乙竜(太乙×公主)抜粋『色物三撰』より再録もくじ ★印付きは同時発行の本にも収録している作品です
・色物三撰・相談 case3/乙竜(太乙×公主)の場合
宝貝人間造りの命が下った太乙の頭には、とっさに公主が浮かんだ。以前から書きたかったもの。
知的な二人が好きです。太乙にとって公主が相談できる相手だったらいいな。
・嗚呼しあわせ/乙竜(太乙×公主)+天祥と飛刀(飛虎賈氏前提)★
ゲーム『仙界伝弐』から。太乙と公主を見ていて両親を思い出す折々がある天祥視点(+飛刀)。ゲームのセリフやエピソードから、ちょっと調整してお話にしました。甘め。ハッピー。
・ずっと居たい/乙竜(太乙×公主)
本編後。甘酸っぱいようでちょいイチャで。甘いかな? 診断メーカーのお題と自分のツイートを組み合わせて。
*まえがき
『色物三撰・相談』シリーズについては、色物の推しカプそれぞれを一通り書きたいなーと思い、書いたものです。乙竜はそれ以外にも少し書いているので、一緒にまとめることにしました。同時発行の飛刀本と重複するものもひと作ございますが、乙竜くくりでも収録しておきたかったので!
ゲーム『仙界伝弐』ネタも含みます。乙竜ペア+主人公の天祥と飛刀とでラスボス戦を闘い抜くこともできるゲームです。ただでさえ最高のゲームなのに乙竜で闘えるのが楽しすぎた…太乙が充分な戦力になるまでの流れには感動しました。
この本と、同時発行の本とは、編集は一年前にしてあったのですが発行しそびれていました。フォロワーさんきっかけでエアブーに出ることにして、封神で配置を申し込んだので、せっかくだから新刊として一緒に出そうと思った次第です。
さて、前置きはこのくらいにして、本編へと移りたいと思います。短いですが、お付き合い頂けましたらうれしいです!
色物三撰・相談 case3/乙竜(太乙×公主)の場合
太乙真人は、宝貝ロボ黄巾力士を開発する前、九竜神火罩を移動手段として用いていた。中に入れば抜群の安心感。随意で動く宝貝合金シェルター。仙人界最硬で、短距離ならば中空の移動もあたうとあっては、太乙の使わぬ理由がなかった。
その日も彼は、休み休み、崑崙山のなかを移動していた。自身の住まう乾元山から元始天尊のもとへと呼びつけられたのである。その中継地点には、立派な松が植わっている。まるで訪問者を拒絶するかのようなその鋭い葉が、実のところ清廉な香で出迎えてくれることを太乙は知っていたのだ。
ぱちん、いたわるように枝を調えるお弟子さんに伺いを立て、案内してもらうは浄室。清らな青香(あおか)が印象的だ。枝の芳香も、臓腑に染み渡る。
「やあ、公主! 少し休憩させておくれ」
軽く挨拶をして、深く、呼吸を整える。宝貝の操作には集中力が要るためだ。わずかなやりとりと休憩ののち、太乙は威勢良く、また飛び立って行った。
だが、どうしたことか。行きと帰りとであまりにも表情が違う。招き入れてもおずおずためらうよう。彼の中継を快く許していた竜吉公主は思わず尋ねる。恐らく重要な命でも下ったのだろう、と察しながら。それは愚かなことだっただろうか? 先を促すことだけは、しなかった。
太乙は、「…うーん、まあ、秘密裏にとは言われてないからなぁ…」とポソポソ独りごち、頬掻く指さえそのままに、公主を見つめて話し始めた。公主はしばし、聞くに徹する。
「……実は、元始天尊さまから、命が下ったんだ。キミになら、話してもいいと思う。
何でも、“生まれながらの仙人を確実に造れ”、とのお達しなんだ。しかも条件付きさ。“それを人間界で育てるように”ってね。私には、キミのことが頭に浮かばずにおれなかったよ。
うーーん、難題だぞこれは…科学オタクとしての血は騒ぐけど、私は、胸が苦しいよ…
…公主。私は、あなたに少し酷かもしれない相談をしようとしている。それでもキミの意見を訊きたい。あなたならどうする、公主?」
公主には幅広い学問が体系立つ前からの知識があり、科学にも明るい。聡明な彼女との会話はいつも太乙を楽しくさせた。よく相談にも乗ってもらった。甘えている、自覚があった。
ふわり、袖の動きに香(こう)がたゆたう。その仕草は確かに、天上のものだった。凜と澄み、時にわずか甘い声。くしゃり、太乙の前髪を撫ぜるさま。彼女と居る時間は、五感のすべてに心地良い。けれどもそのときは、普段と違う種類の胸の締め付けがあったのだ。
公主は仙人を両親にもつ純血で、生まれながらの仙女。ゆえに仙人界の清らかな空気でしか生きられず、人間界の空気は彼女には毒となる。仙人界においても基本的に香を焚いた浄室が居場所。彼女のように特段強く仙人の才に秀で、そして同時に、空気に縛られない、そんな都合のいい条件を突きつけてきた元始天尊も引き受けた自分も残酷だと太乙は思った。あるいは自分たちは、見たいのかもしれない。制約から取り払われた、公主の姿を。
どき、どき。両手が勝手に祈るように顔の前で合わさっていることにすら気付かなかった。太乙にとって、公主が口を開くまでの時間は永久にすら感じられた。けれど彼女は何ら気分を害することなく、そして特別、感情を動かすということもなく。ただ淡々と、けれどもあやすように、返したのだった。
「何を、私に伺い立てることがあろうか? 案ずるなかれ、太乙真人。
私が両親に誇りを持っていることを、汲んでくれているのはありがたいがな。
…そうだな、その条件に応じるには、仙人を両親に持たぬ必要があるだろう。おぬしは、それで仙人を生む、その方法の研究に集中せい」
太乙は、まるで赦しを得たかのように、泣きたいような安堵に笑みたいような いかんともしがたい気持ちになって、それでも力強く、彼女の配慮に応えるように、深く頷いた。
「…ああ。…ありがとう、公主。
…そうと決まったら、雲中子のところにも知恵を借りに行って来るよ! ここにもまた、相談に来ていいかい?」
「ああ、もちろんだとも。気をつけて行ってこい」
「行って来るよ!」
ぱくり、九竜神火罩に収まるなり飛び立っていく。また休み休み、それでも進むのだろう。その姿を見送って、公主は思わず、ぽつりとつぶやいた。
「…フ。おぬしのなかで、既に、分かっておったのではないか」
終
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嗚呼しあわせ/太乙×公主+天祥と飛刀(飛虎賈氏前提)
公主は、崑崙山の清浄な空気を失って以来苦しそうなのだと周りから聞いた。公主の体調を良くするための手段を、太乙先生が率先して、ほかの研究や開発と並行して模索していた。そして、なんと“極上のかすみ”というものがあればいいということが分かったじゃないか! 先生は公主に経過報告をしながらも、その手にそれがないことをとても申し訳なさそうにしていた。公主は、「気にするでないよ、太乙」と、少し苦しそうだけど力強く、先生に笑んだ。先生の頬がぼんと真っ赤にはぜてまるで頭から湯気が出そうだ。程度は違うけど、母さんがそうしたときの父さんの、くすぐったそうに頬を掻く仕草が重なって、ああそうか、先生は公主のことが好きなんだ、と自然に思った。飛刀も、『ありゃぁ、完全にホの字だな』と言うから間違いないのだろう。
先生は、自前のサーチシステム(先生はそれを太乙ナビと呼んでいる)や崑崙山2に搭載した探査機器からも探すけれど、どうしても、自分から遠い場所や、地上の細かいところなどは漏れがあると、これもひどく申し訳ない様子でオレに言う。オレは、神界再構成のために地上などを細かく探ることになっていたから、その傍らどこかで極上のかすみを見つけたら持ってきてくれないか、と、先生から言われ、もちろん引き受けた。そして、縁があってそれを手に入れた。急く足で先生に報告すると先生はまるで父さんが帰ってきたときの母さんみたいにうれしそうにして、けれどもっとずっと子どもっぽく、飛び跳ねるようだった。先生が「急いで公主のところに行こう!」と言ってオレと一緒に自室を走り出て、短い移動距離の間に手はわたわたと首元の巻き布を正そうと乱したり自分の髪を手櫛で整えようとしてかえってこんがらがらせたりなんてしているんだから、ちょっと待とうかと思ったくらいだ。父さんのいないとき、母さんが何度か、髪を梳いていたのをなんとなく覚えてる。母さんの長い髪はいつだって、きれーだなぁと子ども心に思わせた。父さんがいつ帰ってきても、母さんがバタバタすることはなかったように思う。
公主の部屋にはすぐに着いた。太乙先生は髪がぐちゃぐちゃでもみじんも気にせず公主に声を掛ける。一刻も早く、という気持ちが先生の心のなか全部を占めてるみたいだ。
「公主! 極上のかすみが見つかったって! 天祥くんが持ってきてくれたよ!」
「なに、まことか」
「ええ、公主。よかったら、これ、もらってください」
「助かる…ああ、なんと全身に、沁みることだろう…肺深く呼吸することが、こんなにも心地よいよ…あっという間に、活力に満ちた」
「本当かい、公主?!」
「ああ、もちろんだとも」
「よかった、…よかったよぉ…うう…」
「泣くでないよ、太乙。おぬしに涙は似合わぬ」
公主がためらいなく袖口でぽんぽんと太乙先生の頬の雫を拾い上げ、そのまま目元の手をそうっと握って外し、目元まであやすように布で叩くものだから、オレは少しびっくりした。太乙先生も動揺して完全に固まっていた。ぷしゅうっと、蒸気を噴き出すのが見えた気がする。あとで聞いたら飛刀もそう言うから合ってたと思う。太乙先生の頭をぽん、ぽんと公主がこれもあやすように叩くので、先生、さすがに倒れる。公主がとっさに水でクッションを作ってキャッチしたけど、びっくりしながらだったから、無自覚なんだと思う。飛刀と目を合わせて、思ったのは相思相愛という単語だった。たぶん先生も公主も気付いてないから黙っておくけど。
そうして太乙先生と公主と、オレと飛刀とのメンバーで、封神台の駅の開通作業に入る。なかなか混沌としてるけど、やりがいがあるね。入ってすぐ、公主がこんなことを言ったとき、太乙先生の目にはまた光るものがあった。そしてオレは、そうだったんだ、と思った。
「外を歩くのは楽しいものだのう」
「うう…そうだよね、公主…キミの足は、今、確かに外の地を踏みしめている…私も、同じその場に居られて、すごく、心から、うれしいよ…」
飛刀が耳打ちしてくれた。公主は基本的に浮いて移動するんだって。だけど、今、彼女は歩いて移動している。それは太乙先生の言うように、外の地を実感したいためなんだな、って、オレはようやく理解した。
「そうだ、公主! 私が、みんなで歩んだ記録をマップにつけるよ! 記念になるんじゃないかな」
「おお、それは、うれしいことだな! よろしく頼んだぞ、太乙」
珍しく公主が声のトーンを弾ませる。先生は特に驚きもしなかったけど、オレはちょっとびっくりした。先生はすかさずこう返していた。
「もちろんだよ! わたしのほうこそ、うぅ、うれしいよ、公主~~~…うわぁーーー、ほんとうに、キミが元気になって…もう、ぜったいに、ぜ~~~ったいに最高のマップになるよ…!」
ああ、太乙先生ってばまたぼろぼろ泣いて。公主に肩を叩かれながら、「頼もしいが、無理はするでないぞ。…おぬしを信頼しているが、背負い込みすぎる点は少々いただけないからな」とまで笑まれて、先生、思わず抱きついたね。背中をぽんぽんあやすゆったりとした袖を、見ているだけで懐かしい心地になって、オレもちょっと泣きそうになったのは飛刀とだけのヒミツだ。
そうしてオレたちは、太乙先生のナビにマップのデータをたくわえていくことになる。決して行楽気分じゃないけど、それが彩り豊かになることが容易く予感できた。そしてきっと、この戦いが終わっても、先生と公主と、二人がマップを広げていくような、そんな気がしたんだ。この気持ちを、形容する言葉は両親の姿から知っていた気がする。
終
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ずっと居たい/乙竜(太乙×公主)
永遠なんてものは仙人の生においてすらない。科学オタクの太乙は知っていた。ましてや純血の仙女ともなれば尚更――それでも太乙は、願わずにはおれないのだ。住まえる清浄を失した繊細な身。咳すらか弱い彼女の姿に仙人としての戦闘力はまるでうそのよう。それでも生命力強く笑む、そのさまは頼もしく、いっそうに胸を締め付ける。彼女にどうか、その身に、適した地での平穏を、永遠にと願う。その地をもし用意出来るとすれば自分なのではないか? そう思うのは決して傲慢ではなく、開発に懸ける想いと、サーチ力の進歩への一縷の望みだ。
「…すまないね、公主。この崑崙山2に、元々の崑崙と同じ清浄な空気を用意できればいいんだけど」
こほり、咳き込んでから公主が答える。
「お主の気に病むことではないよ」
むっ。それはちがうと、太乙は思った。そのまま、思ったままを素直に返す。
「それは違うよ、公主。仲間の体調を心配しない者なんていないさ。それに…」
素直に?
「…それに……その…」
いつだったか、もうずいぶんと前になる。好きなら好きってはっきり言ってしまえ、と、親しい二仙(自分たちはよくトリオで認識されていた)に肩を片方ずつぐっと掴まれたことがある。うーん、どうかな。と返したけれど、あれは約束のうちに入るのだろうか。
永遠なんてものは、仙人の生においてすらない。わかってる。わかってるよ。だけど。言わなければ後悔するだろうか? かえって、願掛けとして残しておきたいのだ。彼女に平穏無事に過ごせる空気を作るか、あるいは、探し出せたなら、そのときに――言おう、好きだ、ずっと居たいと。
自分にも弟子はいる。だから身を代償に捧ぐようなことはしない。お互いにずっと、平穏無事に。そんな地を、いつかこの手で彼女に捧げよう。否、彼女に合うのなら、自分の手でなくたって構わない。誰かの命を賭すのでさえなければ、誰だっていい。自分よりサーチ力や開発力の高い者が台頭してくれたって何ら構わない。けれど、今いちばん、現実的に可能性の高いのは自分だ。この腕に磨きを掛けたいと、思うのは当然のことだろう。
「……キミに清浄な空気を用意できるとしたら、今のところ私が、いちばん可能性が高い。私は、絶対、手は抜かないよ。妥協もしない」
「…フフ、お主らしいと言えばらしいが…いささか、らしくないようだな、太乙よ。まるで熱血キャラではないか」
だが、ありがとう。そう言った彼女が幾らか面はゆげに見えたものだから太乙は頬に熱の集まる心地がする。ぷるぷる、ストレートヘアを左右に振って自らの頬をぱんとひとつ軽くはたき、錯覚を振り払う。振り払おうとする、けれど。ああ!
「…私がここの空気で長らえているのは、お主のおかげやもしれぬなぁ。頻繁に、様子を見に来てくれるお主の顔を見ると、どこか、ほっと肩の力が抜けるのだ。…私こそ、らしくないことを言ったな。忘れてくれ」
忘れてくれと言いながらにこり笑む彼女に、それなりのらしさを覚える程度には親交を重ねてきた。それでも太乙の顔と心臓はぼんとバルーンのように勢いよくはぜた。ばくばく、騒ぎ立てる胸をぎゅっと押さえ、顔をもう片手で覆い、どうか、どうか胸の騒音で彼女の声を聞き逃すようなことだけはしたくないと、思ったのはそれなりの傲慢。
もしかしたらあれかもしれない。アニマルセラピー。それに近いような感覚。もしかしたらあれかもしれない。顔なじみの集い場。彼女はそういったものには無縁そうだから物珍しいのだ。もしかしたら――
ああ、私の心臓よ。その命の火種を、燃料を、確かに聞き逃さなかったことに、感謝するよ。
「…なあ、太乙よ。今ひととき、わずかだけでいい。傍に、居てはくれぬか」
そのことばだけできっと永遠に、この生は灯ることだろう。
そして太乙は、気付かなかった。公主の手招きにおずおずと応じて隣に腰を下ろせば、ふわり、香の心地よさにまどろみ、じきにうたた寝。はっと目を覚ましたときには、彼女の膝の上に頭を預けていたらしい。ようやく理解する。心配を掛けていたのが自分のほうなのだと。かああっと、はずかしすぎてのたうちまわりたくなった。それは自分の研究室に戻ってからにするけれど。彼女の膝の上でじたばたするわけにはいかない。それはだめだ。思っていてもなかなか、そこの居心地から後頭部が離れようとしない。
清浄な空気の探求に限らず、各種研究にいそしむ太乙がろくに休息を取れていなかったことを公主は承知していたのだ。それで、自身のことを気に病むなと言い、まるで自らの我が儘であるかのように、ひとときこの清廉に限りなく近い部屋での休息を促して、ああ、彼女というひとはほんとうに、ああ――
願わくば、彼女に永久の平穏を。その地のための研究室でも少しだけ、リフレッシュできるような香を焚いてみようか? その必要がないことを自明とする、自分はそれなりにずうずうしいと思った。だって、頭はまだ彼女の膝の上にあり、ぽけっと、胸くすぐるものを幸福と噛み締めているくらいなのだから。
永遠は、掴み取るものなのだ。けれどそれが瞬間というピースの積み重ねにあることも、理解した。もう少し、こうしていたい。そんな我が儘をゆるしてくれる彼女に甘えることを、もうひととき。
ずっと居たい、と、言いそうになるのをこらえた。
終
(お題:『願うのはただ一つの永遠』
https://shindanmaker.com/392860/「好きなら好きって言えよ!」https://shindanmaker.com/681121)
奥付
発行日:2022.11.06(エアブー1106)
発行者:grantieYa(ぐらんてぃーや)/いしえ