筒状の食べ物はえろいって誰が言い出したのか 今日は誕生日。夏休みだし会える? と聞いてくれた彼女に部活だというと残念がられた。せめて電話でも、と提案する前にじゃあ友達と花火大会行くわ、とのこと。まあいいんだけどさ。おめでとー! てメッセージは来たし、次のデートの予定決めようって話にもなってるし。
来須や白鳥に飯行かね? と声をかけるも素気無く断られる。なんやかんやで用事があるらしい。風間や柄本も。まあ家でお袋も飯用意してくれてるけどさ。昼休みにパン奢ってもらったけどさ。つまんねえの。そう思っていたら。
「なんだ、新戸部。誕生日なのに振られてばかりなのか?」
「臼井先輩……」
尊敬してやまない臼井先輩がいつの間にか後ろに立っていた。べそをかく真似をしてみせると、臼井先輩は少し笑って、ちょっと寮に寄って行かないか、と誘ってくれた。
「お、よく来たな、新戸部!」
出迎えてくれたのは灰原先輩だったが、連れて行かれたのは国母先輩の部屋だった。今帰仁にもすぐに来る、と飲み物を用意しながら猪原先輩が言った。速瀬先輩と国母先輩は台所でご飯の準備をしているようだ。何か手伝うべきかと臼井先輩に聞くと、誕生日なんだから座ってろと言われた。
「臼井卵やってくれ」
速瀬先輩がそう言うので臼井先輩は台所へと去った。
入れ替わるようにナッキーが来た。改めて誕生日おめでとうと言ってくれた。いい奴だ。
俺の右隣は臼井先輩、左隣はナッキー、その隣が猪原先輩で、灰原先輩、速瀬先輩、国母先輩、そして臼井先輩に戻る、という形の円になって座った。
食卓には一升分くらいはありそうな酢飯、沢山の板海苔、細く切られた鮪に鮭、カンパチ。甘エビ、イカの塩辛、ハムやきゅうり、キャベツの千切り、錦糸卵、小間切れ豚肉の味噌炒め、鶏そぼろなどが所狭しと並べられた。
「今日はもともと三年の寮生で手巻き寿司パーティする予定だったんだぜ」
乾杯した後、灰原先輩が教えてくれた。なるほどそうだったのか。急遽参加となった俺のために同じ一年のナッキーを呼んでくれたのだろう。ありがたいことだなと思う。
「なん手巻き寿司をすることになったんですか?」
「なんとなくだな」
ナッキーの質問に猪原先輩が答える。八月だからだな、国母先輩が言う。そうそうなんか夏っぽいことしたくてさ、速瀬先輩も言う。手巻き寿司って夏だろうか、と思わないでもない。むしろ食材が痛みやすいから不向きではとナッキーと顔を見合わせるが、先輩達に突っ込む勇気などない。手巻き寿司は楽しいし、美味しい、生魚は食べ切ってしまえばいいし。
灰原先輩は肉狙い、猪原先輩は刺身、速瀬先輩と国母先輩はいかにネタを多く巻くかの挑戦。臼井先輩は静観してる。ナッキーは先輩が取り終わるのを待っているようだ。俺もだけど。待ってる間ネタを品定めしていると、国母先輩が言った。
「臼井、お誕生日の弟子になんか作ってやれよ」
「そうだな。新戸部、食べられないものはあるか?」
臼井先輩の弟子! 俺が! 臼井先輩も認めた! やったぞ! と叫ばなかった俺を褒めてほしい。
「えっ、や、なんでも食べられます! ……あ、卵は入れてほしいです……」
実際のところ、海苔を手にした臼井先輩にそう言うだけで精一杯だった。
臼井先輩が俺のために板海苔の上に酢飯を適量とって、その上に鮭と錦糸卵ときゅうりを上品に並べて、そして、くるくると丸めて、どうぞと……えっこれ食べていいのか? 臼井先輩の手巻き寿司を? ウェットティッシュで手を拭った、サッカー部の割には白い、臼井先輩の手。その手で海苔を持って巻いて……
「ありがとうございます……」
臼井先輩が片手で差し出す手巻き寿司を両手で恐る恐る受け取った俺を、何をそんなにびびってるんだと灰原先輩達は笑った。
臼井先輩が作った手巻き寿司を味わう。めちゃくちゃうまい。最高だ。
「誕生日だからって先輩にだけ働かせんなよ、新戸部。今度は臼井に作ってやれ」
俺が食べ終わると速瀬先輩にそう言われた。じゃあよろしく、と臼井先輩もそれに乗っかる。
え、いいのか。俺が。臼井先輩が食べる手巻き寿司を作っていいのか。しかし先輩が期待している。作らねば。食べられないものはないから、と臼井先輩が言う。どうしよう。臼井先輩が食べたいネタを絶対入れたいが、何がこの中では好きだろうか。とりあえずそれっぽいの全部入れるとなると。
鮪と鮭とカンパチとイカとエビと卵。
「いや巻けねーだろ」
「海鮮恵方巻きレベルじゃねえか」
などと野次られた通りのサイズになった。海苔がギリギリ一周してるかどうか。こんなの、手巻き寿司じゃなくておにぎらずだ。
「すんません、作り直します!」
「いいよ、せっかく作ってくれたんだから」
臼井先輩はそう言って俺の手巻き寿司を受け取った。米や具材をこぼさないよう慎重な手付きで口元へ運ぶ。臼井先輩が言った。
「……大きい……というか太くて口に入らないな」
一口にはいけないって意味だ。深い意味はない。実際臼井先輩は少しずつかじってる。美味しいよと言ってくれた。俺の、俺が巻いた、いや巻けてないけど、俺の手巻き寿司。
「ナッキー、手巻き寿司はやっぱり夏かもしれん」
「いいから、そのいやらしい目つきやめなよ」
臼井先輩から目を離せないまま、隣にいるナッキーに囁くと、吐き捨てるようにナッキーは言った。