくないな絶対。君と比べられそうだ」
いなくてよかった、と溜息を吐く吸血鬼に、ドラルクは首を傾げた。ちらと楽しそうに魔法陣を書いている真祖を見、それからそっと耳打ちをする。
「こちらの君たちは、伴侶、というわけではないの?」
ぎょっとしたように吸血鬼がドラルクを見た。同じ顔のはずだが表情が違う気がする。それとも自分もこんな豊かな表情をするのだろうか。無事に戻れた暁には、退治人に訊いてみようかと思う。
「え、き、君たちはその、そういう……」
「うーん……仕事のパートナーだよ。ただ、戻れたら訊ねてみようかとは思っているけど」
「な、なにを?」
「公私ともにパートナーになる気はないか、って」
だってベッドは共にしてるんだよね、彼はそういうの気にしないのかもだけど私は気になってたんだ、とうんうんとしたドラルクに、もうひとりのドラルクはドン引き、といった顔をした。
「そっちのロナルド君クズ野郎だな!?」
「と、突然の罵倒。いや、まあ、彼モテるし、そういう価値観になるのも無理ないのかも」
「モテっぽいなとは思ったけども! うちのゴリラとは全然違うな……」
「そもそもゴリラじゃないしねえ。何事にもスマートだよ……いや、締め切りに追われてるとたまに様子がおかしいけど……」
まあ君たちが全然違うのはわかったよ、と笑って、ドラルクはできたよ、と手招いた真祖に頷き魔法陣へと足を向けた。
「会えなかったけど、君の退治人君にもよろしくね」
「あ、ああ、伝えておこう」
「じゃ、世話になったね。ジョンもさよなら。私と仲良くね」
「ヌヌヌヌ!」
ぱたぱたと手を振るジョンににこりとして、ドラルクは光を放ち始めた魔法陣の真ん中へと立ち、呪文を唱える真祖の声に目を閉じた。
「あれ!?」
「こわいーッ! なに!? 斧!? ついに殺人鬼にでもなったのか若造!!」
「いや今めっちゃヒル退治してて……」
「じゃあ帰るね、ドラルク。ポール君もお疲れさま。仕事が終わったら遊ぼう」
「え、あ、はい」
「ばか!!」
約束、と口髭の奥で笑ったような真祖が、ばたばたとコウモリとなって開いていた窓から去って行く。ロナルドははっと足下を見た。
「土足!! いや、てか、落書き!!」
「その魔法陣のおかげで戻って来れたんだぞ! チョークだから掃除すれば落ちるわ文句言うな!」
「えっ、あ、おう。…………心配した?」
「そうでもない」
「そこはしたって言えよ!」
「いや、君と入れ替わりで私が来てて、彼が元気だったし、ならロナルド君も無事かなって」
ていうかその格好なに、と首を傾げるドラルクとジョンに、あ、と自分の姿を見てロナルドは肩を落とした。
「仕事着一着向こうにおいてきた……」
「ああ、あっちの世界で調達したのか」
「俺がもう一人いて、退治人しててさ。仕事手伝ったら汚しちまったんで着替え貸してくれたんだよ」
銃は持って帰って来れてよかったわ、と溜息を吐きながら、ロナルドは帽子を外しコウモリの羽根のブローチを眺めた。
「吸血鬼モチーフか?」
「たぶん向こうのドラルクモチーフじゃねえかな。訊いたらめちゃくちゃ睨まれたけど」
「へえ、」
ほう、ふうん、となんだかにやにやとしているドラルクになににやついてんだ気持ち悪いな、と半眼になると、最弱吸血鬼は嫌そうな顔をした。
「私は結局会えなかったが、あっちの世界のロナルド君は君とはぜーんぜん違うんだろうなあ」
「はあ? まー……けっこう違ったけど……」
「いい男だったんだろ」
「うっせ。俺だっていい男だわ」
「そうだな。ゴリラの中ではイケメンなんじゃないか」
「ゴリラじゃねえわ殺す」
ごす、と殴り砂にして、久々だななんか、と妙にスッキリした気持ちでロナルドは靴を脱いだ。なにスッキリしてんだ殺しといて、と腕だけ蘇ったドラルクが中指を立てている。
「着替えるわ。なーんか落ち着かねえ」
「そうだな。人様の想いの結晶着てるようなもんだしな」
「なに?」
別に、と説明する気もないらしいドラルクは蘇り、マントを外してジャケットを脱いだ。ひょろりとした姿にエプロンを着ける。
「なんか食べるだろ」
「食べる」
「食ったら原稿やりなさいよ。フクマさんがくるぞ」
「あ!?」
慌ててスマホを見、日付を確認してロナルドは脱いだマントとベストをソファに置いた帽子の上へとばさりと投げかけ慌てて事務所へと突進する。
「原稿しながら食うから片手で食えるものにしろ!!」
「はいはい」
呆れたような返事とヌー、と鳴いたジョンの声を背に聞きながら、ロナルドはばんとドアを閉めてパソコンへと駆け寄り、電源を入れて早く立ち上がってくれとそわそわと爪を噛んだ。
閉じたドアの向こうで、まあ我々はこんなかんじだしな、公も私もパートナーではねえわ、と同居人が溜息を吐いていたことは、知るよしもなかった。