「麻里ちゃんって若頭なんだよね?」
「若頭って言っても名ばかりだし、ほとんど補佐の人やお兄ちゃんの舎弟がみんなやってくれるけど。唯一気がかりなのは私のことをお嬢様呼びすることだけど、別にお嬢様みたいな生活してないし送りたくもない」
学校の帰り道で友達と会話しながら並んで歩く。
「最近じゃ近所のお祭りに屋台出して大盛況だったらしいよ。それで、その売り上げを全部地元よ自治会に分けたんだって」
「えーっ? それすごいじゃん! いい人だね!」
「うん・・・でもちょっと心配なこともあってさ。組長、私のお兄ちゃんなんだけど人のためにお金を使いすぎるところがあるんだよね。それが悪いとは言わないけど、もう少し自分のために使ってもいいと思うし」
「具体的に?」
「前、私の誕生日プレゼントで十万円以上する腕時計くれたんだよ。いやもう本当に嬉しかったけど、あれはやりすぎだなって思う。前に欲しい服買ってお金がなかったとき澄ました顔で万札差し出してきたことあったし」
「うわぁ・・・それは引くかも」
「だから自分のために使ったらって言ったんだけど、そしたら何て言ったと思う?」
「あー分かった。「俺はお前と一緒に居られるだけで幸せだよ」とかそんな感じじゃない?」
「惜しい、正解は「家族が喜んでくれればそれが僕にとって最高のプレゼントだよ」って」
「すげぇイケメンだなおい!」
「あの時は思わずキュンとしちゃった」
二人で笑いながら歩いていると、目の前から一人の女性がやって来る。つばの広い帽子を被っている。
「あら~お友だちと仲良くお喋りしているかな~?」
「麻里ちゃん、あの人は?」
「私の御付きって言うかボディーガードの人、取りあえず簡単な自己紹介を」
「初めまして麻里ちゃんの御付きの小山内真知子よ」
真知子さんとは恭しく礼をする。
「組長に頼まれて麻里ちゃんをお迎えするように言われてるの」
「別にお迎えなんて大袈裟な・・・」
「組長はあなたのためなら何でもすると仰っていたわ」
「またそういうこと言うんだから・・・」
そう言いながらもまんざらでもない表情を浮かべる。
「それにしても随分若いですね」
「まあ、これでも50過ぎのおばさんよ」
「そうには見えなかったんで」
友達が驚く中、麻里ちゃんは困ったように笑う。
「ごめんなさい、こんなところで立ち話させちゃって。早く行かないと組長が泣きながら待ってることになるし」
「そうだね。じゃあまたね、絵梨佳ちゃん」
「うん、また明日」
友達に別れを告げると、私は真知子さんの後ろを歩いていく。
「ねえ真知子さん、一つ聞いてもいいですか?」
「何かしら?」
「どうして真知子さんは組に入ったんですか?」
一瞬驚いたような顔をした後、優しく微笑む。
「そうね・・・私の場合少し特殊というか、ある意味この組の中で一番特殊な立場にいる人間だからかしらね」
「どういうことです?」
「簡単に言えば元警察って言うこともあるけどね」
「警察!?」
つい大きな声を出してしまい慌てて口を塞ぐ。
「あの組織で私は元警察と言うことで雇われたのよ、表向きは組の用心棒として、裏では情報収集等のサポート役と言ったところかしら」
「じゃあ今までずっと?」
「ええ、それなりに苦労したこともあったけど楽しいことも沢山あったわ。あの子が組長になってから組織も変わって、特に麻里ちゃんみたいな可愛い女の子と会えたことは私の人生において最も幸せな出来事だったと言えるわ」
「なんか恥ずかしいなぁ・・・」
「あともし男だったら口説いてたかもね」
「もう、真知子さんまで・・・」
「ふふっ冗談よ」
そうこうしているうちにいつの間にか家の前に着いていた。親からのをそのまま引き継いだので二人では広すぎるもので、一部の部屋は兄が舎弟達に貸してあげたりしている。玄関の前で靴を脱いでスリッパに履き替えると、廊下を歩き始める。
「組長、ただいま戻りました~」
「おかえり~」
扉を開けると、ちょうど兄が事務作業を終えたところだった。
「あ~!麻里ぃ!無事で良かったぁ~!お兄ちゃん心配したんだぞぉ!」
「もう!子供じゃないんだからそんなことしないで!」
兄が勢い良く抱きついてきてそのまま頭をわしゃわしゃされる。
「良く聞け!麻里が帰ってきたから全員で飯の準備だぁ~!!」
「うおおおおっ!!!」
兄の声に組員たちが雄叫びを上げる。
「全くもう・・・」
私のことになると兄は歯止めが効かなくなるので困ったものだと思いつつも、こうして慕われている自分がいることが何だかくすぐったい気分になった。
「あ、そういえば絵梨佳ちゃんに会ったんだけど」
「友達?」
「うん、学校は違うけどね」
「そう・・・」
「どうしたのお兄ちゃん?」
「いいや、何でもないよ」
「?」
「さて、ご飯作らないと」
「お手伝いします、若頭!」
「必要な材料は何かしら?」
「足りないなら買ってきますよ!!」
月山さんや真知子さんや他の舎弟が協力してくれるので、準備はすぐに終わった。その後、みんな揃って夕食を食べ始めた。
「うめぇ!組長の作る料理は最高だぜ!」
「おい玉置、敬語使え」
「坂本さん日本酒持ってきて!」
「あいあいさー!」
兄と私と舎弟達と真知子さんと月山さんと他の人達と食卓を囲む。とても賑やかな食事の時間はあっという間に過ぎていった。
「先に入ってるね」
湯船に体を沈めて今日の一日を振り返る。
「今日はとても楽しかったな・・・」
「お邪魔しま~す」
「あ、真知子さん」
浸かっていると真知子さんが入ってくる。
「麻里ちゃん、背中流してあげる」
「いやいや、大丈夫ですよ」
「遠慮しなくて良いからね、これも仕事の内なんだし」
スポンジに石鹸を付けて泡立てる。
「じゃあお願いしようかな」
「任せて」
真知子さんの洗い方は丁寧かつ優しい手つきで洗ってくれるので気持ちが良い。
「はい、これで終わり。流すから目を瞑っててね」
シャワーを使って流し終えると、二人で一緒に浴槽に浸かる。
「やっぱり広い風呂は落ち着くわね~」
「ふぅ~」
真知子さんの胸が浮かぶのを横目で見ながら私は一息つく。
「ねえ麻里ちゃん」
「何?」
「私が麻里ちゃんの御付きになったか知ってる?」
「それはお兄ちゃんが真知子さんに頼んだからじゃないですか?」
「それもそうだけど、私には昔に子供がいたんだけどね。その子が死んでしまったの、交通事故に遭ってね」
「え?それ本当ですか?」
「嘘だと思うかもしれないけど本当の話なの、そしてあの子が組長になってから私はあなたの御付きになったの。麻里ちゃんを見ていると子供がいた時のことを思い出すの、だから私はあなたを守りたいと思った」
「真知子さん・・・」
「ちょっと湿っぽくなったわね、ごめんなさい」
「いえ、ありがとうございます」
「じゃあそろそろ出ましょうか」
「はい」
お風呂から出て体を拭いて寝間着に着替えた。
「じゃあお休みなさい、麻里ちゃん」
「おやすみなさい、真知子さん」
私は眠りについた。