「あっつい・・・」
「そうだな」
散歩にいこうと麻人と家を出たが、想像以上に暑くなってきていた。皮膚を刺すような日差しで、アスファルトからゆらりと陽炎が立っている。俺は暑さには強い方だが、さすがにこの暑さは堪えるものがあった。帽子を被っている麻人も、額の汗を手でで拭っている。俺達は公園へと向かっていた。今日は朝から特に用事はない。だからこうしてぶらぶらとしているのだが、それにしても暑い。公園についたら少し休もうかなと考えていると、ふいに麻人が立ち止まって道路を指差した。
「逃げ水だな」
「にげみず?」
遠くに水溜まりが見えて、その水面に映った景色が歪んで見える。
「ああいう風に、地面がゆらゆらして見える現象のことだ」
「へえー」
「暑すぎると出るらしいけど、見られるとはな」
「ほんとうにあるんだね、そういうこと」
俺達が見つめている間にも、逃げるように水の波紋は広がっていく。その光景を見ているだけで、さらに気温が上がった気がする。こんなものを見るくらいなら家に帰って涼んでいたほうがいいかもしれない。しかし麻人はじっとその様子を見ていた。
「気になるのか?追っかけても逃げるだけだぞ」
「・・・」
逃げ水をじっと凝視しているが暑さで倒れそうになり俺の腕を掴む。そんな様子をみて思わず苦笑してしまう。
「帰るぞ、熱中症になっても困るし」
「うん」
麻人を抱き上げ、逃げ水を見る。
「なんだ?」
一瞬何かが動いているように見えて目をこらすが、ただの逃げ水だった。暑さで頭がやられたのか。麻人が見ているものは分からなかった。
「なんでもないよ」
「そっか」
そのまま家に帰るとリビングで暁人と人間の状態になったアキが一緒にババ抜きをしていた。
「もう戻ってきたのか?」
「おかえり、冷蔵庫にコーラ冷えてるよ」
「コーラのみたい」
麻人は一目散に冷蔵庫へ向かって行った。
「散歩しようと思ってたが、想像以上に熱くてな」
「こういうときはクーラーで涼むのが一番」
「キンキンコーラ!」
「アデッ!」
麻人が投げたコーラのペットボトルが顔面に直撃し、俺は変な声を出してうずくまった。
「大丈夫か?」
「いてて・・・、まあ、平気だけどさ」
顔をさすりながら立ち上がると、麻人に近づき頬を引っ張った。
「お前な~!いきなり投げんなよな~!」
「む~!」
「楽しそうなら別にいっか」
****
「昼寝から起きたのか?」
「おきー」
俺は狐の状態で麻人の枕代わりにされていた。こんな毛むくじゃらの上でよく眠れるなと思っていた。
「熱くないのか?」
「へーき」
「まあこの部屋冷房効いているからな」
子供部屋に業務用のエアコンつけるとはどんだけ子煩悩なんだ暁人。
「おえかきするのー」
画用紙を引っ張り出して、クレヨンを散らかして、あ~あ~片付けるこっちの身にもなってくれよ
「♪~♪~」
「無視かよ」
散らかしたぬいぐるみを咥えて、箱の中に戻す。手が取れかけてたり、頭が真っ二つにされたり、原型を留めてないものもあるが、とりあえず箱の中に戻した。
「どんな遊び方してればこんな風になるんだか」
絵を見ると、水溜まりの中に黒い何かが顔を出しているように見えた。
「これなんだ?」
「みたの」
「見た?」
「おとーさんとおさんぽしてたときにみたの」
「変なもんに巻き込まれるなよ」
「うん」
****
「今日は涼しいな」
「うん」
麻人を抱えて散歩する。今日は気温が低く散歩には持ってこいの日だった。ただ一つ気になるのが、目の前の逃げ水だ。あの時は気温が高かったが、今日は逃げ水ができるには気温が低すぎる。ただ、それがなんなのか分からない。麻人もそれを気にしているようだ。
「逃げ水、また見えるなんてな」
「うん・・・」
「なにか見えるか?」
霊視より麻人の目の方が『視る』ことに優れていることは知っている。麻人も俺と同じことを考えているのだろうか。
「わからない」
「そっか」
俺達は逃げ水を追いかけるように歩いていった。
「今日は涼しいから公園行くか?」
「いく!」
俺達が歩くと逃げ水はまるで俺達を避けるように動いていく。
「着いたぞ」
「ブランコ~!」
公園に着くと麻人を降ろした。麻人はブランコに一目散に走っていき勢い良くこぎ始める。
「はしゃぎすぎだろ」
「あははっ」
その様子を見ながら、ベンチに座って一服する。シガールームは一応あるがエアコンが着いておらず前に入った時にはサウナのように暑かった。エアコンを付けたいのは山々だが、暁人が「壁ぶっ壊して電気系統通さなきゃ無理」と諦めの表情で言っていた。麻人はというと、楽しそうに笑いながらブランコを漕いでいる。
「楽しいか?」
「うん!」
「そうか」
しばらく眺めていると、麻人がこちらを向いて手を振ってきた。
「どうした?」
「いっしょに!あそぶ!」
ブランコから飛び降りると俺の所まで走ってきて腕を掴む。そんな様子に苦笑しながら立ち上がって麻人と一緒に走り出した。麻人が子供らしくなってきている。
「よーっし、何したいんだ?」
「おにごっこ!」
****
「疲れた~」
「おつかれさま」
家に帰ってくるなり、暁人はソファに倒れ込んだ。麻人は俺の身体をツンツンとつついて遊んでいる。
「だいじょうぶ?」
「お前が元気過ぎるだけだ」
麻人は体力があるほうだと思うが、俺はそこまで無い。これが年ってやつか・・・
「おっさんぎっくり腰か?」
「なってない」
突っ伏しているところをアキにからかわれた。
「風呂沸いてるから麻人と入ったら?」
「そうする」
それから麻人と風呂に入り、髪を乾かし、夕食を食べ、麻人が眠くなったところでベッドに寝かせる。リビングに戻ると暁人が缶ビールを飲みながらテレビを見ていた。テーブルの上には食べかけのスナック菓子が置かれている。さっき夕飯食べたばかりなのにまだ食えるという胃袋がすごい。
「最近飲めていなかったから、KKも飲む?」
「いや、いい」
「なにか気になることでもあるの?」
「ちょっとな・・・外の空気吸ってくる」
「・・・いってらっしゃい」
あの逃げ水が気になってしょうがない。気を紛らわそうと外に出たが夜の道路にあの逃げ水があった。夜にあるのはおかしい、あの時みたのは逃げ水だったのかあるいは別のものだったのか、それが分からずモヤモヤしていたのだ。そして、それは突然現れた。
「やっぱりか・・・」
一瞬にして景色が変わったと思った瞬間、全身の血の気が引いていくような感覚に襲われる。格の違いを見せつけられた気分になった。目の前にいるのは人間ではない。その姿を見ただけで分かる。
「KK、外の空気吸うだけなのにこんな時間かかるわけないよね?」
声が聞こえた途端、景色が元に戻った。暁人が心配そうに俺を見つめている。
「あ、ああ、悪い」
「ちょっと遅いなって思ってたら変なのに絡まれてたし」
女を取られたみたいに言いやがって。
「今度から気を付けてよ」
「お前もだろ」
「僕もだけどさ・・・あれ家の鍵閉めたっけ?」
「おい!!」