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    zeppei27

    @zeppei27

    カダツ(@zeppei27)のポイポイ!そのとき好きなものを思うままに書いた小説を載せています。
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    zeppei27

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    なんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。お揃いの物を買いに、仲良く出かける二人のお話です。お買い物デートって良いよね(?)

    >前作:後始末
    https://poipiku.com/271957/10920505.html

    >まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html

    #RONIN
    #隠し刀(男)
    #主福
    #小説
    novel

    お揃い 寒さが少しずつ肌身に染みるように、道具にもまた季節の変化は訪れる。障子はたわみが取れてスッと背筋を正し、外に置いた箒は朝に触れると思わず取り落してしまいそうな程に冷たくなる。空気が乾燥しているのだな、と己の手袋を見た福沢諭吉もまた冬支度に想いを馳せていた。衣服にこだわりはないので、せいぜい綿入れや分厚い外套を用意するだけで済むのだが、こと手袋に関してはそうはいかない。
     常用している木綿の白手袋は季節構わず洗って使いまわせば良いが、冬場に愛用する革手袋は話が別だ。乾いた皮膚のように艶を失い、深く入った皺は今にも割れてしまいそうである。一度壊れてしまった革は死んでいるので、最早傷を癒して元に戻る術を持たない。世話をするのは死骸を引き取った持ち主の役割だ。
    「ヴァセリンを塗りましょうかね」
    先日、情人である隠し刀が分けてくれた英国の軟膏を思い出し、ついで初めて使った時の心地を思い出して頬がぽっと赤く染まる。これから会いにいく相手との情事であるため無理からぬ連想とはいえ、恥じらいがないわけではない。あれは色々な意味で興味深く、後を引いたと情欲がぽんぽんと芋蔓式に蘇る。真っ白な軟膏は驚くほどに滑らかで、一番の用途は傷などを癒し、保湿することだ。実際、あかぎれができた際に塗ってみればするりと馴染んで治りが早かった。故に初めて使用した際には無茶な行いであったにも関わらず、何もかもが本来の体の機能であるかのように円滑に進んだのだ。
    「だめ、だめだ。しっかりしないと」
    今日は情人の、それこそ手袋を見繕うために横浜に行くのである。往来で赤面し、欲をたぎらせている場合ではない。自分ばかりが舞い上がってどうする、と頬をぱんぱん軽く叩くと、諭吉は洋品店の前で佇む隠し刀に軽く手を振った。
    「お待たせしました」
    ひそり、と自分にだけ呼ぶことを許された情人の名前を続けると、男の表情が緩む。と、言っても表情の変化に乏しい彼から春の日差しのような暖かさを浴びることができるのは諭吉だけだろう。終生自分だけであって欲しい。
    「いや、ちょうど今来たところだ」
    手袋の残念なところは、寒さから自分を守ってくれるが、外界の変化を感じ取れなくなる点だろう。今男の手に触れたらば、きっと芯から冷えているに違いない。申し訳なさを感じるものの、相手の心遣いをありがたく受け取って諭吉は店の中へと相手を誘った。洋風建築の扉を開けると、ちりりんと軽やかな鈴の音が鳴り響いた。
    「ごめんください」
    「いらっしゃい。今日は何が入り用かな。冬物を仕入れたばかりだから、色々揃えがあるぞ」
    パッと表情を明るくして出迎えてくれたのはマーカス・サミュエルだ。普段は卸売商人として忙しく飛び回っている青年実業家は、購入者の反応を見るためにと小売店も営んでいるのである。ここで気に入ってもらった品を大口輸入することもあり、ただの実験ではなく実益も兼ねているらしい。生き馬から目を抜くような商売の世界を渡り歩いてきたらしい、如才のなさだった。
    「冬物、とは限りませんが……手袋はありますか?できれば、僕が身につけているものと似たようなものがあれば嬉しいのですが」
    「白の革手袋か。うん、いくつか在庫にあったはずだ。確認してこよう。その間、好きに店を見て回ってくれ。他にも気に入るものがあるかもしれないからな」
    「よろしくお願いします」
    似たようなもの、と聞いて隠し刀がそわそわとした様子を見せる。彼としてみれば思いもよらぬ注文だったのだろう。彼には単に買い物に付き合って欲しい、と頼んだだけである。
    「手袋なんて、別にわざわざ新しいものをあつらえなくとも構わないんだ。それよりも、化学実験に必要な道具を探してみてはどうだ?マーカスのことだ、きっと目新しいものを仕入れているぞ」
    「手袋が破れるような真似をする人には必要ですよ。あなたの手は手袋の代わりになりません」
    もどかしさから自分の右手袋を脱ぐと、諭吉は相手の手に直に触れた。予想に違わず冷たく、カサついている。よく働いた人間らしい、ごつごつした手だ。節くれ立つ指の一本一本に、その広く分厚い手のひらにヴァセリンを塗ってやりたい。花に水をやるように潤いを与える情景を想像し、諭吉はうっとりとする思いだった。
    「あれはたまたま火薬がついて」
    抗弁しかけた隠し刀は、懸命にもそれきり貝のように口を閉じた。予想に違わず、危ないことをしていたらしい。火傷の痕が見られないのは、運が良かったからか、手当が上手かったのか、そのどちらもだろう。火薬に限らず物騒なことをする人間であることは百も承知だが、諭吉は止めるように強いることはできないでいる。止むに止まれぬ理由は頷けないにせよ、それが彼の生き方なのだ。時に人は苦いと理解しても尚、好んで口にすることがある。
    「ね、必要でしょう」
    「諭吉には勝てないな」
    苦笑する情人の目に宿る輝きは慈愛に満ちていた。




     マーカスの店には毎度おやと思わされる出会いがある。例えば油紙よりも軽い洋傘や色鉛筆(鉛筆はジュール・ブリュネにもらったが、色付きがあるとは知らなかった)、玩具の気球といったものは、隠し刀だけでなく多くの日本人を驚かせ、楽しませた。中には希少性が高く、到底手が届く値段ではなかったが、それでも知ることで世界が広がる思いになる。実際、飯塚伊賀七は定期的にこの店を訪れて己の知識を確かめ、新たな着想を得ている。
     実用品だけではない。元々小間物屋を営んでいたというだけあり、マーカスは化粧品や衣類、装飾品も数多く扱っていた。今日は基督教の祭りが近いとかで、それにちなんだ飾り物が散見される。宗教的な重要性は不明(第一信じることは禁じられている)であるものの、祭り気分は賑やかで無害である。絵葉書に描かれた、七福神の恵比寿が真っ赤な服を着込んだような老爺をしげしげと眺めつつ、隠し刀は品物を物色する諭吉をチラリと見遣った。
     マーカスの店に行きたいと情人に強請られ、なるほど新作が入ったのかと短絡的に考えた自分は本当に浅はかだった。まさか自分の手袋が破けたまま会ったあの日のことを覚えているとは思いもよらず、更にはこうして新品をあつらえようと手配してくれるとは、彼がいかに気を揉んだかが分かろうというものだ。迂闊としか言いようがない。ただでさえ情人は隠し刀の過去の生業や、今現在も行っている手段を好んでいない。頑健な平和思想の持ち主で、実現しようとする意思と行動力を兼ね備えている。隠し刀は自分の生き方に対して恥じるものはないものの、後ろ暗さを明確に感じるのは無理からぬことと言えよう。
     手袋なんて道具の一つ、なんらこだわりもない。必要ならばいくらでも自分で買うし、場合によっては死体から頂戴することだって考えられる。にも関わらず諭吉が労を取ったらば、こだわらざるをえないではないか。捨てられないものが増えてしまう、と冷めた思考を首を振ってかき消すと、隠し刀はマーカスの呼びかけに応えた。
     薄い紙箱をいくつか机の上に積み重ねたマーカスは、隠し刀と諭吉がやって来るのに合わせて箱の一つを開いて中身を取り出して見せた。少し黄色がかった、柔らかな色合いの白手袋である。
    「君の手は、日本人にしては大きいからな。多分、僕と同じものでも合うだろう。色は白で良いかい?少し象牙のような色合いだけど、山羊の皮だからかなり柔らかいはずだ。もっと温かいものが良いならば、羊皮の手袋もあるぞ」
    「すごいな。まるでその……人肌のようだ」
    マーカスが持ち込んだ手袋は形こそそっけないものの、滑り込ませた指の端から心地よい波が迎えてくれる。冷たくなければ、生き物を撫でているかと錯覚してしまいそうだ。大きさは十分で、試しに何度か握ってみたが自在に指を動かすことができる。やや薄手でありながらも確りと温かい。細かい作業を外で行う際にも重宝するだろう。
    「本当ですか?」
    恐る恐る、といった様子で諭吉の手が触れる。手袋をしながらも相手の手の感触が生々しく伝わるのは、隠し刀にとって初めての経験だった。それほど山羊革が薄いのだろう。簡単に破れてしまわないのか、と質問を重ねれば、マーカスは自信を持って首を振った。
    「手入れさえすれば何十年だって使えるとも。乾いたらヴァセリンを塗ってやれば良い。ただ、水には弱いから、濡らすのは駄目だぞ」
    生きていないものは水に弱いのだ、と笑えぬ冗談を言ってマーカスは可愛らしくない値段を提示した。
    「出せて半額だな」
    「良いものは高いですね」
    誘った手前、諭吉はひどく残念がりながらも現実を受け入れているようだった。流石に遥々海の向こうから運んできたものを半額に値切るのは心苦しい。代わりに他にないか、と尋ねれば魔法のように箱から商品が取り出される。
    「手が届きやすいのは、牛革、次に豚革だな。軽さや薄さを取るなら、豚の方がお勧めだ。頑丈さでは牛の方が強いし、長年使っても問題ない。もちろん、その分硬いけれどもね。福沢君が使っているのは……失礼、少し見せてもらうよ」
    「どうぞ」
    諭吉が両手を露わにして手袋を渡すと、マーカスは拡大鏡を取り出して検分した。恐らくは手相見よろしく革の目でも観ているのだろう。縫い目まで確認すると、商人は丁寧に持ち主に返した。
    「福沢君の手袋は牛革だね。恐らく米国製だろう。君たちは運が良い」
    「と、言うと?」
    わかりきったやり取りながらも反応すると、茶目っ気のある青年は箱の山の下の方から一つを引っ張り出した。
    「ちょうど似たようなものがあるんだ。ただ、少し染めにむらがあってね……その分、お値段もお手頃というわけさ」
    「なるほどな」
    「……はあ。あなたが商売人だと言うことをすっかり忘れていましたよ」
    こんな話のやり取りをすれば、ちょっと魅力的な値段ですぐによろめいて財布の紐が緩んでしまう。心底嬉しそうな顔をしたマーカスは、懐に優しい値段を告げた。最初に最高級品とその値段を聞かされた手前、明らかに耳を傾けるに値する数字である。念の為、と自分を抑えつつ手袋を嵌める。元は大柄な牛だったことを感じさせる、張りのある手触りは、山羊革とは比べものにもならない。自分が持っていたものよりも十分上等で、何より諭吉の持つものと揃いというのは大いに心をくすぐられた。
     情人同士で揃いのものを持つ習慣があるとは高杉晋作に聞いたことがあったが、自分が持つことはついぞ考えてはいなかった。自分は趣味がないが、諭吉には明確な好みがあり、また互いに無闇に物を増やさないよう努めている。お互い、いつまでも一所に構えて暮らす未来を描いていない証拠と言えるかもしれない。悲哀を帯びずに淡々と受け入れられるのは、目にみえる物に依らずとも自分たちは繋がっているという確信を抱けるようになったためだ。とは言え、揃いの物を持てるというならば諸手を挙げて受け入れたい。両手に革手袋を嵌め、問題ないことを確認すると、隠し刀はうんと頷いた。
    「これを貰おう。汚れないように、箱もつけてくれ」
    「もちろん。お買い上げ、ありがとうございます」
    上機嫌で箱を渡すマーカスと対照的に、諭吉はむむ、と眉間に皺を寄せていた。
    「まさか、仕舞い込む気ではありませんよね」
    「いや。諭吉と出かける時専用にしようと思う」
    正直なところ、普段通りに使っていればいずれ手袋とその場の目的のどちらかを選ばねばならない時が来る。ならば比較的安全と解る時にだけ利用したい。実務用としては後でマーカスに、新旧問わず丈夫で同じ大きさの革手袋を安く譲ってくれるよう頼むつもりだった。説明を受けた諭吉は反論しなかったが、眉間の皺は店を出ても尚解けずにいる。何かを言いたいようで、口を開いてはむうと唸る。二進も三進も行かない情人の口が開くたび、冷たい空気に白い雲が浮かんだ。
     多分、自分にはわからぬ、正しいが正しくない人の心に惑っているのだろう。諭吉は聡明だが、理性と感情に丁寧に折り合いをつけようとするきらいがある。慇懃無礼に切って捨てられない情を感じ取って、隠し刀は大事な存在が風邪をひかぬよう、自分の襟巻きで包んでやった。首筋が冷たい空気に触れて肌が泡立つのは一瞬のこと、もこもこに包まれた諭吉を後ろからぎゅうと抱き締めれば、一際大きな白い雲が浮かび上がった。
    「……少しでも、あなたが危ない目を避けてくれるのではないか、と期待した僕が愚かでした。大切にしていただけるのは嬉しいですが、難しいですね」
    「ありがとう」
    自分の身を心配し、自分の痛みを慮って憂える優しさがこの世に存在することがどれほど嬉しいか伝えられたらば、と思う。小さくちぎった言葉を降り積もらせても尚足らず、舌はいつだってもつれるばかりだ。もう一度ぎゅう、と抱きしめると、隠し刀は諭吉の前に自分の手を広げて見せた。
    「以前の私は、手が無くなれば不便になると思っていた」
    不便だ。何をなすにも足手纏いとなり、到底目的を叶えられまい。だが、なくなったらなくなったで、道具はそれなりの使いようがあるだろう。最善の結果であれば問題ない、それが隠し刀という道具の理屈なのだ。なくなったものに対して未練もない。
    「今は、ただ惜しい」
    諭吉に触れようと思ってもその手はもうなく、触れた記憶をいつまでも思い返して口惜しくなってしまう。失われたものは二度と戻って来ず、喪失感を永劫抱えたままになりそうで恐ろしい。何より、誰あろう諭吉が悲しむことは容易に想像される。拙い言葉を駆使して訥々と想いを並べ立てるも、三途の川で積み上げる石のように積んだ端から崩れそうでまとまらない。彼の本心とは遠からず、しかし恐らくは人でなし故不完全だろう。雲を掴もうと白手袋を彷徨わせていると、不意にもう一つの白手袋が飛び出してむんずと掴まれた。
    「無くさないでください」
    「全力で善処する……痛いぞ、諭吉」
    「あなたが可愛げのないことを言うからです」
    ぎゅうぎゅうと手を握る力は強く、万力で締め上げられるかのようだ。とは言え、その場限りの嘘をついたところで無意味である。情人には真剣に接しているからこそ、空手形を出す真似はしたくなかった。言葉を返せず手を握り返すと、ほんの少しだけ諭吉の力が和らいだ。
    「約束しましたね。全力ですよ」
    「ああ。約束しよう」
    ほら、と誘われるままに隣に並んで手を繋ぎ直す。左右に並んだ手はそっくりで、人が見たらばお揃いだと解るやもしれない。否、お揃いにしているのだと解って欲しい。子供のように繋いだ手を振る。どちらからでもなく笑う顔もきっとお揃いだ――それも、幸せでいっぱいで。

    〆.
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    Replies from the creator

    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。数年間の別離を経て、江戸で再会する隠し刀と諭吉。以前とは異なってしまった互いが、もう一度一緒に前を向くお話です。遊郭の諭吉はなんで振り返れないんですか?

    >前作:ハレノヒ
    https://poipiku.com/271957/11274517.html
    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    答え 今年も春は鬱陶しいほどに浮かれていた。だんだんと陽が熟していくのだが、見せかけばかりでちっとも中身が伴わない。自分の中での季節は死んでしまったのだ、と隠し刀は長屋の庭に咲く蒲公英に虚な瞳を向けた。季節を感じ取れるようになったのはつい数年前だと言うのに、人並みの感覚を理解した端から既に呪わしく感じている。いっそ人間ではなく木石であれば、どんなに気が楽だったろう。
     それもこれも、縁のもつれ、自分の思い通りにならぬ執着に端を発する。三年前、たったの三年前に、隠し刀は恋に落ちた。相手は自分のような血腥い人生からは丸切り程遠い、福沢諭吉である。幕府の官吏であり、西洋というまだ見ぬ世界への強い憧れを抱く、明るい未来を宿した人だった。身綺麗で清廉潔白なようで、酒と煙草が大好物だし、愚痴もこぼす、子供っぽい甘えや悪戯っけを浴びているうちに深みに嵌ったと言って良い。彼と過ごした時間に一切恥はなく、また彼と一緒に歩んでいきたいともがく自分自身は好きだった。
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    zeppei27

    DONE何となく続いている主福の現パロです。本に書下ろしで書いていた現パロ時空ですが、アシスタント×大学教授という前提だけわかっていれば無問題!単品で読める、ホワイトデーに贈る『覚悟』のお話です。
    前作VD話の続きでもあります。
    >熱くて甘い(前作)
    https://poipiku.com/271957/11413399.html
    心尽くし 日々は変わりなく過ぎていた。大学と自宅を行き来し、時に仕事で遠方に足を伸ばし、また時に行楽に赴く。時代と場所が異なるだけで、隠し刀と福沢諭吉が交わす言葉も心もあの頃のままである。暮らし向きに関して強いて変化を言うならば、共に暮らすようになってからは、言葉なくして相通じる折々の楽しみが随分増えた。例えば、大学の研究室で黙って差し出されるコーヒーであるとか、少し肌寒いと感じられる日に棚の手前に置かれた冬用の肌着だとか、生活のちょっとした心配りである。雨の長い暗い日に、黙って隣に並んでくれることから得られる安心感はかけがえのないものだ。
     隠し刀にとって、元来言葉を操ることは難しい。教え込まれた技は無骨なものであったし、道具に口は不要だ。舌が短いため、ややもすると舌足らずな印象を与えてしまう。考え考え紡いだところで、心を表す気の利いた物言いはろくろく思いつきやしない。言葉を発することが不得手であっても別段、生きていくには困らなかった。だから良いんだ、と放っておいたというのに、人生は怠惰を良しとしないらしい。運命に放り出されて浪人となった、成り行き任せの行路では舌がくたくたに疲れるほどに使い、頭が茹だる程に回転させる必要があった。
    5037

    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。前作を読んだ方がより楽しめるかもしれません。遅刻しましたが、明けましておめでとう、そして誕生日おめでとう~!会えなくなってしまった隠し刀が、諭吉の誕生日を祝う短いお話です。

    >前作:岐路
    https://poipiku.com/271957/11198248.html

    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ro
    ハレノヒ 正月を迎えた江戸は、今や一面雪景色である。銀白色が陽光を跳ね返して眩しく、子供らが面白がってザクザクと踏み、かつまた往来であることを気にもせず雪合戦に興じるものだからひどく喧しい。しかしそれがどんどんと降り積もる量が多くなってきたとなれば、正月を祝ってばかりもいられない。交通量の多い道道では、つるりと滑れば大事故に繋がる可能性が高い。
     自然、雪国ほどの大袈裟なものではないが、毎朝毎夕に雪かきをしては路肩にどんと積み上げるのが日課に組み込まれるというもので、木村芥舟の家に住み込んでいた福沢諭吉も免れることは不可能だ。寧ろ家中で一番の頼れる若手として期待され、庭に積もった雪をせっせと外に捨てる任務を命じられていた。これも米国に渡るため、芥舟の従者として咸臨丸に乗るためだと思えば安い。実際、快く引き受けた諭吉の態度は好意的に受け止められている。今日はもう雪よ降ってくれるなと願いながら庭の縁側で休んでいると、老女中がそっと茶を差し入れてくれた。
    2769

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    nicola731

    MOURNINGドキドキ! 地獄の結婚生活!

    一次創作の書かない部分です。
    『大人気連載!「あの人は今【第十八回】」~消えた天才俳優~』
    https://note.com/nicola731/n/n35617ae3936d

    二人の前世的な
    『悼む色は赤「明くる朝には皆死体【後編】」』
    https://note.com/nicola731/n/n2be8702043d6
    願わくは、落雷か隕石がこの男の頭を撃ち抜き死に至らしめますように。私は毎日そう思っている。

     人間の皮を被ったクソが結婚指輪を買ってきた。嵌めたくなかったので彼奴が仕事へ行っている間に左手の薬指を包丁で四苦八苦しながらどうにか切り落とし、ついでに両手首を切った。血行の流れを良くするために熱い風呂を湧かして浸かる。これで死ねると思った。
     目が覚めたら生きていた。見慣れてしまった寝室の天井が見えた。点滴を繋がれていて、口に薬剤兼栄養剤を流し込むカテーテルを突っ込まれていて、傍らに男が座っていた。男は私を見下ろしている。慈愛に満ちた優しいばかりの眼差しを向けてくる。頭がぼんやりしていても私は彼を睨みつけるのを忘れない。
     男はいつものように私の激情をさらりと流す。
    「結婚指輪って、別に右手でも良いんじゃなかったかな。馬鹿だねお前。だからって其処までしなくても良かったのに。本当に馬鹿で愚かで可愛い」
     含み笑いが聞こえて、男の両手が無遠慮に私の顔を撫でた。輪郭を確かめ、カテーテルの調子を確かめて、口の中に指を突っ込んできた。体がきちんと動かないせいで抵抗出来ない。ぐにぐにと好き勝手に舌を弄 1993

    かほる(輝海)

    DONEシティーハンター
    冴羽獠×槇村香
    奥多摩後

    ワードパレット
    16.火星
    歩道橋/幻/陽炎
    陽射しが強く、陽炎が立つほどに暑かった、とある午後。俺はフラフラと歩道を歩いていた。何か楽しいことはねぇかな〜と思った次の瞬間、俺の視線が少し先にある歩道橋へと釘付けになった。あれは、幻か……? 歩道橋の階段からむっちりとした女の尻が「生えている」。タイトなミニスカートに浮き上がる丸みを帯びたラインと、そこにわずかに浮き上がる谷間の筋が堪らない。よくよく見てみれば、女は歩道橋の階段に足を掛けて、靴紐を直しているようだった。俺はダッシュで駆け寄り、その尻へ飛びついた。
    「もっこりヒップのお姉さぁん! ボキちゃんとデートしよぉ!」
    「えっ? 獠っ⁉」
     女が振り向いた瞬間、俺の顔が引き攣った。もっこりヒップの持ち主は、香だった。
    「げっ……!」
     俺が空中で身体を反転させるよりも早く、香が使い慣れた相棒を召喚した。
    「ついに見境がなくなったか! このもっこり変態がぁぁ!」
     振り下ろされたハンマーは、きれいに俺の後頭部を捉え、俺は轟音とともに地面へめり込まされた。うーん。香の尻に飛びつくなんて……。俺、もう我慢の限界かも……。

       了 474