俺はあくまでも精神的な意味だから。 ああ、アキラくん。またブラッド用のチョコを取りに来たの? うん、まだあるから持っていって。大丈夫だよ、フェイスの分はちゃんとキープしてあるから。
あ、あと、キースの例のクッキーの試作品、一緒に持って行ってもらえるかな。オスカーとウィルくんの感想もそれぞれ教えて欲しい。包んじゃうから座って座って。はい、コーラでも飲んで待ってて。
それで、ブラッドの様子はどう? 気づいてる気配も無い? そっか……にひ、今のところ大成功だ。
他に成功した悪戯かあ……ううん……あの頃はまだ単純にいきなり大声出すのでも驚いてくれたけど、今だとどうだろうなあ。俺が結構いろんなことを仕掛けたし、慣れるというか読まれちゃってるかも。
ブラッドはなんていうかアカデミーの頃からすごく風格がある感じで、先生ですら一目置いてて、なんとなーく壁がある感じでさ。
でも……そこに壁がある!って思ったら登ってみたくならない? 分かる?! そうだよな! アキラくんなら分かってくれるような気がしてた!
だからとにかく反応を引き出したくていろいろサプライズを仕掛けてみたんだ。キースのことも結構ブラッドの巻き添えで驚かせちゃったけど。
正直、俺は反応するのがブラッドでもキースでもどっちでも良かったんだよ。あの頃のキースはキースで斜に構えてた雰囲気があってさ。それが子供みたいに……って言ったらおかしいかもしれないけど、ブラッドにしてもキースにしても驚いてくれてる時は素が見えるみたいで嬉しかったんだ。
そんなんでエスカレートして本気で怒らせちゃったこともあったなあ。ブラッドの壁を崩したくてムキになってたというか。考えてみれば、俺たち二人ともブラッドの内側に入りたいと思ってたんだろうなあ。まあ、キースの方はぶ。
「ぶぎゅ」
「ディノ?」
機嫌良さそうに話していたディノが突然口元を押さえる様子にアキラは目を見開いた。
「ごめんごめん、ちょっと口の中を噛んじゃって」
「ええ、大丈夫かよ」
「うん、すぐ治ると思う。ごめん、驚かせて」
「いやまあ、いいけど」
「はは、手元も見ないで喋ってたのが良くなかったかもな」
言えている。思うアキラをよそにディノはチョコレートとワックスペーパーに包んだクッキー、それとポテトチップスの筒をいくつか紙袋にまとめた。
「多くね?」
「それがさあ! このポテトチップス通販で買ったんだけど、ピザ味とマグロ味とホットドッグ味らしいんだ! 食べてみて! あと他にも」
「まあとりあえず貰っとくぜ! ごちそーさん!」
ディノの中の何か不味いスイッチが入り始めた気配がした時は誰も止められないからとにかくその場から離れろ。脳裏をよぎったメンターたちの教えにアキラは従った。
紙袋を抱えて出ていくアキラの背中を見送り、ディノは呟いた。
「……あぶなかった……」
不自然に言葉を途切れさせてしまった、その内容をアキラに追求されずに済んだことに大きく安堵の息を吐き出す。
うっかり出てしまいそうになった言葉。ディノもキースもブラッドの内側に入りたかったがっていた。
ただし、キースの方は物理的な意味で。
「言えないよなあ~~~~」
空いているグラスに自分用にコーラを注ぎながらまたひとりごちる。なんだかんだブラッドに懐いている、ブラッドのかわいいメンティーの耳に入れて良いはずがない。ド直球の下ネタだ。
あの頃のキースの煩悶は年月を経て叶うようになって、今日は激務の隙を縫って、キースの自宅でおうちデートというやつだ。それこそ朝まで物理的に入りたい放題だ(本人たちには絶対怒られるので絶対言わない)。
願わくば、イエローウエスト近辺に出動要請がかからないこと。ブラッドときたら、どんなにリラックス――とは違うかもしれないが、プライベートな楽しみの時間の最中であっても放り出して出動しかねない。ヒーロースーツから覗いた首筋に、赤い痣が燦然と主張していようものなら、13期研修チームは戦闘よりもよっぽど大荒れだ。
(ウィルくんはもしかしたらって思ってそうだけど、アキラくんは今のところ、そういう発想も無さそうだもんなあ)
思いながら流し込んだコーラが、言葉を噛み殺した際の勢いで切れた口内の粘膜に沁みた。とはいえ、キースとブラッドのラブ&ピースのためなので、このくらいは安いものだ。
(朝まで何も起こりませんように)
祈るディノの願いを聞き届けるように、ニューミリオン上空の星がちかりと瞬いた。