かくあれかし 駆ける。駆ける駆ける。もはや神殿に魔神柱もゲーティアもおらず、代わりに星々の如くきらめく英雄たちも一人とていなかった。
あとはこの崩れかけた神殿を自分が走りきってカルデアにたどり着きさえすれば人類の勝利だ。――いや、それはもはや勝利とは
「走って!」
ダヴィンチちゃんの声が思考を断ち切る。感傷に浸る余分はない。悲しみに嘆く余裕はない。走れ。走れ。一秒でも速く。一歩でも多く。そうでなければ生き延びられない。生き延びられないと、わかっていたのに。
ふらふらと、おぼつかない足どりで近寄る。
見慣れた白衣と、ふわふわとしたストロベリーブロンド。意外とおおきな、背中。
ありえない筈の、人がいた。
「ドクター」
最後に見た、覚えのない色彩と荘厳な衣装ではない、見慣れたドクターロマンの遺体があった。
手袋のない手は冷え切って、この体が生命活動を停止しているのは明白だった。
置いていくべきだ。――成人男性の遺体を担いでは走れない。
せめてカルデアに連れて帰るべきだ。――彼を愛した人たちが大勢いるのだから。
自分は、そのどちらも思考にあげることすらできず、ただうずくまって冷たい手を握りしめていた。けして握り返してはくれない手を、強く、強く。
いつしか通信機からは悲鳴のような言葉ではなく、静かでささやかなすすり泣きだけが聞こえてきていた。
そこに、異国の言葉が混ざる。
途切れ途切れに、嗚咽に混ざって、歌うように弔いの聖句が捧げられる。
がらり、と、とうとう足元の地面が崩れた。
暗い、地の底に落ちてゆく。宇宙の果てへ墜ちてゆく。男の遺体を抱いて、生命の終わりに近づいていく。
ぶちりと歌が途切れた。ああでも、最後の言葉だけは自分でも分かる。
「Amen」