『休日』暁人はメモ書きを残し、俺が昼寝から覚めたときにはいなくなっていた。
〈単位ギリギリなので大学 暁人〉
リビングの机の上に置かれたメモから目を離して、窓の外を眺める。外は雲一つない快晴で、燦々と太陽の光が降り注いでいる。こんな日は外に出て遊びたいと思うのが子供であるが、麻人の場合は暁人と出掛けるとき以外は外出せず、公園に連れていったとしてもブランコに座っているか砂場で団子をたくさんこさえるかの二択だ。それに家にいる時は部屋に籠っていることがほとんどで、暁人がいないときにどこかへ行こうという発想がないらしい。
「退屈か?」
ソファーの上で寝転ぶ麻人に声をかけると、うんと元気のない返事をした。どうやら退屈しているようだ。
「へやつれてって」
俺に両腕を伸ばしてだっこしろとせがむ姿はとても可愛らしく思えた。この子に頼られるということは、それだけ信頼されているということなのだろう。
「今日はずっと一緒だからな」
抱き上げると嬉しそうに微笑んだ。そのまま麻人を抱えて、麻人の部屋に行く。中はぬいぐるみの山ができている。ベッドの上にも床にも所狭しと置かれている。暁人が寂しくないようにと大量に買ったものだ。棚には絵本が収まり、その上に人形を座らせていた。無論、呪いの人形だが。その隣には俺が前に福引きで当ててしまったデカイ熊のぬいぐるみが置かれている。が、前に麻人が背中を裂いて綿を引っ張り出していたのを目撃した。ベッドには天蓋が付いており、カーテンが閉まっているときは絶対に開けてはいけない。前に開けて危うくトラウマを植え付けられるところだった。一見するとファンシーな部屋なのだが、よく見ると異様さが分かるはずだ。
「本でも読むか? それともお絵かきするか?」
「んー・・・じゃあおえかきする」
麻人を降ろしてから画用紙とクレヨンを出すと、楽しそうな声を上げて絵を描き始めた。
「楽しいか?」
「うん」
机には画用紙が散乱して今まで描かれた絵が並べられている。それを見ているだけで、麻人がどれだけ絵を描いているのかが分かってしまう。だが、そのどれもが得体の知れない不気味な生き物ばかり描いてあるのだ。
「これはなんだ?」
俺は一枚の絵を手に取って尋ねると、麻人は自信満々に答えた。
「おかーさんのおなかのなかにいたときのぼく」
黒く縁取りされた赤い何かに黒い管が伸びている絵。他にに多様なものがあるがどれもが共通して黒い管が伸びている。これは胎児をイメージしているらしい。
「・・・そうか」
さすがに苦笑いを浮かべてしまう。どう見ても人間の胎内とは思えないからだ。段々と成長しているように見えることから、これが麻人の中での成長過程を描いたものだと推測できるのだが、それにしてもグロテスクである。お腹のなかにいた時と言っていたが胎内記憶があるのだろうか。
「お母さんのお腹の中にいた時はどんな感か覚えているか?」
「えーと、あたたかくてね、それからね、おかーさんのこえがするときもあったの。あとね、ふわふわきもちいいの」
とても幸せそうに話すものだから、思わず頬を緩めてしまう。母親の胎内にいた時のことを思い出しているのかもしれない。だが、暁人の腹を引き裂いて産まれてきた衝撃的事実を忘れてはならない。
「それでね、おかーさんのおなかからでてきたとき、うれしかったの。だからね、ないてたの」
あの時のことを思い出す、麻人が泣き出した途端、壁や天井から血が噴き出し床一面に広がってそれが
「む~」
麻人が頭を俺の胸に預けて不満げな表情をする。どうやら甘えモードに入り込んでしまったようだ。こうなるとしばらく戻ってこれないので、俺はそっと麻人の頭を撫でる。サラリとした髪質は母親譲りなのだろう。優しく髪を撫でると気持ちよさそうにして、すりすりと顔を押し付けてくる。
「こうかいしてない?」
「あぁ、後悔なんてしていないぞ」
「よかった」
頭を撫でながら言うと、麻人は笑顔を見せた。その表情は母親そっくりで、愛くるしいものだった。
「ただいまー」
昼過ぎに大学から戻る。今日はKKは非番で麻人と二人きりのはず。だけど、リビングに二人の姿はなかった。KKの部屋を見てもいなかった。もしやと思い麻人の部屋に入るとそこには幸せな光景が広がっていた。
「可愛いなぁ」
KKと麻人、二人が仲良く眠っている姿が目に入った。父親の腕の中で麻人がすやすやと寝息を立てている。その姿は天使のように可愛らしく、見ているだけで癒される。僕は二人の写真をスマホに納めた。