紙銭静室の庭から白い煙が筋のように伸びて空に舞い上がっている。
焚き火をしているのかと、藍忘機は影竹堂の門を潜り足を止めた。
庭に小さく枯れ葉を積み上げたその焚き火の前に黒い背中が立ち、何かを焚き火に入れている。
入れられた物はすぐに火がつくと焚き火の風に押し上げられ、煙と一緒に空に舞う。
それをじっと見つめる道侶の横顔を焚き火の灯りが浮き上がらせた。その表情がどこか寂しげで儚げで、藍忘機は声をかけるべきか迷った。
「あ、おかえり~」
先に藍忘機に気づきこちらを向いた魏無羨に先程の表情はない。
ざりっと足音を立てて藍忘機は焚き火に近寄ると足元にある紙銭に視線が行った。焼いていたのはこれかと藍忘機は1枚を拾い上げ、そのまま魏無羨を見れば、苦笑いを浮かべている。
「いや、命日だよな~と思って」
「命日?」
何の事かわからずに藍忘機が怪訝そうにすれば、魏無羨の苦笑いが深まる。
「俺の」
さらりと魏無羨は言いながら、パラッとまた紙銭を焚き火に入れた。先ほどと同じようにポッと火が着き、舞い上がった。
それを見送りながら魏無羨はふっと息を吐く。
「俺が死んだ時はみんな喜んだだろう。それはしょうがないよな」
「魏嬰!」
咎めてきつい声を出した藍忘機に、まあまあと宥めながら魏無羨はふふっと笑う。
「そんなに怒るなよ、藍湛。当時はそうだった、という過去の話だ。今じゃない」
自分の事を客観的に話しながら魏無羨がパラリ、パラリと入れた紙銭に火が着く。
それを無言で魏無羨も藍忘機も見ていた。
「藍湛は紙銭を燃やしてくれた?」
「……燃やさなかった」
「酷いな、何でだよ〰️」
ぶーぶーと文句を言う魏無羨に呼応するように焚き火がぱちりと弾け、火の粉が上がる。
「君が死んだか、わからないから」
「目の前で死んだのに?」
「遺体もなければ魂もない。それで君が死んだと信じろと?」
確証がないものは信じない。藍忘機らしい理屈だ。
だが、同時に生きていることもわからない。
生死不明の状況で16年も探して待つ日々はどんなに藍忘機を苦しめただろうと魏無羨は切なくなる。
「魂があの世に逝くために必要な金など君に送りたくない」
「藍湛……」
拾い上げた1枚の紙銭をぽいっと藍忘機も火にくべた。
「この世で使う金ならばいくらでも工面しよう」
「ははっ、藍湛、かっこいい〰️」
パラパラパラと残りの紙銭を全て入れた魏無羨はパンパンと手を叩き、埃を落とした。
「あの時、亡くなった全ての者たちと、この身体の主の莫玄羽の為に……それが、今生きている俺ができる事だ」
紙銭が瞬時に燃え、その残骸が火の粉と一緒に空を漂い、やがて地面へと落ちてくる。
焚き火は炎を小さくして、ゆっくりと煙の筋をあげていた。
「みんなの所に金は届いたかな~?」
「ああ……届いただろう」
「良かった」
へへっと笑う魏無羨に藍忘機も笑みを返す。
「自分の……命日を覚えていたのか?」
「はっきりとは覚えてなかったよ。ただ、金凌の誕生日の1ヶ月後らへんだったなぁってさ」
「……それは金宗主には言わないほうがいい」
魏無羨の亡くなった日は江厭離の亡くなった日でもある。それに己の誕生日から命日を予想されることも嫌だろう。
二重の意味で金如蘭を傷つけることになるので藍忘機から注意が入った。
「言わない。こんなことも今日だけだ」
過去を思い出しても、そこに囚われたりはしない。
けじめをつけるために、魏無羨は紙銭を焼いた。
焚き火を見つめる魏無羨はまだ寂しそうで、藍忘機は安心させてやりたくなる。
明るい表情の下に押し込めている気持ちを自分には晒してくれる道侶。
細い身体を抱きしめ、互いの鼓動を聞きながら大丈夫だと教えたい。
「魏嬰、そろそろ中に……」
然り気無く静室の中に入り、魏無羨に触れようと考えていた藍忘機を魏無羨は慌てて止めた。
「あ、ちょっと待て待て!」
魏無羨が短い竹の棒を焚き火に突っ込んだ。そのまま燃えた葉を掻き分けると下にあった薪は熾火になっており淡い灯りを浮かべている。その回りに黒こげになった丸い物体が何個もあった。
辺りに香ばしく甘い香りが漂い、食欲を刺激する。
「おおっ、できたみたいだな!」
魏無羨は竹の棒でコロコロと黒こげの物体を転がし、器用に黒こげの部分を竹で剥がすと中から焼き芋が現れた。
「魏嬰……もしかして紙銭と一緒に焼き芋も?」
「落ち葉も燃やすし、書き損じた紙がたくさんあったから焼き芋もしようかなぁって」
「…………」
「あちちっ!ほら、藍湛!」
呆れた藍忘機を尻目に、魏無羨は焼き芋を掴むと1本を2つに割った。その1つを藍忘機へと差し出してくる。
「食べてみろ」
焼き芋から白い湯気が立ち上る。それは甘く暖かい香りを含む。
藍忘機が受け取り一口齧ると魏無羨が顔を覗き込んできた。
「どう?美味い?」
「うん、美味しい」
藍忘機の返事に魏無羨は顔を綻ばせた。
寂しげな表情から一変、こんな笑顔をされると触れたいのは自分だけで弄ばれているように藍忘機は感じる。
「……私だけか……」
「ん?何か言ったか?」
「いや、何も」
藍忘機の返事を聞きながら魏無羨は竹で焚き火の中の燃えた枯れ葉と薪をまだつついていた。
「2人で食べるには多すぎるのでは?」
真っ黒に焼けた物体が更に出てきて藍忘機は思わず魏無羨に尋ねた。
「あ、思追や景儀も食べに来るから大丈夫。ん?噂をすればかな?」
「魏先輩~!お芋、焼けました~?」
藍景儀の賑やかな声が影竹堂の門の外からかかる。
「お~!今、焼けたぞ、来い」
魏無羨が手招きすれば、藍思追と藍景儀と弟子たちは喜んで焚き火の周りに集まり、藍忘機と魏無羨へと損礼した。
「数が無いからな、半分こして食べろよ?熱いから気をつけろ」
「は~い!」
魏無羨から藍思追は竹の棒をもらい、ゴロゴロと焚き火から焼き芋を取り出す。それをそれぞれ半分に割って仲間たちで食べ始めた。
だが、どうしても藍忘機の存在が気になるのか、弟子たちは気まずそうに黙ってもぐもぐと口を動かしている。
「藍湛、俺たちは中に入ろう。火の後始末、よろしく頼むな」
「食べたらすぐに失礼いたします。おやすみなさいませ。含光君、魏先輩」
「おやすみ~」
弟子たちにひらひらと手を振ると魏無羨と藍忘機は静室に消えた。
パタンと静室の扉が閉まるとどちらともなくお互いに手を伸ばし、抱きしめ、口付けた。
相手に触れた手から暖かさと鼓動が伝わる。
「ふふっ、お前だけじゃないよ」
唇が音を立てて離れると魏無羨が楽しそうに笑いながら、藍忘機の頬を指で撫でた。
思考を読まれていたことに藍忘機は戸惑いつつも、抱きしめたからには離す気はない。
「まだ外にみんながいるから、静かに、な?」
「善処しよう……」
お互いに甘い匂いを纏いながら魏無羨と藍忘機は再び深く口付けた。