事の始まりは声をかけられたことだった。
「あの、私こういうものでして」
何かの勧誘かと思い適当に済ませようとしたが、渡された名刺を見て目を見開く。
「プロレス?」
プロレスラーの勧誘だったのだ。
「はい! 是非一度リングの上で闘ってみませんか!」
そんなわけで俺はプロレスの世界に飛び込んだ。・・・いや嘘です。普通に働きたくなかった。圧が強すぎて断れませんでした。俺が所属している団体はそこそこ歴史のある中堅どころだ。規模もそれなりに大きく、トップレスラーになるとテレビにも映るくらい有名になるらしい。だがそんなことはどうでもよかった。練習はきつかったけどなんとか付いていけたし、何より先輩たちが優しかった。
「お前よく頑張ってんな」
「はい、妹のためにも頑張らないと」
「そうか。まあ無理すんなよ」
この人たちみたいになりたかった。強くて優しくて頼れる存在に。ある日コスチュームが決まったとの知らせを受け、更衣室に向かったのだが、見せられたのは和装のようなコスチュームだったのだが、レオタードに短いスカートを合わせたもので、レオタードと言うよりハイレグに近かった。
「なんですかこれ!?」
「いいじゃん可愛いよ? ねーみんな」
周りにいる先輩たちの反応を見る限り満場一致の意見らしい。
「大丈夫だって。似合ってるからさ」
「ええ・・・」
実際に着てみるとサイズは合っているが、レオタードとスカートのせいで正直恥ずかしかった。おまけに狐を模したマスクまでついて着けてみると口元が露出したデザインだった。鏡で見るとなんとも破廉恥な感じに見えて仕方なかった。
「やっぱエロいな」
「やめてくださいよ」
「あ、やべそろそろ時間だ。行こうぜ」
先輩たちの後に続いて会場に向かうとそこには大勢の観客がいた。リングアナがマイクを持って叫ぶ。
『本日は当団体へのご来場誠にありがとうございます!それでは選手入場です!』
盛大な歓声と共に俺はリングインした。
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《謎の狐マスク、大会連覇。名は女狐》
《性別不明のレスラー『女狐』チャンピオンを完封》
《女狐、ノーロープに挑戦も勝利!》
《女狐、今度はレスラーを失神させました!》
《女狐、次の相手は中国から参戦します!》
『今大会最注目選手です!』
ネットの記事で噂になっているレスラー『女狐』、きわどい和服のようなコスチュームでプロレスをする選手で、そのファイトスタイルと美貌からファンも多いらしい。だがその正体は誰も知らなかった。
「KKも興味あるのか?」
「まあな」
ベンチで休憩しながらスマホのニュースサイトを眺めていると、ふと目に留まる記事があった。
《女狐に挑戦状を叩きつける!》
「は? なんだこれ」
記事を読んでみると、大会前に出場した試合でレスラーが失神してしまい、その対戦相手が棄権扱いになったことに腹を立てた選手が女狐に対して指名マッチを行うことを宣言しているらしい。
「面白そうだな、ちょっと観戦しに行こうぜ」
試合当日、会場に到着するとすでにリングの上では試合が行われていた。
「お、やってるな」
狐を模したマスクを着けた女狐は相手を翻弄して、終始優位に試合を進めていった。相手のレスラーは体格が良くパワータイプなのだが、女狐はその動きに合わせるように戦い、一瞬の隙を突いて関節技を決めると一気に勝負を決めてしまった。
《決まった!勝者は謎のレスラー『女狐』!》
試合後のインタビューでもマスクを外さず素顔が見えないミステリアスさも相まって観客からは大歓声が上がった。
「面白そうだな」
「なんだ?挑戦状でもだすのか?」
俺はリングの上で手を振っている女狐をにらみつけた。
「ああ、ぶっ潰してやる」