あの時の狐の面をつけた人に助けて貰ってから一週間が経った。あれ以降は忠告を聞いたりして、平穏な日常を送っている。たまに冷蔵庫の中にタッパーに入ったおかずが入っていることがあるけど
〈生活の足しにしてください 鬼狐〉
(なんて読むんだろう?)
私は手紙をそっとテーブルの上に置いて、ご飯を食べ始める。今日も美味しい。するとコンコンとノックする音が聞こえたベランダの方からだった。またかと思いながら窓を開けると、そこにはあの人が立っていた。けど、狐の面を着けてなくて代わりに耳が付いた綿帽子のようなものを深く被っていた。
「こんにちはぁ」
「・・・どうも」
「大丈夫かなぁ?」
相変わらずゆっくりとした口調で私を心配してくれているようだ。でも何でこの人は私のことを知っているんだろうか?
「あー 自己紹介がまだだねぇ。僕の名前は鬼狐よぉ」
「きこ?」
「そう、前にあなたの家の冷蔵庫の中にタッパーに入れたおかずと一緒に入れた手紙」
「あっ!」
「そうだよぉ」
まさかあの人の本名だと思わなかった。だって名前っぽいところなかったし。それにしても鬼狐さんって変わった名前だけどどこか親しみやすい感じがあるような気がする。
「それでぇ、体の方はどうかなぁ?」
「えっ?体?」
「ほらぁ、最初に会った時に顔色悪かったじゃないぃ」
確かに体調は最悪だったけど、今はもう平気になっている。というより、いつの間に体調悪いって分かったんだろう?
「はい、今はもう元気ですけど・・・どうして分かるんです?」
「・・・さあねぇ、何かの縁かもねぇ」
「縁ですか?」
「うん、まあいいかぁ。それよりも君の事を教えて欲しいんだけどいいかなぁ?」
「はい、いいですよ」
それから私は彼に今までの事を話し始めた。話している間、彼は相槌を打ちながら聞いてくれた。そして話し終えると彼は少し考え込むように黙った後、私を抱きしめた。
「可愛そうに、たった一人でこんな寂しいところに住んでいるなんて辛かったでしょう?」
「うぅん、そんな事はありません。お父さんやお母さん、お兄ちゃんが亡くなっても悲しかったけど、今は一人になっても何とかやっていけるから大丈夫です」
「それでも辛い思いをしてきたことは変わりないわぁ。ごめんなさいね、僕がもっと早く来ていれば良かったのに」
「いえ、そんな!あなたが悪いわけじゃありません!!」
「・・・ありがとうねぇ」
その声はとても優しくて温かくて泣いてしまいそうになるほど心地よかった。すると彼は体を離すと私を見つめてきた。
「そう言えば、君のお兄さんが使っていた部屋とかってあるのかしらぁ?」
「ありますけど、それがどうしましたか?」
「そこに案内してくれるかしらぁ?」
「えっと、分かりました」
私は不思議に思いながらも彼を連れて部屋に行った。お兄ちゃんが亡くなった後もそのままにしている。部屋の中に入ると、立ち止まって部屋を見回した。
****
部屋に案内されると僕は周りを見渡した。生前に僕が使っていたそのままの状態で残されていた。全てが懐かしく感じるのと同時に悲しみが込み上げてくる。もし僕が人間のままで生きていられたのならきっと幸せに生きていたのだろうか。それを考えると胸が締め付けられるような痛みを感じた。不意に目の奥が熱くなって涙が出そうになった。すると彼女は心配そうな顔をして僕の方を見た。
「どうしたんですか?」
「・・・なんでもないからぁ」
そう言って誤魔化す様に笑みを浮かべて麻里を見る。本当に優しい子だなと思う。
「嘘言わないで下さい!泣いているじゃないですか!!」
そう言うと彼女は両手を伸ばしてきて頬に触れてきた。驚いて固まっていると麻里の瞳からもポロリと大粒の涙が流れ落ちた。
ああ、そうだった。この子は人のために涙を流してくれる人なんだ。だからこそ、この子が苦しんでいる姿をこれ以上見たくない。そのためには麻里に力を貸さなければならない。麻里、例え兄が鬼になっても君は受け入れてくれるだろうか?もしも拒絶されたらその時は・・・。僕はそっと彼女を抱き寄せて背中を撫でる。
今はまだ泣かないで欲しい。君を泣かせるために来たんじゃない。だからもう少しだけ待っていてほしい。そう願いを込めて彼女を抱きしめ続けた。
****
なんでもない日だった。目の前に鋏を持って白いコートを見にまとった女の人がいきなり襲いかかって来たとき鬼狐さんが目の前に現れて素手で鋏を受け止めていた。その拍子で綿帽子がとれたけど、見えたのはあの顔だった。あの人はやっぱり私の知っている人だった。
「お兄ちゃん・・・」
「下がっててぇ・・・」
お兄ちゃんの頭に1本の角が生えた。まるで鬼みたいに。私を庇いながらお兄ちゃんは戦っている。私はただ見ていることしかできなかった。
「はぁあああっ!!」
金棒で女の人を打ち上げた。そしてお兄ちゃんも高く飛び上がると
「消し飛べぇぇぇえええ!!!」
金棒を振り下ろして地面に叩きつけた。しばらく沈黙が続いた後、お兄ちゃんが私を抱きしめた。
「麻里、ごめんね。ずっとひとりぼっちにさせて」
鬼狐さんはお兄ちゃんだった。どうして?なんで?疑問ばかり浮かんできて頭が混乱してくる。けど、そんな事よりも今は言いたいことがある。
私はお兄ちゃんを強く抱き返した。お兄ちゃんは私の大切な家族。たとえどんな姿になろうとも。もう二度と離れることはしない。