「はぁ・・・」
暴力団絡みの事件に、俺は深い溜め息を洩らした。ある日を境に如月会の兼が多く、逆に伊月組の事件は極端に減った。噂では伊月組は組長が変わってから、合法的なシノギ以外手を出さないという決まりができたらしく、組員もそれにならってクリーンな稼業に切り替えたとか。それに比例するように、如月会は他の組織を吸収して力を蓄えている。夜道を一人で歩きながら、俺はそんなことを考えていた。
「にしても、疲れるな・・・ん?」
歩いているとふとある看板が目に入った。電飾の付いた看板には『百合と薔薇』と書かれている。多分、バーの類いだろう。
「こんな所にバーなんてあったのか・・・」
俺は引き寄せられるように、そのバーの中に入って行った。
「いらっしゃ~い!ご注文は?」
中に入ると、俺より年下の男が女性のような化粧をして出迎えてくれた。どうやら、この男は女装癖があるのだろう。だが、不思議と似合っている。
「一つ聞いてもいいか?」
このバーは今まで見たことがない。おそらく伊月組の縄張り、もしくはその周辺で経営されているのだろう。もしそうだとすれば、この男はその関係者の可能性がある。
「あら?何かゲイバーに不満でも?」
「いや、そうじゃな、く・・・て?」
耳に入ってきた言葉に、俺は思わず動揺してしまった。ゲイバー?この店、まさかゲイバーなのか?
「もしかして、ノンケさん?」
男は俺に顔を近づけてそう聞いてきた。その顔はまさに獲物を狙う獣の顔だった。
「いや、そういう訳じゃ・・・」
同性愛者に偏見はないんだが、いざとなると少し身構えてしまう。こんな見た目でも、本当は男色家かもしれないのだから。
「もしかしてゲイバーって知らないで来たとか?」
俺は静かに頷いた。もう、ここは正直に言っておいた方がいいだろう。変に隠し事すると、この女装野郎の口車に乗せられる可能性が高い。
「なら説明してあげる!ここはゲイバーよ!」
男からの言葉に俺は思わず頭を抱えそうになった。やっぱりそういう店だったのか・・・
「それでね、最近ここに強盗がやって来てね、チャ・・・拳銃持ってて怖かったわ~。でも一方的に蹂躙したけどね♡」
この男、意外と武闘派なのか。
「そしたらその人達、如月会だったの」
「何?」
「特に大した情報無くて強盗ってことで警察に引き渡して貰ったの」
「あ、あの時のか?」
「あらもしかして警察の人?」
俺は警察手帳を見せる。
「あらやだ警察!?それなら早く言ってよもう~!」
男は慌てて俺に水を出すと、改めて自己紹介し始めた。
「私は店長の雄華って言うの。雄華ママって呼んでね♡」
「俺は・・・KKだ」
少し悩んだが、今はそう名乗っておいた方がいいだろう。すると雄華はビールの入ったジョッキをカウンターに出した。
「とりあえず、疲れてそうだったから一杯サービスしてあげる♡」
特に断る理由も無いので、俺は出されたビールを飲んだ。あまり酒は飲まないが、この店の空気がそうさせてくれないのだろう。
「それで、何か聞きたいことある?」
雄華はカウンターから身を乗り出して聞いてきた。
「如月会に関することで何か知っていることはあるか?」
「如月会か~これって言うのはないけどここに来ることならよくあるわ!私なにもしてないのに!」
「そうか・・・またここに来ることがあるかも知れない。その時はまた色々教えてくれ」
「勿論!何か知りたいことがあったら何でも聞いて♡」
店を出ると、俺は煙草をくわえて火を点けた。
「あの男、何考えてんだろうな・・・」
あの時の会話一瞬チャカって言いかけていたような・・・?
****
「・・・んっ」
意識を取り戻した私は、身体を起こすと辺りを見回す。あの時、彼女を拳銃で撃とうとしたが、避けられた上に鳩尾に一撃もらって気絶した。ベッドの上には布団をかけられている。
「ここは・・・?」
「凛子、よかった」
絵梨佳が隣に座っているのが見えた。
「絵梨佳、ここは?」
「麻里ちゃんの家って言うより、伊月組の事務所だよ」
「伊月組・・・まさか!」
「あら、お目覚めかしら?」
すると彼女が部屋に入ってくる。
「ごめんなさい、手荒な真似をしてしまって。何処か、痛いところは?」
「いえ。そもそも私が悪いのだから」
「絵梨佳ちゃんから聞いたわ。あなた、如月会だったのね」
「絵梨佳!話したの!?」
「だって怖かったんだもん!」
「私としては怖がらせたつもりはないのだけど・・・。それよりもあなた達ずっと脅されてたのよね?」
彼女の質問に対して、私は絵梨佳を抱き寄せながら頷いた。
「こんなこと、本当はしたくなかった。脅されて仕方なかった・・・。でも絵梨佳をを危険な目に合わせたくない一心でずっと従い続けた」
私達の言葉を聞いた彼女は、何かを考え始める。すると突然携帯を取り出して何処かに電話し始めた。
「もしもし?・・・えぇ、少し頼んだわよ」
そう言って通話を切ると、私に向かってこう言った。
「私達のところで一緒に働かないかしら?」
予想外の言葉に、私達は固まってしまう。
「どうして・・・?」
「あなたは環境のせいでやむおえずしてしまった。だから、環境を変えて一からやり直す。どうかしら?」
すると彼女は私に近づいて手を握ってくれた。その手の暖かさは、不思議と安心感がある。
「ぜ、是非とも!!」
「それなら契約書を持ってくるからしっかり目を通してね」
その後、私は伊月組の下で働くことになった。初めは不安だったが、彼女は優しく指導してくれた。そして、何より脅威もなく安心して暮らせるようになって私は幸せだ。ただ、
「凛子さ~ん、一緒にお酒飲もうら~」
「プロテイン飲むか?」
「住所は?趣味は?スリーサイズは?歳は?体重は?」
「新入りならタメ口でヨシ!」
「ダメだろ!」
「あでっ!」
「・・・お菓子食べる?」
「おしゃけ~!」
「俺の背筋を見ろ!」
周りが濃すぎます。
「慣れるまで大変だけど頑張ろうね」
「はい・・・」