朔間零BD2022 今日のESビルにはいつもよりにぎやかな声が響いていた。12階にあるリズムリンクの事務所内でお祝いのパーティが開かれているのだ。
「零くんがハタチかぁ。もっといってそうに見えるけど、俺と一つしか変わらないんだよね」
「普段ジジイぶってるからそう見えるんじゃね~の?」
「朔間先輩はとても大人びて見える。外見はもちろんだが、俺たちと同年代にしてはかなり博識で、頭の回転が早い。そういった知性面においても言えることだな」
「亀の甲より年の功ってやつだね」
今日は11月2日、零の誕生日。20歳として大人の階段を一つ上る。彼の記念すべき節目を祝うために事務所内外から多くの人がパーティ会場に訪れていた。
零の所属するユニット『UNDEAD』の仲間である薫、晃牙、アドニスもパーティに参加していた。三人はこの日のために用意されたおしゃれな軽食をたしなみながら、会場内の様子を遠巻きに眺める。開始から一時間ほどが経ち、宴の様相も落ち着きを見せ始めた頃だった。
「それはそうと、今日の主役である朔間先輩の姿が見えないが……」
キョロキョロと辺りを見回すアドニスに薫が視線を促して教える。
「零くんならあそこ、あの奥のソファー」
薫が指差す先、事務所奥のソファーにこちらへ背を向けて腰かけている零の姿が見えた。どうやら隣にも誰か座っているようで、零はその者に話しかけている様子だった。その表情はいつになくやわらかく穏やかだ。
「ああ、あんなところにいたのか。誰かと話しているようだが……」
「あの腑抜けた顔見りゃわかんだろ」
「ん? どういうことだ、大神」
「隣に座ってるの、あんずちゃんだよ」
よく見れば、零の横でソファーの背もたれから少しだけ覗く頭が栗色をしている。彼がこれほどに優しい顔を見せる相手はひとりしかいなかった。ふたりは暖を取るように──もっとも、室内は十分に暖房が利いているが──ぴったりと寄り添っている。
「そうか、あんずだったのか」
「ほんと朝っぱらからお盛んなことだよね」
「まっ、この時間にしては元気そうだからいいんじゃね〜の」
三人はふたりを温かな目で見守る。幸い、ふたりの会話がほかに聞こえていないことだけが双方にとって唯一の救いであった。
「──嬢ちゃん」
「だめです」
「嬢ちゃんから我輩にちゅーしておくれ」
「だめですっ」
「一年に一度のお願いじゃ」
「だめったらだめです!」
「……れいちゃん、こんなにおねがいしてるのに?」
ハタチを迎えて成人になろうともいう大の男が、まるで5歳児かのようにうるうると目を瞬かせて甘えた視線をあんずに送る。零はあんずがこうした『おねだり』にめっぽう弱いことを身を持って知っている。あんずもあんずで、事あるごとに『もう二度と流されない!』と決心するのに、その決心が零を前にすると毎度いともたやすく崩れ落ちるのだから、いつまでたっても学習しないのだった。
今日という日もあんずはやすやすと零の手に落ち、大きなため息をついて零に向き直った。
「……今は『アイドル』と『プロデューサー』なのでだめですけど、今日一日頑張ったらご褒美としてあげます」
「本当に?」
「プロデューサーに二言はありません!」
なぜか誇らしげなあんずがおかしくて、零は思わず吹きだして笑った。
「くははっ! それは頼もしいのう。我輩も負けていられぬな」
零がソファーから立ち上がる。すると零は予兆動作なしに至極自然な流れであんずの頬に口づけをした。
「っ!? ちょっ、れいさ……朔間先輩っ!! 今はだめだって……!!」
「おや、我輩は『嬢ちゃんから』してほしいと言ったんじゃよ。『我輩から』する分には断られておらぬぞい♪」
ほくそ笑む零にあんずはたちまち顔から火が出る勢いだった。このずる賢い恋人にはいつもしてやられてばかり。あとで痛い目を見せてやるとあんずはひとり意気込んだ。
しかし先程零と交わした約束をあんずが真の意味で後悔することになるのは、このあと日が落ちてからのこと。
fin.