ベランダベランダ
あーあーと夜中に泣いてる声が聞こえる。
L字型デスクの上の液晶にAM2:51と表示されている。今日と明日が繋がってもうすぐ3時間が経とうとしていた。
明日になったからって、朝から仕事でも無い。
焦るほどの事もない。
しかし、子供が泣いてる。行かなければ。
すぐに寝室へ向かうと、キングサイズのベッドの真ん中で子供がモゾモゾ暴れている。
シーツを蹴って、コロコロと回転したりする。
本人の瞳からたくさん涙が出て不快そうだが、可愛い。
「きよたかぁ〜」
抱き上げようとしたが、暴れてぺチッと頬を叩かれた。
「オイオイ〜、マジビンタされちゃったよ〜。ひどいなぁー、きよたかくん〜」
「あ〜っ、あ、やぁーッ」
「おーおー、何が嫌なんだー?」
もう一度しっかり抱き上げると、潔高は手を顔に当てて泣いた。
潔高は毎晩の夜泣きが激しいのだ。昼間は大人しくて良い子だが、眠ると何か怖い夢でも見るのか、泣き出す。
夢を見てるか、なんてのも実は分からない。
まだ潔高はおしゃべりが出来ない。
本当はもうおしゃべり出来てもおかしくないのだが「あ、あ」「う?」とかしか言わない。
それでも賢くて、俺の言う事は理解してる節がある。
潔高とベランダに出る。
バルコニーだなんて、最初に間取りに書いてあったが、ベランダだろ。
見上げても都会には星なんか見えなかった。
その代わり、マンションの最上階から見下ろした夜景はまぁまぁ、綺麗だ。
「見ろよ、きよたかぁ〜、地上の星だぞ〜あははは、みゆきかよ!」
「ぁああーーっ!」
俺がデカい声で笑ったら、もっと激しく泣いた。
おっと…さすがに、防音が優れているマンションだからって、ベランダで泣き叫んでいたら、近所迷惑になるな。
「ま!いっか〜!ここ、俺のマンションだし!」
「やーっ、やっ!あう〜っ」
俺の声がイヤなのか、潔高は首を振った。
あーあー、泣き止まねーな。むしろ、泣かしてる気すらする。
「きよたかぁ…ほらほら、泣くなよ〜。明日、シャボン玉で遊ぼ〜な?百均に買いに行こーぜ?」
「やー、あ、あ…はぁ…あ」
落ち着いて来たのか、ふうふうと息を整えている。寄せていた眉を少し、和らげ、胸をひくひくと上下させた。
潔高を抱き直し、頭を撫でてやる。サラサラの黒髪が心地良い。
ほんのり頬を赤くさせて、前よりもふっくらした弾力を唇で楽しむ。
チュッと音を立てて、唇を離すとすっかり静かになった。
「おやすみ」
親父に子供が〜、結婚が〜ど〜のこ〜のと言われた時、俺の頭にはめんどくせぇしか無かった。
この俺に出来ない事など、この世にはほぼ無かったが、そのほぼの内の事がソレだった。
結婚?まだ若いんだから、遊びたい。それに女と上手くやれる性格じゃねーよ。わかんだろ?
今まで俺のスピードに着いて来れた人間が、あまりにも少ない。
女はショーコくらいだ。しかし、ダメダメ、ショーコの事は男友達と同じだ。アイツも男みたいな性格だし…。
女の方が絶対に、俺を嫌いになって出て行くのは決まってる。
もう、既にこのマンションから何人も見送っているからだ。
一生一人でいいっての。独身貴族っつーか、本当に貴族みたいなもんだからな…。
財産もマンションも株もあるし、子供の一人や二人育てられる金はある。
子供をもらってくるしかない。
悪いが、人生は先手必勝だ。親に許嫁だお見合いだなんだと言われる前にさっさと、宿題を済ませておこうと思った。
やっぱり、俺は出来の良い子じゃねーか。
3ヶ月前に友達の知り合いの知り合いの知り合いの遠い友達?の女の家から、ガキをもらった。
女には金を渡してやったし、喜んで何もかも明け渡し、居なくなった。
アパートの小さな部屋に入ると、散らかっていた。
あーあー、捨てろよな〜ゴミ。
誰も居ないリビングと、キッチンには空の粉ミルクの缶が転がっている。
トイレ、バスタブ…。
「…………」
バスタブの中に毛布と一緒に子供がじっとしていた。
「きよたかくんですかー?」
名前を呼ぶと、ピクッと反応して毛布を抱きしめたまま見上げてくる。
「……」
黙ったまま、目を丸くして、驚いている。
そりゃそうか、知らない男が来たら…怖いか。
「きよたかくーん?」
「……ぱ、ぱ?」
「ハ?…誰がパパじゃい」
首を傾げて「う?」と言って俺に指を向けた。
「俺は五条悟くんでーす。さとるって呼んでね」
「う?」
「…あー、いいや、おいで〜」
潔高はおいでと言うと、手を伸ばして来た。バスタブからは一人で出られないらしい。もしかしたら、閉じ込められていたのか?
抱っこしてやると、軽くて驚いた。
服越しに骨が当たる。ちょっと痩せすぎている。
「潔高くん、俺とお家に行きます。持って行くものはないですか?」
「……?」
首を傾げて、目を見つめてくる。
「潔高くんの好きなおもちゃとか、ぬいぐるみとか…大事なもの」
リビングに行くと、床の上をざっと見た。
おもちゃは一個も転がって無かった。
潔高も同じように見つめて、首を傾げる。
「大事なもの、無いね」
「まま」
「あー…ママ?大事なモノだね…あー、ごめん…」
そうか、ママは大事か…。
「…他には無いの?」
「…うーん…」
「そっか。じゃあ、服とか持って行こうね」
「?」
潔高くんはまだ自分の事がどうなってるのか、分かってないみたいだ。そりゃそうか、ママに捨てられちゃったなんて、知らないだろ。
プラスチックのタンスから服を取り出して、椅子に掛けてあったトートバッグに入れる。
潔高は悟の動きを見て、黙って大人しく待っていた。
「潔高くん、行こうか。お家帰ったらお風呂入って、ご飯食べよう」
「…おろ?」
「おふろだよ。一緒にアワアワにしよう。楽しいよ。ご飯はなんかテキトーに買ってくか」
「…んう?」
抱っこされても、大人しくて助かる。
暴れたり泣いたりすると思って、覚悟してたのに拍子抜けした。
結局はあの後、ママが来ない事に気付いて泣いたけどね。
あの日から3ヶ月ほど経ったけど、潔高くんはしゃべらないし、あまり表情もない。夜泣きはするけど可愛い子だ。黙ってても、俺を見て何を言われてるのか、理解するし、行動する。
この間の事だ、家でリモート会議していた時。
「お疲れサマンサー!さぁ、お菓子食べながら会議の時間だよ!みんな、お菓子と飲み物は用意したかなぁ〜?」
『はーぁい!』
「お、灰原くん、いい返事だね!?お菓子は何を用意したかな!?出来ればプレゼンしなさい」
『ちょっと待ってください、聞いて無いんですが?』
灰原の隣に映る七海が不満そうに挙手した。
『え?七海聞いてないの?夏油さんから、リモート会議にはお菓子と飲み物は持ち込み可って聞いたけど…』
『あのですね、可ってだけでやれとは言われてないでしょう…それに、お菓子のプレゼンが仕事だなんてふざけてませんか?私は仕事の資料を作って来たんですが』
「七海くんはお菓子無しですねー、はーい。他の人ー」
その他は経験済みなのか、おもむろにグミやチョコやらを出している。
七海の顔が驚き、それからムッとしていて笑えた。
「僕はさ、お酒飲めないから、飲みニケーションの代わりにしてるの。今度は七海もオススメのお菓子食べながら会議しよーね!」
この会社は飲み会や無駄な会議が無い、良い所だと思ったが、違ったようだと七海はコーヒーを飲みながら虚無を味わった。
腹立つので、次から祖母から教わったお菓子でも作ろうか。
お菓子のレビューが終わった所で、キチンと仕事に入る。
その後もモリモリとグミを食べる同僚、アン◯ン◯ンチョコを舐める上司を見て、なんだこれは…と七海の目は細まる。
噛む事で眠気を削ぐ事も出来るが…やっぱりおかしい気もする。
「ハイ。じゃあ、時間なので終わります」
五条が時計を見ている後ろで、ドアが開いた音がする。
下を見て五条が「きよたかくん、どーしたの?」と急に赤ちゃんに話しかけるような声を出した。
『え?なんですか?』
「あー、紹介するね」
抱き上げて膝に乗せた潔高をカメラに映す。
「僕の子供の潔高くんでーす!可愛いでしょ〜」
エッ、五条さんって結婚してたっけ!?
五条さんに子供!?やだ〜、ショック!
周りがそんな顔をしていて、七海は心底どうでもいいと思った。
「きよたかくん、どうしたの?」
「う、ない」
五条を見上げて、グミの袋を見せる。
「開かなかったんだね?」
「ない……」
「お願いしますってしてごらん?」
「ね、ね、して?」
ぺこりと頭を下げて、お願いのポーズを取る潔高に画面越しの社員達が「可愛い…」と目を細める。
「おねがいのね、みたいだね。してください、のしてなんだろうね」
この暴君が、子供の言いたい事を察するなんて、誰も思わなかった。
封を開けると、子供に渡して頭を撫でる。
子供がグミを取り出すと五条の口元に持って行った。
「あ、なに、くれるの?あーん」
もぐもぐと噛んでいる所をじっと見上げて、飲み込んだらまたグミを食べさせようとしてくる。
「なに?お前が食べるんじゃないの?」
「う?」
「ほら、潔高も食べな」
「や」
「イヤなの?」
首を振って、口をへの字にするとグミを渡していやらないと示す。
「潔高、くれるの?」
「んー、ん」
五条の唇をツンツンと指で突いて、少し興奮して、膝の上で揺れた。
「ありがとう、美味しいよ」
潔高は満足そうに目を閉じて、五条のお腹に抱きついた。
そのまま潔高を抱っこして画面に向かい、笑う。
「どーだ、可愛いだろ!」
『ハ〜〜〜ッ………天使ですか…』
案外と七海が一番ハマって、彼から海外製のクマのぬいぐるみとお菓子やおもちゃが送られてきた。
七海の熱望で仕事の合間に、潔高をリモートで見せたりしたら、喜んでいた。
潔高を連れて、近くの百均へ行く。手を繋いで歩きたいが、僕と潔高の身長差が激しいので、抱っこして歩く。
潔高は抱っこされたがるので、それはそれでいい。
玄関を出て少し歩いて、大きな道に出る時、手を伸ばして「だっこ」のポーズを取るので、めちゃくちゃ可愛い。
運動不足にならないように、今度から歩かせてやらなきゃいけないのに、無理そうだ。
「抱っこ、してくださいって言うんだぞ」
「だこ…して」
「ンンッ…!!まぁ、今はそれでいいよ…」
抱っこしてやると、首にギュッと抱きついてくる。子供の体温が熱くて、心地いい。
五条の顔の横で潔高が「どこ?」と聞いてくる。
「あー?シャボン玉しようぜ、潔高。大きいの屋根まで飛ばすんだよぉ」
まーぁ、僕ん家、最上階だし、屋根から飛ばすんだけどね?
「しゃ?…ぼ?…なに?」
「しゃぼんだま。ふーって膨らますんだよ。お風呂でもやったでしょ?」
「おろ?あ、ふーふー?」
「そうそう、ふーふーだよ。潔高、楽しかったね」
「ん、しい」
潔高が泡風呂を思い出したのか、瞳をキラキラさせる。
抱き直すと黒い瞳と目を合わせて、笑いかける。
すると少しだけ微笑んでくれる。鏡のように。
可愛すぎるので、頬にかぶりつくとパタパタと暴れる。
「きゃ、あ」
くすぐったいのか、仕返しにぺたぺたと頬を触られる。
キスしつつ入店して下ろす、潔高はキョロキョロと見渡した。
「おいで、潔高。シャボン玉こっちだよ」
先に歩いて振り向くと、パッと顔を上げて僕を見て走ってくる。
可愛い。すぐに追いついて、足に抱きついてくるけど、抱っこはしない。
「シャボン玉どれにしようか」
一角にあるシャボン玉コーナーには、色とりどりのパッケージが並ぶ。
「おー、どれにしようかな。あ、コレ、カワイー」
スティック型の柄がユニコーンの頭が付いているシャボン玉。
ピンクとパープルで迷うな。パッケージには一度にたくさんシャボン玉が作れて、BIGサイズと書かれている。
「きよたかぁ、どれにする?」
しゃがんで、隣を見ると、潔高はユニコーンの隣にあった柄が傘の形を取った。
僕に向かって見せてくれる。僕と傘を交互に見ている。
「コレ?ユニコーンは?」
イエローの傘をギュッと握ると、首を振った。
「えー、じゃあ、僕はユニコーンにする〜。ユニコーン可愛いのに」
「かさ、かさ」
「傘だね。傘分かる?」
「あめ、ぱ!する」
「あー、パって開くね」
「これ、いい?」
「いいよ。イエロー可愛いね」
「いえ…?」
「色、だよ。これがイエロー、僕のユニコーンはピンク」
「ぴん…く、うま?」
「ユニコーンは…馬じゃないけど…」
「うま…?」
二本のシャボン玉を買って、そのままコンビニに寄っておやつとアイスも買う。
駄菓子がいっぱいあるコーナーにしゃがむと「潔高の好きなの、ここに入れていいぞ」と小さいカゴを渡す。
ア◯パン◯ンチョコを持ってポンポンと入れる。
「潔高、え、これ?」
「すき!」
潔高がちょっとだけ大きい声で、チョコを見て、僕の胸に押し付けてくる。
そりゃ、これは僕が好きだけど…。
「潔高、潔高が好きなやつ、入れな?」
「すき…?や?」
「やじゃねーよ。でも潔高の好きなのは?どれ」
「…や?」
僕の顔見て、首を傾げて不安そうに眉を下げる。
うーっと唸ると、潔高がグズりそうになる。
「やじゃない!やじゃない!好きだぞ!」
泣かれると困る。潔高は結構泣くと長引く。
チョコをカゴに入れ終わると、潔高は満足そうに息を吸った。
この前もグミ食わされた時と同じで、潔高が食べる事は少ない。
チョコだって普段は僕が食べてるし…。
あの日の会議中も、僕がこのチョコを食べて…。
「もしかして、僕が好きなお菓子だから選んだのか?」
「すき」
「…あ、好きって、僕が好きなお菓子ってこと?」
潔高は他のお菓子を取って、カゴに入れて行く。
中には海の動物ビスケット、ヨーグルトのラムネ、ふ菓子…。
「……僕が好きなお菓子ばっかりじゃん」
潔高は嬉しそうに見つけては、ぽんとカゴに入れている。
「あ、あ!」
僕の好きなお菓子を見つけて、声を上げて喜ぶ。
潔高は僕が食べてるお菓子を覚えてた…すごい、ちゃんと僕を見てるんだな…。
あまりにも愛しくて、泣きそうになった。
ヤベ、尊いってやつ??これ………。
スンッと鼻をすすり、潔高を抱きしめる。
「キヨタカァ……」
「や、やー!」
抱きしめて頭を撫でて、チューしまくったら、嫌がって、結局泣かしちゃった。
潔高が可愛すぎて、辛い。
コンビニでお菓子とアイス買って、泣きまくる潔高を抱いて帰った。
「キヨタカァ、ほら、機嫌直せよ…シャボン玉やろーぜ?」
潔高はそっぽ向いたまま、僕を無視する。仕方ないので、シャボン玉をひとりで吹いてみる。
ぷくぷく膨らみ、離れて飛んで行く。
ビルの隙間まで消えていく。
もう一度液に浸すと、次は大きく振ってみる。
ぽんぽんと色々な大きさで生まれては、消える。
「儚いねぇ…」
ベランダから部屋に振り返ると、潔高と目が合う。お菓子を選んでいたのに、僕が邪魔してチューしたから怒ったんだ。僕が悪い。でも潔高が可愛すぎるもん、たくさんチューしたい。
「きよたかくーん」
泣いた後の瞳はうるうるで、鼻を赤くさせていた。すんっと鼻をすすって、立ち上がってこっちに来る。
「シャボン玉しますか?」
しゃがんで、手を振ると黙って抱きついて来た。
「おぅ…っ!?」
可愛すぎる!
「うー…」と唸る潔高は眉を寄せて、また泣きそうな顔をする。
「おま、泣くなって…さっき泣いたばっかじゃん」
抱き上げると、スリスリと体や頭を擦り付けて、甘えたように見つめてくる。
うるうるな目線に弱くない男は居ない。
五条も同じようにスリスリと頬擦りした。
可愛い、甘えてるんだな…泣くと甘えてくる。
もしかして、泣いたら抱っこしてもらえると思ってやってるのか?だとしたら、とんだ小悪魔ちゃんだな…可愛い。
「潔高、好きだよ…可愛いね。いっぱい甘えなよ、潔高が満足するまで、やろうね」
「いっ、ぱい…しゅき?」
「ンンンッ!!可愛いな…僕もしゅき♡だぞ」
なんつー殺し文句だ、萌えすぎて顔が変な風に歪みそうだよ。
さっきコンビニで「すき」と言えたのに、またちょっと戻ってしまった。
でも良い、まだ成長しなくていい。だってすぐ成長したら、僕が居なくても良くなっちゃうだろ。
僕はずっと一緒居たいよ。
「最近、よく喋るようになったね?すごいよ」
「………すご」
「すごいな〜、潔高、最初はあ、うしか言えなかったのに…」
「しゅご…?」
「えらいなぁ〜」
潔高はふぅんって顔をしたけど、もう一度ギュッと抱きついて、ちょっとだけ笑った。
めっちゃ可愛いな、おい。
「潔高、シャボン玉やろう?」
「うん」
潔高は傘の柄を持って、ふーっと吹いた。
ぽつぽつと小さな泡がたくさん舞い上がると、潔高が嬉しそうにきゃー!と声を上げた。
「きゃーってカワイ…」
もっと大きいのを作ろうと、ふうふうと優しく唇を尖らせる。
「いーん!ちっちゃい唇、カワイ〜」
「やー!」
うるさいって言いたいのか、こっちを見て、ムッとした。
何かしてる時に邪魔すると怒るのか、何となく分かって来た。
「ごめんなさい。黙ってシャボン玉製造します」
ふたりで黙々とシャボン玉を作り続けて、周りがシャボン玉だらけになった。
ベランダから舞い上がり、消えたり落ちたり、風に乗って行ったりを見届ける。
潔高は遠くまで見つめて、小さく手を振っていた。
「ばいばい…」と小声でシャボン玉へ別れを告げる姿が可愛すぎて、口に手を当て悶えた。
ケータイで動画と写真を撮ったから、社員へ送ってやろう。特に七海が喜ぶ。アイツからもらったテディーベアは潔高が寝る時に抱っこしてる。
「おやちゅみ」ってテディーベアに向かって言う動画を撮って、七海に見せたらクソデカため息を吐いていた。
七海は子供好きなのか、潔高と遊びたいと言っていたのだが、僕の潔高だからダーメ。
そのうち友達作ったら、僕とは遊ばなくなっちゃうのかな。ヤダなぁ、友達作らせないぞ。
というわけで、まだ公園デビューはしない。
「潔高、アイス食おうぜ〜、僕はダッツ〜」
「だちゅ、あいちゅ!」
五条がぴょんぴょんスキップして冷蔵庫に向かうと、潔高がパタパタ走って追いかけて来る。
めっちゃ可愛い。ぜってー、他のクソガキと遊ばせねー。
「あいちゅ何がいーですかー?」
「め、めろ!まる!」
冷凍庫の中からメロン味のシャーベットを取り出すと、それ!と指をさした。
メロンの形、美味しい懐かしのアイスだ。
スプーンを持って、ソファに座ると潔高が僕を見上げる。
「ん?潔高も座りなよ」
「…うん」
そう言うけど、チラチラと視線を僕へ送ってくる。
なんだ?甘えたか?
僕の膝に手をついて、足をソファへ乗せて登ろうとしてくる。
よいしょ、よいしょと膝に乗ろうとしていて、可愛すぎて、気を失うかと思った。
抱き上げ、膝に乗せると「ありがと」とお礼を言われる。
いただきますと、手を合わせる。
パコッとメロンの蓋を開けて、スプーンで掬うと潔高が振り返った。
「あー、して」
「あー」
大人しくあーんと口を開けると、スプーンをそっと入れられる。
とろっと溶けたメロン味を飲み込む。
「美味しい。ありがとな。潔高も食べてみなよ」
潔高は嬉しそうに体を揺らすと、自分も食べ始めた。
なんでか分からないが、僕に食べさせるのが好きみたい。僕が食べたら、喜んで腰を上げたり下げたりしてる。
ご飯もおやつもほぼ、毒味の如く食べさせられ、そして潔高も食べる。
理由は分からない、知りたいけど。
「美味しいね、潔高。僕のも食べる?」
「いや」
要らんのかーい!
食べさせられたい訳じゃないのか。
お膝に乗せたまま、潔高の頭を撫でながらスプーンを口に入れる。
潔高が来てから生活が楽しい、毎日が同じじゃない。
この後はお昼寝しよう。
ナポリタンを作ろうとしたら、パスタが無かった。
「おい、マジか…僕とした事が」
もう具材は炒めてしまったので、変更は難しい。
冷凍庫を開いて、中を見れば冷凍うどんがあった。
安いし、すぐに使えて便利だ。
「うどんも麺だし、いっか」
キッチンの側でチラチラと潔高が見つめてきて、めちゃ可愛い。何してるのー?と言いたげな丸い瞳で訴えてくる。
「きよたーん?お昼ご飯作ってまーす」
「あ、ありがと」
「ンンンッ!!可愛い!おうどんです!」
「おうどん!?」
「潔高くんは好きですかー?」
「すき!」
「僕も好きだよ!!きよたぁん!」
ハイ、可愛い。パッと嬉しそうな顔で笑ってる。
冷凍うどんをレンジで解凍して、フライパンに投入する。
ケチャップ3、ソース1で味付けする。
だいたい3対1でナポリタンの味になる。
ピーマン、玉ねぎ、ウィンナーは具材だ。
僕は子供の頃ピーマンが嫌いだったけど、潔高は好き嫌いなく食べてくれて偉い。
その代わりに少食だ、時間をかけて食べさせるけど、あまり食べない。
すぐお腹いっぱいになっちゃう。
お皿に盛り付けて、小皿も一緒に持っていく。
キャラクターモノの小皿はなんか今流行ってる可愛いゆるキャラだ。
「いい、におい」
「きよたんの好きなおうどんですよ」
「わ、あ」
「かわいっ…喜んでる!!」
わあっと嬉しそうに低いテーブルの前に正座してる潔高。
潔高とご飯を食べるために低いテーブルを買った。
「パスタ無かったから、おうどんにしたよ」
「おうどん。好き」
「じゃあ、とってあげるね」
小皿に取り分けて、渡す時「どうぞ」と言うと「ありがと」とペコっと頭を下げるのが可愛い。
潔高は子供なのに、お辞儀できてえらいな。
近所とガキなんかワー!って走ってるぞ。
「潔高はえらいなぁ」
頭を撫でてやると、キュッと目を閉じて真っ赤になる。
「どうした?」
「う、なでなで…しゅき」
照れていたのか、顔を手で覆った。
いや、可愛すぎん?潔高、こんな可愛いのに、あの女捨てたの?意味分かんない。
僕が捨てさせたモンだけど…いや、売らないよ。
テンパってるのか、好きがしゅきになっちゃうのか〜〜ハァ〜〜可愛い子。
「キヨタカァッ…良い子だな…もっとなでなでしてやるからな〜!」
抱きしめて頭を撫でてやると、ふにゃふにゃ笑いながら、抱きついてくる。
それからおうどんナポリタンが気に入ったのか、普段よりたくさん食べてくれた。
もちろん、ピーマンも食べていた。
僕なんか小さい頃、野菜全般拒否してたのに。
「たくさん食べたな、良い子だなぁ」
「おいしの、ごちそ、さま」
一緒に手を合わせてる所も可愛い。アー、すごい可愛い。小さい手をぺちって合わせて、ペコっと頭下げる。品が良い。
「美味しかったか、よかった〜」
潔高は食べる時も大人しくて、フォークの使い方を一緒に練習出来る。我慢強く、ちょっとずつ覚えている。
子供用のフォークで一本ずつ、ちゅるちゅるしているのも可愛い。
「また…して?」
「また作るよ」
「ほんと?また、ちゅくる?」
「ヴァ……可愛い…作る、約束する」
「や、そく?」
小指を出すと、首を傾げて僕の小指を握った。
違うけど、可愛いからそのままにして指切りをした。