「帰って来たぞ」
弁当の入った袋を引っ提げて玄関の扉を開けて中に入ると、暁人が突っ立っていた。帰ってくると察していたのか、驚いた様子はない。
「おかえり・・・」
「ああ、ただいま」
いつも通りの会話を交わしながら、二人でリビングへと向かう。そしてソファに腰かけてから、どちらともなく口を開いた。
「今日は何してた?」
「別になにも、布団干してただけ」
「お前出不精か?」
首を縦に振る。
「なるほどな」
そんな他愛もない会話をしていると、いつの間にか時間は過ぎていく。ふと時計を見るとすでに七時を過ぎていた。
「そろそろ飯にするか」
「うん」
買ってきた弁当を温める。その間は沈黙が流れていたが、不思議とその空気が心地よかった。
「あと敷布団のカバーを新しく買ってきたんだけど」
「どんなやつだ?」
「これ」
そう言って見せてきたのは、薄い水色をしたカバーだった。シンプルなデザインだがそれが逆にいい感じで、寝具の雰囲気によく合っていると思う。
「これで良いんじゃないか?俺も気に入ったし」
「ほんと?良かったぁ・・・」
どうやらこの反応を見る限り、かなり悩んでいたらしい。まあ俺の意見ではあるが、そこまで気に入ってくれたならこちらとしても嬉しいことだ。
「じゃあそろそろ食べようぜ」
「うん」
手を合わせてから、二人揃っていただきますをする。さっそく弁当を食べようと蓋を開けると、そこには白米の上に海苔が敷かれているタイプのものが入っており、さらにその上には卵焼きと唐揚げが載っていた。
「美味そうだな」
「うん」
暁人は表情一つ変えず箸を動かす。しかし俺はそれに目を奪われてしまい、なかなか食べることができなかった。
「ねえ、早く食べないと冷めちゃうよ?」
「いや、その・・・」
「ん?なに?」
「あー・・・なんでもない」
暁人の顔を見てたら恥ずかしくなってきましたなんて言えないため、とりあえず黙って食事を進めることにした。食事を終えるとすぐに洗い物を始める。その間に暁人に風呂に入らせて、上がった後は一緒にテレビを見たりした。そうこうしているうちに夜になり、就寝の時間になる。敷布団を敷いてから掛け布団、そして枕を二つ。ベッドは場所を取るからと買った物だ。二人で一緒の布団に横になると、急に睡魔が襲ってきた。
「お休み」
「ああ、お休み」
そう言うと、二人は目を瞑ったまま眠りにつく。こうして、二人の一日が終わったのであった。
■
暁人と暮らし始めてしばらく経ったころ、俺も暁人休みだったのでゆったりしていると暁人から話しかけられた。
「ひとつ聞きたいんだけど、あれから奥さんと話つけた?」
「正直に言う、まだつけてない」
すると暁人が頭を抱えてため息をつく。
「KK・・・そこ立って」
「一体なん」
暁人は俺に卍固めをしてから、その次に腕ひしぎ十字固めをして、それからキャメルクラッチを決めて、最後にロメロスペシャルをキメてきた。
「ちょ、待て!ギブギブッ!!」
技をかけ終えると解放してくれたが、体中痛くて立ち上がれなくなった。そんな俺を無視して暁人は続ける。
「あのね、まず奥さんと話し合うことが先でしょうが!僕になんか構っている暇あるなら奥さんと子供に謝罪しろスカタン!話がつくまで口聞かねぇからバーカ!」
普段感情を表に出さず口数の少ない暁人がここまで怒るのは初めてだ。
「とっととスーツに着替えて行けバカタレェッ!!!」
完全にキレた暁人を落ち着かせるために、俺は急いでスーツに着替えてから家を出た。
「・・・言い過ぎたかも」
暁人はKKがいなくなった後、ソファの上で体育座りをしながら呟いた。自分の口からあんな言葉が飛び出るとは思わなかった。
「でもちゃんと話した方がいいんだよね・・・」
これからのことを思いながら、憂鬱な気分で溜息をつくのだった。
****
妻と話をつけた俺は、家路に向かった。最終的には妻とは離婚、子供の養育費を払い続けることで決着がついた。家に着き扉を開けると、そこには仁王立ちした暁人が立っていた。いつも通りの無表情で俺を見つめる。
「おかえり」
「・・・ただいま」
何とも言えない気持ちで返事をする。それを聞いた暁人は俺に抱きついた。目尻には涙が浮かんでいて、肩は震えている。
「・・・言い過ぎた、ごめん」
「いや、俺も悪かった。俺もお前に謝りたかった」
「じゃあ・・・仲直りしてくれる?」
「ああ、もちろんだ」
背中をさすりながら謝る。しばらくの間そうしていたのだが、暁人の腹の虫が鳴いたことで中断する。
「・・・飯にするか」
「うん」
「てか弁当買ってきてないわ」
すると暁人は俺の腕を掴んでパーカーのポケットをまさぐらせた。何か紙が入っている。取り出してみるとそれは、ラーメン屋のチラシだった。
「いつも弁当買ってきてくれるから言い出しにくかった」
「・・・そっか」
俺のために気を使ってくれていたのかと思うと、なんだかくすぐったくなった。暁人も同じように感じてくれたらしく、嬉しそうな顔をしている。
「じゃあ行くぞ」
「ん」
玄関を出ると、冷たい風が頬に当たった。暁人にマフラーに顔をうずめるよう促して、俺達は歩き出したのである。